第7話:最終段階の修行
「準備はいいな、ギルベルト」
「もちろんです」
「頑張ってください、ギルベルト様」
フードを被り直しながら答える。
翌朝、俺はライラ先生、そしてネリー(もし、俺が死んだときの死体運び要員)と一緒にフォルムバッハ領の隣にある大きな街“ベルムタウン”に来た。
屋敷から馬車で数時間ほどの場所だ。
ここは王国が管理する街だが、俺の悪名は住民たちも知っているはず……。
ということで、俺は余計な騒ぎが起きないようフードで顔を隠している。
最終試験はこの街で行うのだ。
俺たちが今いるのは、中央の噴水広場。
どんな試験だろうな、楽しみだ……と思っていたら、ライラ先生は内容を告げた。
「最終試験は、悪人と戦い捕らえることだ」
「悪人とバトル……ですか?」
「ああ、そうだ。“ベルムタウン”は交易の盛んな街だが、その分良からぬ輩の出入りも多い。見つけるのは容易いはずだ。悪人を捕らえるとなると、ほぼ確実に戦闘になるだろう。人間を操作すれば余裕で達成できるはずだ。やはり、実戦が一番成長するからな」
「わかりました。頑張ります」
ライラ先生の言葉に俺は頷く。
フォルムバッハ領は比較的治安が良い。
反面、周辺の街に悪いヤツ……要するに、ならず者が集まるという設定が原作でもあった。
「まずは裏路地に行くぞ。悪人は陰気な空間を好むのが常だ。私たちは少し離れた場所で貴様の戦闘を見させてもらう」
「はい」
俺たち三人は街の裏路地に移動する。
街中は日当たりがよくて明るいのに、建物の陰はやけに暗い。
人々のざわめきも聞こえなくなり、不気味なほど静かだ。
へぇ、思ったより雰囲気あるな。
ネリーはちょっと怖そうで、俺はそっと話しかけた。
「……大丈夫か、ネリー。無理しなくていいんだぞ。俺は死なないつもりでいるし」
「わ、私のことはお気になさらず……。ただ、じっとりとした空気と暗い影、人っ子一人いない路地がまるで暗黒街のようで……」
状況説明を見る限り、やはり怖いようだ。
「ライラ先生、ネリーは表にいてもいいんじゃないですか?」
「うむ。貴様が死んだら、そのとき呼べばいいな。メイド、お前は表にいていいぞ」
ライラ先生はそう言ってくれたものの、意外にもネリーは断った。
「い、いえ、お言葉ですが……私もギルベルト様の戦闘を見学したいです。毎日の修行の成果を私も見てみたいです」
「ネリー……」
死体運び役というライラ先生の指示による待機もあったわけだが、結局、彼女はずっと俺の修行を見学していた。
修行の成果を見たいなんて嬉しいな。
「ふんっ、まぁいい。では、さっさと悪人を見つけるとするか。この辺りは違法ポーションの売人がよく集まる場所だから、早々に遭遇できるだろう」
ライラ先生は何の躊躇もなく暗い裏路地を進む。
冒険以外の裏の道にも精通しているのだ。
路地を曲がったところで、陰に隠れろとジェスチャーされた。
状況を察して、俺は小声で尋ねる。
「どうしましたか、ライラ先生……」
「あれを見ろ。違法ポーションの売人だ」
路地の奥には、二人組みの男性がいた。
二十代半ばの黒髪と茶髪で、身長はどちらも170cm後半くらい。
髪型や顔はまぁ、悪そうな感じだ。
それぞれ、紫色に光る液体の入った小瓶をいくつか持っている。
違法ポーションだ。
ゲームと同じエフェクトなのですぐわかる。
客を待っているのか男たちは談笑しており、俺たちにはまったく気づいていない。
「こんなすぐ会えるとは思いませんでした」
「あいつらを実戦訓練の対象とする。戦って勝利しろ。ただし、操作魔法を使ってだ」
概ね、事前の打ち合わせ通りだ。
しかし、人を操る、ということに少々気が引ける自分もいた。
やはり、石や土、小動物とは気持ちが違うところがある。
「あの……人間の操作は倫理的にまずいというか、人道的配慮が必要というか……」
