第4話
最果ての村に着いた僕たちを待っていた三人の魔族。
もっとも大きい盾を持った男の魔族が一歩前に出て口を開いた。
「ふっ
「この領域に侵入するとは――機を誤ったな」
「愚かな」
口に中が乾いた。
女の魔族と背の低い魔族も薄暗がりに光る赤い目が僕に向いたから。
おっちゃんは堂々と馬車から下りると、僕の前を塞ぐように立って手を上げた。
「おう、ノヴァ久しぶり」
「あらぁーイグさん久しぶりじゃない」
「イグ、久しぶりっ! ねぇねぇお土産は?」
「おーフレア。今回はねぇんだよ。悪いな」
「よく来たなイグ」
「元気そうじゃねぇか」
思わず「えっ」と声が出るほど軽い挨拶。
三人は今まで敵を迎え撃つ時のいかついポーズを崩して、近所のおじさんが遊びに来た時のような挨拶をかわす。
「今日は客を連れて来たんだ。ほら、坊主」
「あ、はい! え? あ、えーと、はい初めましてカイトと言います」
僕は馬車を下りてから頭を下げて挨拶をした。
「我はこの最果ての地を納める一柱・ノヴァ」
「右にレジーナ」
「下にフレア」
頭を上げると再び謎に尊大なポーズで僕を見下ろす二人と、膝を付いた女の子。
この世界の魔族は別に人類と争っている仇敵というわけじゃない。
おっちゃんと対応するようなご近所さんだ。
けど僕には悪の秘密結社の幹部か、魔王四天王です。見たいな挨拶をしてくる。
「あーん、フレアちゃんそこは違うわ」
「でもパパとママの子だから下じゃないの?」
「右で良いの。良いのよ!」
「そうだよフレア」
抱きしめて、互いの角を避けるながら器用に頬ずりをする。
その顔は柔らかく僕に向ける顔とはまったく違う。
「あー、その様子だと。坊主は魔族初めてか?」
「はいまあ」
「あんたらいつもなぁ。もうちょっとこうな。坊主は初めてなんだからさ」
「えっ、何かおかしかった?」
「俺は努めていつも通りにしたが?」
「まず一人称からちげぇんだよ!」
怒られるとすんと小さくなる三人。
「えーと僕が特別警戒されているってことじゃないってことですか?」
「違うな。魔族はなんつーか。こうあれだ。ほっとんど辺境にしか居ない種族だから他人のとのコミュニケーションに深刻な問題を抱えてんだよ」
「ようは人見知りっすよ!」
「ポリー。違うぞ。人なんて全然平気だもんね」
「そうよ。誰でもどんと来いよ!」
「うんうん」
「えっとじゃあ、よろしくお願います」
確かに飛びつくポリーを受け止めたレジーナさんの笑顔は優しいお母さんのそれ。
ならばと僕も一歩前に出てみる――けど三人は一歩後ずさり。
さらに僕が三人の前に出ると、また後ずさり。
さらに前に出ると、さらに下がる。
僕が顔を上げて三人を見ると、全員バラバラの方向へと顔を背ける始末。
「三人ともそんなことしてる場合じゃないっす! 敵が来るっすよ!」
業を煮やしたポリーがノヴァさんの頭に飛び移ると角に捕まり頭を揺らした。
「ああ、そうだ!」
「えっ?」
「どういうことだ?」
「昨晩、雨が振った」
「雨?」
「雨が振ると森から魔物が沸くっすよ」
「そうだから朝のゴブリンが大量だったってわけよ。しくったなぁ。道が濡れてねぇから気付かなったぜ。この俺ぁとしたものが。あいつらに悪かったなぁ」
「振ったのは森の奥だけだったからイグさんのせいじゃないわよ」
「ありがとさん。それを少しでも坊主に――いや、どれくらいで来るんだ?」
皆の視線がポリーに集まった。
「うん――もう少しっすかね?」
「だからイグは彼を連れて戻るんだ。グラールの足なら逃げ切れるはずだ」
「ノヴァさんたちは?」
「愚問だな」
「ここは我らの座す場所」
「生くるも死するもすべて覚悟の上」
――まだ続けるんだそれ
三度良く分からない格好いいポーズで応える三人に、おっちゃんも突っ込んだ。
「おまえらさぁ、もういいだろ。もう慣れたろ。普通に喋れ」
「えーでもだってちょっとこれやりたい!」
「そうよイグさん。魔族的な喋りって言ったらねぇこういうのだし?」
「魔族的は置いておけっての。大体、敵が来るんだろ」
「だから帰れと言った」
「まさかお前が安全を保障できねぇってか?」
「まさか。問題ない。守るさ」
「じゃあなんだ」
「食事が――ねぇ? ほら時間かかるじゃない?」
「うむ」
「だよなぁ? 時間だよなぁ? お前が受け切れねぇわけねぇんだから。そう問題は倒せないってことだよなぁ」
「なんだよイグ。今日は絡むじゃないか」
「ノヴァは超一流の盾だ。だが攻撃が出来ない。分かるか坊主? 大量のゴブリンを殲滅出来る奴がいると楽らしいぞ?」
おっちゃんがちらと僕を見て”行け”とけしかけるように口の端を歪めた。
――正直僕は強いと思っている。
朝だってそうだ。
