第1話:悪役貴族に転生したんだが……?

「オラオラオラァ! 俺陛下の命令が聞けないヤツはこうだ! 喰らえ、《小石連打》! ヒャハハハハ!」

「お、お止めてくださいませ! あああっ、小石が私の身体に当たって細かい傷がついていく~!」


 思いっきり叫んだと同時に意識が戻った。

 目の前には見知らぬ豪華な部屋が広がる。

 深い藍色の布が張られた椅子やソファが何脚も置かれ、壁にはめちゃウマな風景画が何枚も飾られ、ヨーロッパの宮殿にある応接室みたいな雰囲気だった。

 ただ、床にはやたらと小石が散らばっている。


 ――……ここはどこだ?


 室内ということだけはわかるが、俺はこんな場所は知らない。

 おまけに、目の前にはメイド服を着た知らない少女がうずくまっている。


 ――俺は子どもを助けた結果、トラックに撥ねられて死んだんじゃないのか?


 突然の事態に激しく混乱する。

 いったい何が起きているんだ。

 状況を把握しようとして辺りを見渡すと、大きな姿見があった。

 そこに移ったのは……。


「……な、んだと……?」


 さらさらの眩い金髪に美しい碧眼、シュッとした鼻筋、極めつけは赤ちゃんみたいなすべすべのお肌。

 中世ヨーロッパ風のゲームに出てきてもおかしくないほどのイケメン……なのだが、嫌なヤツオーラがすごい男が映っていた。

 「この男は弱い者いじめが好きそうですか?」 と聞かれたら、十人中十人が「はい、好きそうです」と答えるだろう。

 お、俺じゃないんだが?

 知らない男が映っているんだが?

 何が起きたんだ~、と頭を抱えていたら少女の声が聞こえて我に返った。


「ギ、ギルベルト様……どうされたのですか?」

「……ギルベルト?」


 その名を聞くと冷静になった。

 ……どこかで聞いたような名前だな。

 そういえば、鏡に映った性悪イケメンの顔にも見覚えがある。

 ジッと見た瞬間、落雷にあったような強い衝撃を受けた。


 ――こ、こいつはギルベルト・フォルムバッハじゃないか!


 俺が100周するほどやり込んだ、【メシア・メサイア】に出てくる悪役貴族そのものだ。

 極悪と称され、やがては主人公とヒロインたちに断罪処刑されてしまうキャラ……。

 ゲームの舞台は中世ヨーロッパ風の世界なので、そう思えばこの室内の装飾も納得できる。

 目に入る情報が全て【メシア・メサイア】のそれと重ねる。

 なぜかはわからないが、俺は悪役貴族のギルベルトに転生してしまったらしい。


 ――……マジかいな。なんで主人公じゃないのよ。


 ガックリと肩を落としていたら、メイド少女がおずおずと俺に尋ねた。


「あの……ギルベルト様。次なる処罰はまだでしょうか?」


 さらには、このメイド少女にも見覚えがあった。

 濃い茶色の髪に茶色の瞳で、頭にはベージュ色の上品なカチューシャをつけた少女。

 彼女はネリー。

 フォルムバッハ家のメイドで……って、この子も俺を断罪するヒロインの一員じゃん!

 ネリーは俺にとある“大事な場所”を破壊された挙句、毎日いじめられ(もちろん俺に)恨みが募る。

 貴族学園で出会った原作主人公に“大事な場所”を癒してもらった結果、原作主人公の味方となる。

 剣を生み出す魔法系統――剣魔法で俺をめった刺しにして殺すのだ。

 己の運命にぶるっと震えるが、まずは状況の把握だ。

 頑張って優しい声を出す。


「つ、次なる処罰って何かなぁ~?」

「ギルベルト様の私刑です。小石をぶつけた後は冷水に沈め、熱湯をかけ、軒先から吊し、最後は磔にして一週間放置がいつものコースでした」

「するわけないでしょ!」


 こら、ギルベルト! 何やってんの!

 まさしく、破滅街道まっしぐらだ。

 大慌てで部屋の中を探る。

 室内を見た限り、ここはフォルムバッハ家の離れにある自室だ。

 だとしたらアレがあるはず……。

 机やタンスの引き出しを探ること数分、俺は目当てのアイテムを見つけることができた。



<回復ポーションA>

 ランク:A

 能力:ほとんどの傷や病気を治癒させる。製作が難しく大変に高価。



 まずはネリーの怪我を治して少しでも良いところを見せないと!


