第7話
最果ての村の民になって最初の朝はある意味最悪の目覚めだった。
「おっはよーカイト!」
「おきるっす! もう朝っすよ!」
「起きないなーおーい、ご飯持ってきたよー食べちゃうよー」
「フレア! どーんっす!」
「うん、どーん!」
お腹に突き刺さる痛みで飛び起きる――けど目の前は暗く、そして妙に生暖かい。
「おはよう」
「おはよ! カイト!」
「起きたっすか?」
「うん、流石に目が覚めたよ」
顔に張り付くポリーを剥がすと、今度はパンが目の前にあった。
「はい、朝食!」
「っす!」
円盤型の白パンはすごく堅かった。かちかちで、噛もうとしても歯が砕けそうだ。
「堅っ!」
「こう前歯でガリガリっとするっすよ」
「僕の前歯じゃ出来ないかな――」
「えーフレアも出来るけどなぁ。パパもママもそのまま食べるよ」
「うーん、僕が特別弱――あ、じゃあ、おっちゃんは?」
「あー――あ! ならおんなじようにスープに付ければいいんだよ! ほらっ!」
フレアは軽く手を引いたつもりだろうけど、肩が抜けそうな力でテーブルまで一気に引きずられた。
木のテーブルの上には皿は一つ。豆の煮込んだもの、一緒に入った肉は恐らくボアの肉だろう。これとパンならこの世界の朝食から考えれば――
「おお、豪華だね。それじゃあ――」
少しいびつな形の陶器のスプーンを手に取る。煮込みを掬おうとしたら、フレアにペシと手を叩かれた。
「ほら、カイト。お祈りしないと」
「ダメっすよー怒られるっすよー」
朝の祈り――この世界の人々が朝食の前に必ず行うこと。
だけど僕はしないことのほうが多い。
折角転生させて貰ったというのに、心のこもっていない祈りしかしてこなかった。王都を出てからは祈らない日のほうが多かったくらいだ。
今更――とは思った。
良いことがあったからでは余りにあさましい――とも思った。
それでも今は食事の時に一緒に卓を囲ってくれる人がいる。
自然と沸き上がった感謝という感情が、僕の手を組ませていた。
「よし! 食べていいよ」
「っすよ! もうほとんど冷めてるっすけどぎり行けるっす」
「じゃあ頂きます。熱いの苦手だから――丁度いいや」
「美味しいっすか?」
「うん」
「やった! フレア見たいに豆は嫌いとか言われたらどうしよかと思ったっすよ」
「うー赤いのは食べれるもん」
豆は赤い皮のと白い皮のと2色のが入っている。確かに白い方の食感は好き嫌いが分かれそう。もさっとした、どこかはっきりしない食感だ。
「じゃあ、これポリーが作ったの?」
「っす! 料理は得意っすよ。レジーナと分担してやってるっす」
「パンはフレアがこねたんだから! ほら、どう? 美味しいでしょ?」
「うん、美味しい」
煮込みに浸して柔らかくなったパンだったけど小麦の味が負けてない美味しさ。
楽しい時間はあっとういう間ということを知った。
「じゃ、行こっか! ほらほら、急いで皆が待ってる。」
僕の最後の一口を待って、フレアは勢いよく立ち上がった。
昨日の片付けもまだしっかり終えていないし、村民としての仕事はきっとある。と、勢いつけて出た外で待っていたのは1本の木だった。
「あれ? あんなのあったっけ」
村の中央。昨晩立て籠もった建物の前に木が生えていた。既に100年は立ってたという高く、大きく枝を張った、青々とした葉を茂られた木が。
昨晩は飲み食いした場所で、確実になかったと言い切れる場所に木があった。
「いいからいいから。こっちこっち!」
「いや、良くないとおも――うわわ」
フレアに引っ張られポリーには押されて建物に連れ込まれる。
「おお、来たか。カイト」
「あら、やっとお目覚めね。ちゃんと朝は食べた?」
「おはようさん。顔は洗ってねぇな。カイト。口についてんぞ」
大人が3人は何かを見ていて、振り返りながら出迎えられた。
「おはようございます」
「アハッ! 昨日言ったこと覚えてないのかしら?」
「えっ? あのレジーナさん?」
「それも違うわよ――カイトちゃーん。アハハッ」
首を傾げ、顔は笑みのままレジーナさんが近づいてくる。どこか不安になる笑顔で人としてどこか行けないところが駄目になった人の笑い声を上げて。
背筋が凍るとはこのこと。見開かれた赤い瞳が妖しい光を放ったかのよう。
怖い――助けを求めるようにフレアを見ると、彼女も顔を下に向けている。
手で顔を多い、少し震えて、怯えた人の見せる所作――とはちょっと違った。
