第6話

 何かが弾け飛ぶような音がして、衝撃が背に触る。

 その時を覚悟した――

 けど、貫かれると思った衝撃は背の表面を軽く撫ぜただけで終わる。


「ノヴァ――っ!」


 僕の背に感じた衝撃はノヴァさんの背中だった。


「捕まえたぞ。レジーナ!」

「はいっ!」


 レジーナさんは腰から引き抜いた包丁サイズの刃物を魔獣の首に突き立てた。

 余りにも頼りない小さな刃は魔獣の長い毛に包まれて手首まで埋まる。


「逃がすかっ!」


 魔獣は暴れ、足を上下して逃げようとする。

 けど頭は動かない。

 ノヴァさんの右手に牙が捕まれ、どうしてもそこから抜け出せない。

 何度も何度も首筋を狙って斬らなくてはいけないとはいえ、安心して見られた。

 ここは大丈夫――なら、僕が気にするのは表玄関。


「――ゴブリン!」


 空いた扉へ駆けて外に出る。

 外は赤く染まっていた。

 魔物が死んで魔力に還って行く途中の赤い霧が溢れていた。


「この数を――一人で守り」


 外には倒れたゴブリンの山。

 これだけ魔力に還ったというのにまだ数えることも出来ないほど。

 これを一人で受け切るという、生物としての格の違いを感じた。

 振り向けば、あれだけの大きさの魔獣もすでに事切れていた。


「終わったな」

「やった!」

「やったっす! やったっす!」


 肩を抱き合う夫婦に、手を取り合って回るポリーとフレア。

 それを僕は扉の外で眺めていた。


「あの――僕は――実は固有職ユニークジョブなんです。ですけど――」


 多分僕は役立ったと思う。


――これからも役立つと思う


 そう口に出来ない。

 家を追放されてからの今日まで僕に接する人は二種類だけだった。


固有職ユニークジョブブ? 駄目駄目要らないよ』

『えー汚染るかも知れないじゃん?』

『舐めてる?』


 職業ジョブだけを見て僕を見ない人たち。


『なんでもいいよ。やるの? やらないの?』

『誰でもいいんだよ。誰でも出来る仕事なんだから』

『あんたの名前? どうでもいいよ。荷物だけ持ってて』


 職業ジョブを見なければ僕も見ない人たち。

 仮に強くとも、仮に何かをしても、僕に対する評価はなく。

 だから喜びに水を差せないでいた。


「ああ、そうだ。お前らに一つ嘘を付いたんだ」

「嘘?」

「ああ、実はな。坊主は客じゃねぇんだ――な?」


 そんな僕に気付いたのか、おっちゃんは笑顔で近づいてきて耳元で呟いた。


「こいつらは俺ぁが駿友だって知ってるぜ?」


 と、この人たちが職業ジョブで人を見ないと教えてくれた。


 僕の心は何時しか腐っていた。

 誰からも見捨てられて来た人生を終え

 新しい人生が始まり、期待に裏切られ

 もう何も期待しないで居た。

 どこまでも遠くまで行って、そのうち果てればいい。

 そう思っていた。


――ああ、だけど、なんて幸せそうなんだろうか。


 そこは暖かそう。

 仲の良い両親が居て、愛されてる子供がいて、楽しい隣人と、たまに来る面白い客もいて、もう滅び掛けている”最果ての村”でもこんなに暖かそうな場所。

 僕の人生から遥か彼方にあると思っていた場所がすぐそこにある。


――けど


 僕が入ったら暖かさは失われないだろうか。

 僕が居たら白けたりはしないだろうか。

 後一歩、後一歩の距離が遠く。

 幾ら喉を絞っても声は届きそうに思えない。


「ほら!」


 強く背が叩かれた。

 おっちゃんの手が背を叩き前に押し出してくれた。

 よろけて出た一歩は未だかつてない長さ。

 その一歩は今までで一番遠くまで届いたと思う。


「ぼ、僕をこの村に住まわせてください!」


 それは一瞬の間だったけど、あのベッドの上の今際の際よりも長く感じた。


「こんな村で良ければ――喜んで」


 肩に置かれた手と、背をさする掌と、脇腹に突撃して来た角はとても痛かったけど暖かく。


「よろしくね」

「やった!」

「歓迎っすよぉぉぉ!」

「重いよポリー」


 よじ登ってきたポリーが肩に乗って頭にしがみつく。

 尻尾を纏わりつかせて、頭をすっぽり覆われた。

 けど振り払うことはしなかった。

 丁度良い、長い毛並みの上等なハンカチにさせて貰った。


「じゃあパパ、久しぶりの村民と来たら?」

「勿論、歓迎会――いや、この村に人が増たのだ。栄華を願い、復活を願った祝祭。そう今日は我ら最果ての復活祭バースデイっ!」

「――バース――デイ?!」

「お前らよぉ――こういう時は勢いで盛り上がればいいんだよ」

「そうっすよ! 宴っすよぉぉぉ!」

「そうだ! 宴だぁぁぁぁ!」

「うぉぉぉ!」


 皆で拳を突き上げ宴が始まった。


「とはいえお片付けからね」


 流石主婦の貫禄で、まずは役割を分担して片付けを始めた。

 ボアを運ぶのはノヴァさんとグラールの力担当で決まり。

 レジーナさんは解体と調理の準備。

 その手伝いでフレアとポリーが薪を集めたり。

 僕とおっちゃんは壊れた壁の煉瓦を拾い、掃除をすることになった。


「おっちゃん、ありがとう」

「何だよ。水くせぇな。いいんだよ。若ぇのが辛気臭ぇ顔しなくてよ」

「そんな顔でしたか」

「あと、言葉遣いも直せよ? こういうとこじゃ皆家族みてぇなもんだからよ」


 「はい」と返すと睨まれたので「うん」と言い直した。


 片付け終わり外に出ると、僕らを出迎えたのは巨大な焚火とかぐわしい香り。

 火にくべられたボアのと思しき肉は、冗談みたいなサイズでかつて見たことのある漫画みたいな肉そのもの。


「美味しいっ!」

「あったり前ぇよ。かー酒がありゃなぁ」

「これから毎日ボア肉焼こうね、カイト!」


 フレアの言う通りにしたいくらい美味しくて、久しぶりにお腹一杯まで食べた。

 そして夜は更けて、フレアとポリーが寝てしまいお開き。

 僕は空いた家のベッドを借りた。

 信じられないくらい堅いベッドで、とんでもなくごわごわしたシーツ。

 けど、久しぶりに何も考えず、何も思い悩まずに――泥のように眠った。


 ただ深すぎる眠りのせいか、変な夢を見た。


 声が聞こえたような

 文字が見えたような

 いや、そのどちらでもなかったような

 ただこの言葉が強烈に頭にこびり付いて朝になっても覚えていた


『ここをホームと認識しました。拠点ベースを設置します』


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