第3話
僕はその後も仕事を探して王都を回った。
けど見つからない。
王都じゃあ教会が職業を保証してくれないと仕事はないから。
それが
この世界で唯一の才能は、誰にも理解出来ない。
それにもう一つ大きな問題があったからだ。
「『成長』って何なんでしょうね」
広くなった荷台。削れて不安定になった樽を背中で抑えながらおっちゃんに向けて問いかけた。
「あん? おお、そうか――まだ成長がないのか――」
「まあ――女神に見放されてますから」
とは
後は世界の
何故女神に与えられた職業に
『
これがこの世界の
僕は
だから女神が見放した
だから父は白けたような顔をして。
だから神父にすら見下された顔をされた。
「ま、王都を出ざるをえねぇわなぁ」
時折入るおっちゃんの声はあっけらかんとして軽い調子で。
まるで何でもないかのようで深刻さのない様子が、良かったのかもしれない。
「坊主も苦労したんだな」
「”も”?」
「おうよ。俺ぁ
おっちゃんのさっぱりとした、変な同情のない、変に上からでもない態度。
それは僕と同じ立場だったから、同じ境遇だったから、同じような目にあったから気持ちのよい態度をとってくれた。
だからこんな話をしてしまったのだろう。
「初めて会いました!」
「いーや、俺ぁ以外にも会ってると思うぜ?」
「そうなんですか?」
「皆いわねぇからなぁ」
「そうですよね」
だからこそ職業を聞くことは下品なのだ。
「ま、成長した時の反応で分かっちまうんだがなぁ。めったに起きないからな俺ぁもこの年で7回だぜ7回。そりゃガキかよって感じではしゃぐっての!」
「どんな感じなんですか?」
「あーこう動き、回らないと居られないっつーか。身体の内側から熱くなってそれがこう突き動かしてくんだよ」
とおっちゃんは右手を天に向けて指さした。
それが何を意味するのか分からない。
何せ僕にはまだないのだから。
「何、その内坊主にもあるぜ。女神様だって完全に見放してたら生まれてきてねぇ」
「だと――いいんですが」
「ほら、元気だせよ。お待ちかねの辺境はいるぞ!」
おっちゃんが手で左右を交互にさす、その向こうには木――森が双方にあった。
この世界には一つの大きな国しかなく、その国は大きな森に囲まれている。
東西南北すべて森で、そのすぐ内側に通っているのが
「うわぁ! 平野の端だ!」
「こっからは揺れるぜ。捕まってろよ!」
ガタンと揺れて
森が迫って来てぶつかるようにして、凄い速さで木々の間に入っていく。
「おお、両端から森がっ! 森が近いっ」
「あぶねーから身を乗り出すな。ただでさえいつ魔物が出ても可笑しくねぇんだぞ」
「すみません。興奮しちゃって」
鼻腔一杯に広がる森の香り。
身を委ねたくなる香りに身体は自然と踊った。
居てもたってもいられない感じ――多分テンションが高くなったいるという奴だ。
「まったく、変な坊主だぜ。普通ばびびるんだけどなぁ。ま、最果ての村に来る奴が普通なわけねぇか」
「じゃあおっちゃんもですね。誰もどの馬車も幾ら積んでも辺境には行かないって」
「はっはっは、そりゃそうだ。固有職だもんな俺たちゃ」
この世界の森からは森が溢れてくる。
360度取り囲まれている森の中の平野が人類の生活圏。
端から端まで馬車で1週間と掛からない狭い土地が人類の生きられる場所。
日々、溢れる魔物に怯えて暮らす人々。
知性のない魔物の襲来は散発的で、だけど防衛線は広すぎる。
故に昔の人は道を作った。
いち早く駆け付け、魔物の群れに対処するために生まれた防衛ラインが
王都を出て身を寄せた村でこの話を聞いた時、僕は思い出した。
外に出たかったことを、もっと広い場所に行きたかったことを、もっと遠い場所へ目掛けて飛んでいきたいとずっと思っていたことを。
そこから僕の人生が始まった。
外縁道の向こう辺境と呼ばれる土地へ行く。そんな目標が出来たから。
そして今、そこに踏み込んだ。
この世界でもっとも遠い場所に来たのだ。
「お、出迎えだ」
「出迎え? 魔物ですか?!」
「違う違う。ほらあそこだ。おーい!」
おっちゃんが声を飛ばした先の木の枝が揺れている。
揺れる木の葉の影を飛び渡って来る獣はかつての世界にいたある動物に似ていた。
「リス――?」
「イグレットぉっ!」
獣が両手足を広げて、多分おっちゃんの物と思われる名前を呼んで飛んでくる。
思ったより大きい身体はゴブリンと大差ない大きさ。
思ったほどの衝撃はなく、荷台にわずかな沈み込みを与えて着地。
おっちゃんの背に飛びつくと頭に飛び乗ってもう一度名前を呼んだ。
「イグレット! 久しぶりっす!」
「おう、ポリー。はは、前がみえねぇぞ」
おっちゃんに纏わり付くもふっとした尻尾をぴんと立てて前を明ける。
大きなリスのような動物――だけど言語を解し、服を着ていた。
「お客さん連れてるっすね。ウチはポリーっす!」
「初めまして僕はカイト」
顔には知性があり、動物にはないだろう前髪的な部分もある。
これはこの世界において獣人と呼ばれる種族の特徴。
それも純血の獣人。人の部分のほとんどない喋る動物と言っていい。
「あれ? 驚かねぇな?」
「王都でも見かけたことはありますから」
「あ、そうなの? 今は居るのか。最近寄ってねぇからなぁ」
「皆――森から離れちゃったっす」
「元気だせよ。ポリー。まだ村はあんだろ! ほら、見えて来た」
休息に沈む太陽の下、赤く染まった木々が急に開けた。
平野を通り道を超えた先の辺境の終点。
この世界の人間の住めるもっとも外れ。
最果ての村とも呼ばれる村の小さく簡素で、今にも崩れそうな門が見えて来た。
「あー忘れてたっす!」
「な、何?! どうしたの?」
「いってぇ耳元で怒鳴るなよ」
「駄目駄目駄目っす! イグレット駄目っすよ。グラール戻るっす!」
ポリーはおっちゃんの耳を引っ張り上げる。
とはいえ急に止まるわけもなく。
馬車は馬が村に頭を突っ込んだところで止まった。
「ううぅ、遅かった――っす」
ただ、馬車が止まったのは村に着いたからじゃない。
人が立っていたから。
「あれは――」
中には三人の影があった。
見たことはなかった。
聞いたことしかなかった。
それはこの世界で最強の種族。
いずれも夕暮れの赤より赤い浅黒い肌をして。
いずれも夕闇よりも暗く黒い目に光る赤い瞳をもち。
いずれも夕日を穿つ2本の角を備える。
「――魔族だ」
僕の心臓は大きく震えるように脈を打った。
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