「くぅー久しぶりのママの魔族笑い最高!」
満面の笑みで、感動に打ち震えていたらしく。顔を上げると一緒に片手も突き上げガッツポーズめいたポーズを取って謎の言葉を発した。
「うむ、うむ――いいぞ。素敵だレジーナ」
「何しみじみしてんだよ」
「あーえーと――? 魔族笑い?」
「アハッ! ってこれよ。魔族の間に伝わる笑い方のひとつなの」
「危ない人の顔がですか――」
「危ない――って! そんなに褒めても何も出ないわよ。もう」
褒めたの? という疑問は口にしなかった。
おっちゃんの顔が”流せ! 流せ!”と言っていたから。
「えーとそれで一体なんでその顔をしたんですか?」
「あーん、それよそれ。その言葉遣いよ。村の子になるんだから止めてって」
「あーなるほど。分かりまし――分かった」
「後呼び方ね」
「レジーナ――さん。流石に呼び捨ては無理です――いや無理だよ」
敬語を使うと魔族笑いになるらしい。分かってても普通に怖い。
「じゃあ”ママ”でいいんじゃない?」
「いや、それも」
「いいわね! ママで行きましょう!」
ノヴァに目を送ると、何故か拳をぐっと握り込んで”行け!”という合図。
おっちゃんは”なんでもいいよ”という呆れ顔。
「えーママ――さん。そう! ”ママさん”でどうかな」
「折衷案! 灰色の解答! ああぁ魔族的には悪くないわっ! 採用っ!」
「朝からテンションたけぇなおい。いいことだけどよ。なあカイト」
おっちゃんはやっと終わったかという顔でちらりと後ろを見た。
部屋の中央に鎮座していたそれに、ずっと最初から気になっていた球体。
「何か分かるか?」
ママさんとノヴァが前をのいて全容が露わになる。
中に浮いた黒い球は僕の頭ほどのサイズ。
「さあ、見たことないけど」
「まあカイトのだろうけどな」
「分からないって言ってるだろう。ほら俺の中の魔族的な何かの発現かもしれん!」
「お前は
「ならフレアかも! 秘めし力が暴走したんだよ!」
「んもうないわよ。儀式を受けてないでしょ」
「うー、早く受けたい! 秘めし力あるからね!」
「そうだフレアはあるかもしれん。俺の娘だしな」
「んまあ0じゃねぇけどな。儀式の前じゃそうはねぇだろうよ。それにカイトは成長してねぇっつーからな」
「関係――あるんですか?」
「大ありだぜ。何で
「それは――神に見放されているから――」
「違ぇっての! 馬鹿。んなもん信じるなよ。分からねぇからだ」
「分からない? イグも分からないの?」
「そうだよ。人間には分からねぇから固有なんだ。大体、
右手に緑色の光を燈す。
淡く優しいその色は――
「――回復」
「そうだ。だけどよぉ最初は何も分からねぇから、色んなのを勝手に回復してたぜ。自分自身をしても駄目。他人に掛けても効果がでやがらねぇ。ゴブリンに試したこともあるんだぜ? だけど全然駄目でよ――たまたまだ。本当たまたまだったんだ。目の前で怪我した馬が居てな」
「おっちゃん――」
「俺ぁの前にも馬が来た。見捨てられてねぇって。カイトにはこれだ、これだぜ!」
「でも危ないってことはないかしら? ほら、見た目にもどこか――ねぇ? それに機能緒あれだけ倒したわりには1本しかないし、魔物的な?」
「試してみりゃいいじゃねぇか」
「爆発したり、呪われたり、毒があったりするかもしれないでしょう?」
「けどよぉ」
「確かにレジーナに一理ある。イグはカイトに入れ込んでいるしな。冷静じゃない。けど俺はイグに賛成だ」
「でもあなた――」
「男なら成長のチャンスを逃す手はない。何、爆発なら俺が防いで見せるさ」
「呪いとか毒なら俺ぁとグラールが必ず王都まで間に合わせるぜ」
「危ないと思ったら逃げるっすよ」
球体の前に近づく。横にはノヴァ。本当に爆発を心配しているのだろう。それほど危険がある、いや得体が知れないということだろう。
――成長出来るかもしれない
声が変わった以外の成長の実感のない僕には何よりも甘い誘惑。不安も心配も全部吹き飛んで手で触れた。
球体はかつて聞いたことのあるシャッター音みたいな音を出して形を変えた。
「下がれっ!」
防ごうとするノヴァ。だけど僕は手で制した。球体が四角い板に変わったから。
「――ああ、僕のだ」
21:9の比率。6.5インチの大きさ。光沢のある薄い板になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます