第6話:応用から発展へ

「……よし、一旦休め」

「はい、ありがとうございます」


 《岩石浮遊》を解除して、今や友達になった鉱石を地面に置く。

 まだ昼間なのに、本日分のランニングが終わってしまった。

 前は夜までかかっていたのに不思議だ。

 応用の修行が始まって一か月が過ぎた。

 この頃にあると辛かった修行にもだいぶ慣れ、心も身体も余裕が生まれたのを感じる。

 キンッ! が飛んでくることもずいぶんと減った。

 ライラ先生が俺の前に立ったので、ピシリと姿勢を正して言葉を待つ。


「ギルベルト、よく聞け。本日より修行の最終段階、発展を始める。想像以上に順調で私も嬉しい」

「わかりました。ありがたいお言葉に感謝申し上げます」


 調子に乗るとキンッ! をいただくので、姿勢を緩まず答える。


「最終段階は二つの修行にわけて行う。私との模擬戦闘と、街に出ての実戦訓練だ」

「え……ライラ先生と戦えるのですか?」

「ああ、そうだ。魔法は実際の戦闘で使うのが、一番効率よく習得できるからな。局部を破壊されたくなかったら全力で挑め」

「は、はいっ」


 マ、マジかよ、すげえ。

 ライラ先生は王国で十人しかいないS級冒険者の一人。

 こんな序盤で戦えるなんて楽しみだ。

 何より、自分の今の力がどれくらい通用するか試したい。


「模擬戦闘なので私は素手で戦う。だが、初級魔法は使うからな。うまく防いでみせろ。初手は貴様に譲ろう。思う存分かかってこい」

「わかりました、よろしくお願いします!」


 ライラ先生は姿勢を屈め、手足を構える。

 たったそれだけの動作で戦闘経験の差を感じた。

 今の俺とは、まさしく雲泥の差だ。

 でも構うもんか、思う存分やってやれ。

 友達の鉱石に手をかざし、意識を集中する。

 一ヶ月も経つと、少しずつ操作魔法の要領が掴めてきた。

 操作対象に含まれていても、複雑な動きになるほど操作の難易度が増す。

 逆に言うと、難しい分やりがいがある。

 鉱石をふわりと浮かせると、ライラ先生に目がけて勢いよく飛ばした。


「《岩石射出ロックシュート》!」


 ズガッ! と鉱石が地面に突き刺さった瞬間、ライラ先生は消えていた。

 ……あれ?

 ライラ先生、どこぉ~?

 きょろきょろと辺りを見渡していたら、キンッ!


「……ぐおおおお!」

「ギルベルト様ぁー!」

「棒立ちでよそ見をするとは、ずいぶんと余裕だな。こんなんじゃ、いくつ局部があっても足りんぞ」


 いつの間にか、ライラ先生は俺の真後ろに瞬間移動していた。

 は、早すぎる…………いや。

 そういえば、目の端っこで何かが動いたなぁ~、という自覚はあった。

 自覚はあったものの、まるで反応できなかったんだ。

 これが、一瞬の隙が命取りになる……というヤツか。

 模擬戦闘ではあるが、実戦の空気を感じる。

 実際に体験してみて気づくことができた。

 戦いが始まってから、始まる前から、常に周囲に対して注意を怠ってはいけないのだ。


「……どうやら、ようやくわかったようだな」

「はい。もう二度と今みたいな隙は与えません」


 ライラ先生と必死の模擬戦闘をするうちに、さらに三週間が過ぎていった。



 □□□



「……《土拳ソイル・フィスト》!」


 地面に手を当て操作すると、土でできた拳がいくつも生まれた。

 10mほど離れたライラ先生に向かって、勢いよく襲い掛かる。


「ふむ、少しずつ操作対象が増えているようだな。だが、まだ練度が足りん……《火球》」


 ライラ先生の放った火球は、土の拳を次々と砕いて俺に向かってくる。

 新しい《土拳》で防ぐか?

