第5話

 この世界で魔族と言ったらある二人を思い浮かべる。

 1000年前に勇者クロスに打ち倒された魔王。

 それと勇者一行の最強の呼び声高い片角かたつののアスコットだ。

 共に強靭な肉体を持ち、高い魔力を有し、必然高い戦闘能力で、共に性格は冷徹。

 そんな言い伝えに僕も魔族と言えばそんなイメージを持っていた。


「うわー樽が削れてく! ポリー、ママ、ほらほら、すごいよ!」

「ううぅ」

「大丈夫よ。ポリーちゃん」


 魔族とはいえ普通の親子に見えた。

 角こそ生えているものの、眼差しは優しい母親のそのもののレジーナさん。

 ヘラジカのような目立つ角を持っていて髪も真っ赤。この世界の魔族らしさ満載のフレアだって、頬杖ついて足をパタパタさせている姿はどこにでもいる子供だ。

 もっともこの状況で緊張感もなく普通なのが魔族たる所以ゆえんなのかもしれないけど。


「そうだぜ、ポリー。ノヴァが守って、坊主が撃ってんだからじきに終わるぜ」


 ノヴァさんを知っていて、僕の射手塔アーチャータワーの力も知っているおっちゃんだって少し緊張したような声をしている。グラールの首を撫ぜる手も震えているみたいだ。


――僕だってそうだ。怖くないと言えば嘘になる。


 建物の周りにはゴブリンが溢れている。

 姿は見えずとも足音は今にも地が割れるんじゃないかという大きさ。

 まだまだ増援は尽きないのか、森の木々のざわめきは嵐のただなかのよう。

 レジーナさんの角にしがみついてるポリーが少し羨ましい。

 何かに捕まりたい、所在ないような恐怖があった。


「はっ! 来い小鬼ども! 我が金剛ダイヤモンドの肉体! 傷つけられると思うな!」


 ノヴァさんの変な口上がたまに入るのがむしろ安心する。

 パスッと矢を撃つ音もガリと樽が削れていくのも、ゴブリンが減っていくのを実感

出来て落ち着かせてくれた。


「撃ってる?」

「うん、君が見てる樽が削れていくのは――僕の技能スキルなんだけど」

「どんなの?! 魔法?!」

「うーん、まあ似たような物かな。木を使って外の射手が矢を撃ちだしてるんだ」

「へぇ召喚サモン系かしら? 珍しいわね?」

「あーそー言われりゃあそうかもしれねぇな。なぁ坊主」

「ああ、うん、そう――かも。召喚は召喚かも」

「矢ってパパには当たらない?」

「ああ、うん、ゴブリン相手に外したことはないよ」

「問題は木が足りるかだな」


 おっちゃんの目は僕らの中心にある樽に注がれた。

 開始10分もせずに既に5分の1以下に削れていた。


「100近く倒したかな? でもまだまだ居ますよね。一応節約はしてるんですが」

「節約?」

「はい、実は1本だけしか出してないんですよ」

「本?」

「ああ僕が召喚? しているのは塔なんです」

「塔?」

「はい、その上に精霊が乗ってて弓を撃ってくれるんです」

「へぇ、精霊使いエレメンタラーなんだ!」

「いや――そうじゃ」

「で、坊主それが節約になるってのか?」


 言い難くしている僕を見て、おっちゃんのナイスアシスト。


「はい、塔をまずは1本分」

「ああ、そっか塔にも木がいるもんなぁ」

「まずってことは他にもあるの?」


 意外にも鋭い質問を飛ばしてくるフレア。


「うん、そうだよ。呼び出した塔、射手塔アーチャータワーは狙いを外さない塔なんだけど。外すことがあるんだ」

「外さないのに? 外すの? あ、死体を撃っちゃうとかあ?」

「うーん、動く相手しか狙わないよ」

「えーわかんない、ママ分かる?」

「そうねぇ。撃つ時は元気なのよね?」

「そうです」

「じゃあ撃った後に倒れたらどうなるのかしら?」

「正解です」

「あーママ凄い!」

「なるほど、2本あると先に届いた矢で倒しちまうってことか」

「そうです。1本だけなら無駄撃ちもないので。相当な数のゴブリンを倒せるかなと思って――あ、そろそろ替えないと。おっちゃん、そっち持ち上げて貰えますか」

「ほいよ」


 もう10cmほどしか残ってない樽を持ち上げて貰って、その下の隙に丸々残った樽を入れようとする――けど、中身まで木の詰まった樽は重い。