一度も成長したことなくても、彼ら四人であっぷあっぷの敵を倒せる。
けど自信が付かない。
朝の時のように。
この人たちがそうとは限らない。
けどこの人たちがそうでないとも限らない。
これ以上行くところはないというのに。
ここで駄目ならどうすればいいのか。
そんな迷いを見切ったのか、おっちゃんは僕の背中を強く叩いた。
「僕に手伝わしてください!」
「君に? 100を下らない数だ。幾ら相手がゴブリンでも流石にだな」
「ノヴァ弱気じゃねぇか。坊主一人守れねぇってか? らしくねぇぞ」
「俺一人なら確実だと言うだけだ」
「だが時間が掛かる。だから村から人が去ったんだろうが」
というおっちゃんの声に、その場の全員が消沈したように見えた。
「だがなイグ――」
「聞けノヴァ。坊主はお前見たいな前衛と相性がいいんだ」
「後方火力か!」
「ああ、それも前衛を必要としているタイプだ。なぁ?」
「はい! 任せてくださいゴブリンの100や200――いや幾らでも」
魔族三人とポリーも近寄って来て「本当?!」と言う。
「本当に本当?」
「はい」
「本当の本当に本当?」
「しつけぇよ! 俺が保証する。朝だって坊主がゴブリンの群れをやったんだ」
「群れを?」
「そうだよ。おら、どうすんだよ。ノヴァ」
「分かった――だがな。依頼を出すこともできない村だ。当然報酬だって――」
「あーそういうのは後、後! ほら二人とも手だよ手!」
「よろしくお願いします」
ノヴァさんと握手して作戦を開始した。
まずは立て
グラールも入れる建物が一つしかなかったからだ。
「でも村の中央で位置も良いですし、頑丈そうですね。いい煉瓦を使ってる。家より良いかもしれません」
「でしょ? 辺境は土がいいの。少なくともゴブリンには破られたことないわよ」
「んじゃ窓は俺ぁが塞いでくらぁ」
「フレアも手伝う!」
「ウチも行くっす」
「じゃあ私は勝手口を塞いでおくわ」
「僕は樽を運びます」
「手伝うよ。これでいいのか?」
ノヴァさんが片手で1つづつ軽々と樽を抱えて、馬車から飛び降りてくる。
「壊れてるが――」
「木材として使うだけですから」
「木材?」
「こう、使います――ストレージ!」
部屋の中央に置いた樽の周囲に白線が引かれていく。
「おおっ! これはまさか伝説の空間――」
「いや、違います」
「えっ、違うのじゃあ――」
何故皆反応をするんだろうという疑問を置いて、精霊を呼び出す。
「おおぉぉ! 精霊使いだったのか――?!」
いつも通りの反応にいつも通り「いいえ」と返した。
問題はどこに塔を出すか。
最悪、ゴブリンに壊されることもありえる。
入口に対して視界が通り、ゴブリンの攻撃の届かない場所。
「あそこなら! 建てろ
考え付いた答えは――向かいの建物の屋根の上。
「アーチャーってことは、あれが矢を撃つ――で、いいのか?」
「はい」
多分、
どう反応するか、少し怖かったけど。
ノヴァさんは以外な返しをしてきた。
「なら、こうしよう」
建物の裏に行って戻ってくると手にしていたのは柵。
横は10m近くある木の柵に煉瓦の足を付けた移動式の柵だった。
「用意してたこれが役立つはずだ」
ノヴァさんはそれを建物の横に置いた。
隣の建物の壁に接するようにして置き、また裏手に行くともう一つ柵を持ってきて今度は逆側を塞ぐ。
僕たちが居る建物の横から、向かいの二つの建物の壁に接するように。
「ゴブリンの通路を限定したってことですか?」
「そうだ」
目の前の二つの建物の間だけを空けた状態。
ノヴァさんの策はゴブリンの移動経路の制限して一方からしか攻撃を受けないようにするためのものだろう。
とはいえ疑問は残る。
「間から抜けてきませんか? 特に下。ゴブリンならしゃがめば通れそうですけど」
「ないね。一度もない。この高さを厚く作ってるだろ? ここが何かわかるかい?」
「あ――と、ゴブリンの頭の位置ですか?」
「そう、見えないところには来ない。後奴らは他のゴブリンの後をつける習性があるから、まず抜けて来ないと思っていい。本来は畑を守るためだったけどね」
「えっ、畑は大丈夫なんですか?」
「奴らは畑に興味はないよ。ただ数が多いと溢れて畑に入ってしまうんだ。だけど、今日は君が殲滅してくれるんだろう?」
黒い目の赤い瞳は最初冷たさと恐ろしさを感じさせた。
けど今のノヴァさんから感じるのは信頼、期待。
今まで僕に掛けられることのなかった感情。
僕自身すら僕に掛けたことのなかった感情。
熱い気持ちに身を震わせた。
「き、来たっすよ!」
ざわめく森の音はもはや僕の耳にも届くと――
どこか間の抜けた空気を切り裂く音を出して
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