 いや、間に合わない。


「……くっ」


 寸でのところで回避する。

 模擬戦闘ということで、ライラ先生は初級魔法しか使わない。

 だが、それでも直撃したら黒焦げになりそうな威力だ。

 一般的な冒険者と比べて基礎の積み重ねが違うのだろう。

 ライラ先生は攻撃の手を止めると、俺に尋ねた。


「ギルベルト、今の貴様の攻撃はどこが悪かったかわかるか? なぜ、私の《火球》に押し負けた」

「操作するので精一杯で、土の密度が低かったからだと思います」

「概ね正解だ」


 修行を重ねるうちにわかったことが一つある。

 操作魔法は応用が利くが、反面何をしたいのか具体的にイメージしなければ真価は発揮できない。

 今も固く凝縮した土の塊で攻撃するつもりだったが、イメージが足りなかったようだ。

 俺は日々成長しているだろうが、発展の修行は今まで以上に厳しく、ステータスの確認をする暇や余力さえない。

 ライラ先生は空に向かって手をかざす。


「《火の雨ファイヤー・レイン》」


 細い火の矢が何百本も生まれる。

 俺の退路を完全に塞ぐほどの規模だ。

 このままでは、右左、前後ろ、どこに逃げても攻撃を食らってしまう。

 どうする……! と考えたとき、とある案が浮かんだ。

 魔法で退路が塞がれた。

 それならば……。


「《魔法操作マジック・コントロール》!」


 思い切って、ライラ先生の魔法を操作するぞ。

 上空の火の矢全体に向けて魔力を飛ばす。

 《火の雨》は勢いよく降り注ぐと……動きを止めた。

 まるで時が停止したかのようだ。

 い、いいぞ……このままライラ先生に……。

 どうにかして向きを変えようとするが、なかなかに重い。

 暴れ回る大きな牛を押さえつけているような感覚で、反発力がとても強い。

 ぐっ……負けるな。

 最後まで操作しきるんだ!


「……あっ!」


 ライラ先生に当てるつもりだったけど、《火の雨》は上空に向かって飛んでいき、弾けて消えてしまった。

 パラパラと火花が落ちる。

 せっかく、うまくいったと思ったのに……。

 がっかりするもつかの間、すぐに戦闘態勢をとる。

 ライラ先生の連続攻撃が! ……こなかった。

 唖然とした表情で俺を見る。


「今……私の魔法を操作しようとしたな?」

「すみません」


 ようやく俺は自分の行いを理解した。

 偉大なるライラ先生の魔法を操作する。

 これは大罪だ。

 キンッ! を食らってもおかしくはない。

 ああ、己の局部ともお別れか……と思ったが、予想に反してキンッ! は来なかった。

 というより、ライラ先生は……拍手している(軽く)。


「……見事だ。失敗はしたが、相手の魔法を操作するなんて少なくとも私は聞いたことがない」

「あ、ありがとうございます。なんか暴れ牛を押さえるような感覚でした」

「ふむ……」


 森の外からはネリーの拍手が聞こえる。


「ギルベルト様、お見事です!」


 ネリーには手を振って応えた。

 模擬戦闘はずっと森の入り口で行っているので、彼女も見学していたのだ。

 ライラ先生は真剣な顔をしたまま話す。


「火魔法は系統レベルが上がるにつれ、複雑で強力な魔法が使えるようになる。操作魔法もおそらく同じ要領だ。鍛錬を積むことで、より複雑な対象まで操作できるのだろう。それこそ、最初は小石だったが、今は相手の魔法を一部操作できた」

「なるほど……」


 ライラ先生の言っていることは正しい。

 原作の設定も、概ねその通り。

 操作対象の拡張する順番は、石などの無生物、小動物、相手の魔法、人間、魔物、魔族、魔王……が基本だ。

 自分でそこに気づくとは、ライラ先生はやはり優秀な冒険者なのだと思った。

 相手や魔法のレベル、特殊条件によっても多少前後したり、対象によっては後から操作できるように例外もあるがな。


「さて、ここで貴様の目的を再確認しよう。“ルトハイム貴族学園”の首席合格だったな」

「はい、そうですね(本当は原作主人公に勝てれば、それでいいのですが)」

「例年、あの学園の入学試験は筆記試験と生徒同士の模擬戦闘だ。座学もこれから始めるから覚悟しとけ」

「も、もちろんです」


 試験は座学もある。

 ぶっちゃけ、原作主人公との模擬戦闘だけクリアできればいいのだが、ライラ先生の前では口が裂けても言えない。

 勉強は苦手だがしょうがない。


「模擬戦闘での完全勝利を念頭に置いた場合、最低でも二つ操作するべき対象がある。相手の魔法と、相手自身だ。この二つさえ操作できれば確実に勝てる」

「たしかに、そうですね。俺に操作されたら何もできなくなっちゃいますし……」


 操作した人間は何でも俺の言うことを聞いてくれるのだが、アレやコレをするような、倫理的にまずいことはさすがにしない。


「これより修行は最終段階、実戦訓練に移行する。今日はこの後休息とし、実戦訓練は明日から行う。しっかり休め」

「はい、英気を養います」


 緊張しながら答える。

 いよいよ、最後の修行が始まろうとしていた。

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