「は?」
「すみません、やります。やらせていただきます。操作魔法を使って悪人と戦い、捕らさせていただきます」
キンッ! を食らいそうなので、慌てて宣言する。
男たちの場所を確認してから振り返ると、ライラ先生とネリーはすでにいなかった。
いったいどこに消えたんだ……いや、上から気配を感じる。
空を見上げると、建物の屋上から顔を覗かせているのが見えた。
一瞬で瞬間移動したらしい。
俺もあれだけ早く動けるようになりたいところだ。
何はともあれ、目の前の試験に集中だ。
壁の陰から出て、気配を絶ちながら二人組みに近寄る。
近くまで来てから声をかけた。
「それ、違法ポーションですよね? 売ることも買うことも、何なら所持することも禁止されているはずですが」
「「……は?」」
声をかけると、二人組みはゆっくりと俺を見た。
威嚇しているのだろうが、ライラ先生の「は?」に比べると、まるで威圧感を覚えない。
機嫌の悪い赤ちゃんに睨まれている気分だ。
ライラ先生のはマジで死を直感する(主に局部の)。
二人組みは俺を囲む。
「……おい、何だよこのガキ」
「何様だ、お前。殺すぞ? ほら、死ね」
フードの陰から顔の一部が見えたのか、俺が子どもだとわかったようだ。
黒髪が俺の身体を掴んで動きを止め、茶髪が腹に膝蹴りを仕掛けた。
力はそれほど強くなく、拘束はすぐに解けた。
腕を振り払い後方に飛んで避ける。
「おい、なに避けてんだよ」
「少しボコらせろ。ムカついたわ」
すかさず二人組みは間合いを詰め、殴打や蹴りを続ける。
勢い自体はあるものの、ただ腕や脚を振るうだけ。
何の意図もない。
躱すのは簡単だ。
何より……見切れる。
ライラ先生の地獄のように厳しい修行に比べれば、それこそ天と地の差だった。
攻撃を避けつつも、さっと周囲の状況を把握する。
木箱や割れたガラス瓶など、操作できそうな物が色々とあるが、面倒なので直接人間を操作することにした。
若干、ガタイのいい黒髪を対象に決める。
魔力を集中し、黒髪に手をかざす。
俺の動作を見て、二人組みはせせら笑う。
「「何やってんだ、お前。バカか?」」
「《人間操作》」
魔力を黒髪に飛ばす。
突然、仲間の動きが止まったことに気づかないらしく、茶髪は笑いながら俺に殴りかかる。
「魔法使いの真似事かよ。お前みたいなガキにできるわけね……ぐああああっ!」
茶髪は勢いよく吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
黒髪に殴られて。
「てめえ、ふざけてんのか! なんで俺を殴ってんだよ!」
「知らねえよ! 身体が勝手に動くんだって! ……このガキ! 俺の身体になにしやがった!」
黒髪は腕を振り上げ茶髪を殴り、膝で仲間の腹を蹴り飛ばす。
修行を思い出しながら操作すれば、茶髪を圧倒できた。
操作しながら、自分の背中を汗が伝ったのを感じる。
心臓は強く拍動し、呼吸は浅く、今まで以上の集中力を求められる……。
人間の操作は石や土に比べると遥かに難しい。
茶髪が完全に倒されたところで黒髪の動きを止める。
正面に向けると、俺を激しく睨んだ。
「この……クソガキ。ただじゃ済まさ……」
自分で自分の首を締めろ。
念じたら、黒髪は両手で首元を力強く掴んだ。
ギリギリと音が鳴るほど締め付ける。
黒髪の額には脂汗が滲み、だらだらと滴り落ちた。
顔を真っ赤にしながら呟く。
「かっ……はっ……。て、てめえは何者……」
「ギルベルト・フォルムバッハだよ」
「な、んだと……。あの……極悪貴族が、なん、で……」
黒髪はがくりと地面に崩れ落ちる。
もちろん、殺してはいない。
茶髪も黒髪も気絶させただけだ。
戦いが終わりホッとする。
額の汗を拭っていると、ネリーを抱えたライラ先生がシュタッと地面に降りた。
「よくやったな、ギルベルト。悪くない立ち回りだった」