 地面にある状態で持ち上げるのは、僕の力では至難の技なのだ。


「カイト、手伝うよ! ほい!」

「ありが――うわっ、えっ、軽っ!」

「ほいっと。軽かったねぇ」

「はは、ありがとう」


 フレアは僕より少し背が低い。年も10才か少し上くらいに見える。女の子らしい細身の体形だし、腕だって別に力こぶが凄いということもない。

 けど、流石に魔族。10年以上鍛えて来た僕より明らかに力は上だ。


「凄いね」

「でしょ? でも、パパはもっと凄いよ」

「そうだぁぁ! パパは凄いぞぉぉ! 強いぞぉぉ! 格好いいぞぉぉ!」


 やや食い気味で一際大きな声が外から聞こえてくる。

 多分また変なポーズをとっているんだろうなという不思議な安心感があった。


「あらあら、あの人ったら張り切ってるわね」

「そうなんですか?」

「幾らノヴァでもいつもあのテンションじゃねぇって。存外真面目だぜ?」

「そ、そうなんですか」

「最近はいつもギュウってしてたよ」


 フレアは渋い顔をして見せた。

 皺を寄せていたってことだろうか。


「多分、貴方のお陰ね。本当にゴブリンを倒せてるの――ああ、御免なさい。信じてなかったわけじゃないけど、ね。そんな人が来てくれるとは思わなかったから」


 村の状況は良くないのだろう。

 確かに辺境の開拓村”最果ての村”とも渾名される村でも一家3人と1人だけしかいないというのは流石に少なく思える。

 畑用の柵が一辺10m程度というのも小さいと思う。


「あの人はね怪我をしてしまってね。攻撃が出来ないの」

「そうなん――ですか」


 どうも引っかかる言い方だった。

 どこを怪我したらゴブリンを倒せなくなるのか。

 あの大きな柵を軽々持ち上げる力があれば、殴っても蹴っても倒せそうなもの――と僕の疑問を押し流すようにおっちゃんが話題を変えた。


「ま、そういうこった。しっかしいつまで掛かるかねぇ」

「遅かったらまた3日かかるかなぁ?」

「3日?」

「あーゴブリンは死ぬまで戦闘続けっからなぁ。3日も活動させりゃぶっ倒れるぜ。ここでもなきゃそんなことしねぇけどよ」

「でも――そこまでは掛からないと思いますよ」


 外の足音が確実に減って来ていたし、樽の減りも鈍化しているように見える。

 敵が疎らになってきているということ。

 少なくとも森からの増援頻度が減って来て、扉に集っていられない時間が出来ないとこうはならない。


「――っ!」


 突如ポリーが顔を上げた。

 いつの間にか収まっていたレジーナさんの膝の上から、再び肩までよじ登る。


「どうしたのポリーちゃん?」


 ポリーは応えず、耳を動かし首を左右に振る。

 ある一点を見つめて首が止まった。

 そのポリーの横顔はとても僕と同意見とは思えない。

 楽天的な僕の意見とは正反対の顔。

 その表情の意味が分かったのは、地面の振動が強まったから。

 弱まったはずのゴブリンたちの足音が再び強く。

 いや先程よりも大きな音が――近づいて来るのが僕らにも分かった。


「来るっす、来るっす、来るっすよ!!」


 ポリーの絶叫に呼応して、壁が爆発した。

 煉瓦が飛び散り、埃が舞い散る。


「なんだ?」


 壁には大きな穴が1つ。

 舞い散った埃は外から吹き込む荒々しい吐息で吹き飛ばされる。

 吐息はやがてけたたましい雄叫びとなり、それが現れた。


「ボア?!」

「やべぇ魔獣だっ!」


 かつての世界なら猪と呼ばれた獣。だがこの世界では人を凌駕する巨体の魔獣。

 僕の背より大きい体高を震わし――

 僕の顔ほどもある目には怒りを宿し――

 僕の腕より太い牙を一度引いて突進を開始した。

 まるでが何かを分かっているかのように、光る白線に囲まれた樽を目掛けて。


「これは駄目っ!」


 勇敢に、無謀にボアの前に立ちふさがる。

 父を助ける力の源を守るように両手を広げて。


「不味い――塔の精霊、建てろ!」


 僕はフレアの前に身体を差し込みつつ、射手塔アーチャータワーを建築する。

 恐らく間に合わないと思いながら――

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