「ネリー、手を出して。こんなひどいことをしてごめんよ。今治すからね」

「ギルベルト様、いけません! そんな高価なポーションを私などに使ってはもったいないです!」

「いいから、手を出すの!」


 抵抗するネリーの身体に<回復ポーションA>を振りかける。

 瞬く間に俺が負わせた傷は消え、彼女の肌はツヤンツヤンになった。

 と、とりあえず、これで最低限の使命は果たせたはずだ。

 ネリーの印象も良くなることを祈る。


「す、すごい、傷が全部消えてしまいました……」

「ネリーはもう休んでいいから! お休み!」

「あれあれあれ? あ~れ~、ギルベルト様が私の身体を押して使用人の寝室に運んでいく~!」


 ネリーを部屋から追い出し、彼女の寝室に押し込んだ。

 状況説明を叫ぶのもゲーム通りのネリーだった。

 俺もまた一旦自室に戻り、状況を整理する。

 やはり、夢でも幻でもない。

 ここはRPGゲーム【メシア・メサイア】の世界で、俺は悪役貴族ギルベルト・フォルムバッハに転生した。

 

 ――……ちょっと待てよ、ここがゲームの世界ということは……。


 あれができるんじゃないか?

 頼む、ワンチャンあってくれ……ステータスオープン!

 意を決して念じると、脳裏にゲームのステータス画面みたいな映像が浮かんだ。



【ギルベルト・フォルムバッハ】

 性別:男

 年齢:14歳

 Lv:1/99

 体力値:3.14

 魔力値:3.14

 魔法系統:操作魔法(系統Lv:1/10)

 操作対象:①小石

 称号:極悪貴族、イキり令息、早く死んでほしい人No.1、この世の悪が詰まった人間、死神が来たら喜んで差し出したい男、自分を俺陛下と呼ぶ痛いヤツ



 す、すげえ……。

 本当にゲームの世界に転生したんだ。

 感動するもつかの間、改めて状況のヤバさを実感する。

 ……凄まじい称号の数々だ。

 ギルベルトは想像以上のクソ野郎みたいだな。

 というか、体力と魔力値が円周率ってなんだ。

 開発の悪ふざけか?

 勘弁してくれたまえよ、こちとら命懸けなんだから。

 ふと、床に落ちた小石が目に入り、手をかざしてみた。

 たしか、ゲームではこんなモーションだった。


「《操作コントロール》」


 できるかわからなかったけど、「浮かべ!」と強く念じたら小石がふわっと床から浮き上がった。

 思わず感動で胸が震える。


 ――本当に魔法が使えるんだ!


 ギルベルトは悪役らしく、”対象を操る”操作魔法が使える。

 俺は前世でもこの魔法が一番好きだった。

 作中最弱という設定だが、極めれば魔王さえ操作できるポテンシャルを秘めているのだ。

 しばらく感動に胸が震えていたが、十秒も経たずに小石は床に落ちてしまった。

 まだまだ道のりは遠そうだな。

 ベッドに横たわり思う。

 頭の整理がついてきたのか、冷静になって考えることができた。


 ――このままでは、俺は死ぬ。


 部屋のカレンダーを見ると、学園入学までちょうど一年。

 まだ間に合うはずだ。

 堕落した極悪な悪役貴族、ギルベルトとしての行動を変えれば……。

 100周したくらいだから、ゲームの主要なイベントや基礎知識、裏設定なんかも全部覚えている。

 前世の知識をうまく使えば、破滅の運命だって回避できるかもしれない。

 ギルベルトのポテンシャルだって、実は悪くない。

 才能はあるものの努力を怠った結果、努力を怠らなかった原作主人公に敗北する……という設定なのだから。

 となると、目下の目標は二つだ。

 一つ目は入学試験で原作主人公に負けないくらい強くなること、二つ目は学園入学までにヒロインたちの問題を解決して断罪フラグを潰すこと。

 ゲーム知識と操作魔法があればどちらも達成できるはずだ。

 俺は決心する。


 ――せっかく始まった新しい人生、生き残って思いっきり楽しんでやる。

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