「お見事です!」
「ありがとうございます、ライラ先生……ネリーも。……結構疲れますね」
ライラ先生とネリーが褒めてくれ嬉しくなる。
操作魔法が実戦で通用したこともそうだし、悪いヤツを捕まえることもできてよかった。
すぐに二人組みのならず者は憲兵に引き渡し、休みもそこそこに俺たちは一度噴水広場に戻る。
「では、屋敷で統括を行う。ギルベルト、お疲れだったな」
「はい。うまくいってよかったです」
再び馬車に乗り、俺たちはフォルムバッハ家へと向かう。
□□□
屋敷に着くと、小休止の後ライラ先生の総括が始まった。
「貴様の戦闘を見させてもらったが、概ね私の求める水準に達していた。期待以上と言ってもいい。最終試験は合格とする」
「本当ですか!? ありがとうございます! ……よっしゃー!」
「おめでとうございます、ギルベルト様!」
嬉しくて両手を突き上げる。
喜ぶ俺に反して、相変わらずライラ先生の表情は硬い、
しまった、調子に乗り過ぎたか!?
キンッ! が来るかと身構えたが、かけられたのは意外な言葉だった。
「ギルベルト。正直に言って、貴様の成長ぶりには驚いた。まさか、操作魔法がここまで強力な魔法系統とは私も思わなかった。貴様は……魔法界の常識を破ったんだ」
「あ、ありがとうございます」
そのお言葉がじんわりと頭に届いたとき、俺はようやく理解した。
こ、これは……まさか……褒められているぅー!?
ネリーと一緒に喜んでいると、ライラ先生が言った。
「ギルベルト、私に操作魔法を使ってみろ」
「え……? わかりました……《人間操作》」
ライラ先生に魔力を飛ばす。
だが、いくら経っても魔力を込めても、指一本操ることはできなかった。
「どうだ?」
「そ、操作できないです。まったく操れる気配がありません」
「なぜだかわかるか?」
ライラ先生に言われ考える。
しばし思考を巡らせると、思い当たる節があった。
「俺の魔力をガード……しているからですか?」
「正解だ。見たところ、操作魔法は貴様の魔力を介して対象を操作するようだ。私は今、魔力の層で全身を覆っている。貴様の魔力による支配を防いでいるのだ」
「それはつまり、人によっては効かないってことですか」
原作では、魔力の層で防御されることはなかった。
レベルを上回るほど、自由に操作できたのだ。
いくらゲームの世界でも、さすがに全て思い通りとはいかないな。
この世界は実際の世界なんだ。
完全に設定通りとはいかない側面もある。
俺の返答に対し、ライラ先生は静かに首を振った。
「いいや、むしろ逆だ。貴様と戦う際には、常に魔力の層で全身を守らねばならない。操作された瞬間、勝敗は決する。“命の処遇”を貴様に握られるのだから。常に魔力の消耗を強いる……。これは非常に大きなアドバンテージの差だ」
「あっ、たしかにメリットでもありますね」
なるほど、そういう考えもできるのか。
魔法勝負は消耗戦になりがちだから、操作魔法が使えるというだけでプレッシャーになりそうだ。
「さて、まだ完全に終わったわけではないが、修行は一度ここで区切りを入れる。今から二週間、貴様には自由時間を与える」
「えっ、そうなんですか? ……ありがとうございます」
最終試験に合格しても、修行は続けるつもりだった。
もっと操作魔法を使いたいし強くなりたいから。
断罪フラグの回避もある。
まさか自由時間が貰えるなんてなぁ、と思っていたら、ライラ先生は真面目な顔で告げた。
「貴様には何かやりたいこと……違うな。やるべきことがあるのだろう?」
「……はい……あります」
問いかけに緊張感をもって答える。
そう、むしろ、これからが本番だ。
七夕まで……あと二週間なのだから。
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