ふたり
寅次郎
ふたり
奈良亮平 29歳
僕は今年で、いや、今月で30歳を迎える。
一応肩書きはシンガーソングライターだ。
と言っては見たものの、簡単に言えば売れないミ
ュージシャンである。さすがにこの年になるとこの
まま夢を追ってて良いのか正解が欲しくなる。
自分が学生の頃思っていた30歳は、もっとしっかし
た大人を想像していたが、実際に30歳を手前にして
みて、思うことは案外幼稚で嫌になる。
僕は月曜日~金曜日まで駅前の魚民で深夜のバイト
をしている。そんで毎週土曜日はストリートで歌っ
て、日曜日に曲を作って、都内のレコード会社にデ
モテープを送っている。最近はネットから曲を送る
レコード会社が多いが、僕はCD-Rでちゃんと送りた
い派だ。その方が覚えてくれそうな気がするのだ。
ストリートは歌う場所も探すのに一苦労。駅前で歌
ってるとたまに警察に注意される。だからこの目の
前が中央線と総武線が行き交う、乾いたアスファル
トの前で歌うことにしている。ちょうどエコーもか
かって好都合だ。クリスマス間近とあって、駅前が
賑やか。今日は12月21日の土曜日、24のイヴが僕の
誕生日。だから今日のストリートライブが20代最後
のライブというわけだ。改札から人が出て来ても、僕
の歌なんて誰も聴いてない。首を丸めて寒そうに家
路を急ぐ人たちばかりだ。一時間は歌った。さすが
にピック持つ手が寒さで痛い…。あと数曲歌って終わ
りにしようかと思い、ポカリスエットに手を伸ばし
た瞬間、陰から女の人が出てきて、何か僕にしゃ
べっている。が、電車の音で聞こえない。電車が通
りすぎて初めて声が聞こえた。
『フラれたんです。何か歌ってくれませんか?』
年で言うと同世代くらい
少し話を聞いた。付き合っていた彼氏
もミュージシャンでツアーを回る位の活動していた
らしい。それで簡単に言うと地方妻とできちゃった
らしいのだ。なんだか妙にムカついた。同じミュー
ジシャンとしても、いや、確実にその彼氏に僕が負
けてることにも。わかった、けれど正直僕の持
ち歌では慰めてあげられる自信がない。なんでか僕
は、『ドーブネーズミみたいに…♪』とブルーハーツ
を歌ってしまっていた。女性を見ると聴いてくれて
いる。もう行くしかない『リンダリンダ~♪』今に
なって思うのは、あの時の『リンダリンダ』は、彼
女の為と、夢を諦めかていた自分への応援歌だっ
たように思う。全然クリスマスっぽくない選曲でごめ
んなさい。
でもあの時俺すげー必死で歌ってた。
あの頃すげー必死に生きていた。
『もしも僕がいつか君と出合い話し合うなら
そんな時はどうか愛の意味を知って下さい』
ふたり 寅次郎 @jkrowling
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