第34話 アルケット・バール・サタナ①
これはまだバハラのボスとして君臨する前のアルケットのお話。
普通の家庭に育ち、嫁さんができて、子供を授かって本当に普通の人として生きていたころ、一回目の転機がアルケット・バール・サタナに訪れる。
それは天神流の師範、バグと出会ったこと。
彼からは才能があると、是非とも弟子にならないかと提案される。もちろん、最初は断るつもりだったが、妻がそして可愛い息子が笑顔で背中を押してくれた。
昔、妻にはこんな話をしたことがある。それは剣士になりたい、なんて子供が抱く淡い夢。それを覚えていたのか、妻は笑う。
そしてかわいい息子も”かっこいい”と言ってくれた。
幸いにも家庭的に余裕があった俺は天神流の師範、バグの弟子となり妻と可愛い息子に立派な姿を見せてやりたいと思った。
こうして、アルケット・バール・サタナは天神流の師範、バグの弟子になった。
弟子になって1年、才能があったのか闘気を覚醒させた。
それに師範は驚き、お前なら天神流の師範になれると言ってくれた。
だが、それからさらに1年、現実はそう甘くなったかった。天神流は三大剣術の一つに数えられ、弟子になることすら難しく、その分、一つ一つの技は強力だ。
しかし、ふと思うのがどうして天神流が三大剣術と呼ばれるのかだ。
その理由は単純だった。天神流は昔、魔王と戦った際に活躍した剣士が使っていた剣術だったから。そんな剣士は天神流に制約をつけることでより強力な技へと昇華させた。
その制約こそ、悪のために天神流を振るってはいけない、という絶対ルール。これを破れば、自らの技で身を亡ぼす。
聞くだけならば簡単なルールだ。だが、悪という曖昧な表現が俺を苦しめたんだ。
「師範、俺にはわかりません。何をもって悪というのかが」
「そうか…………なら、お前にとっての正義とはなんだ?」
「家族を、大切なものを守ることです」
「ならその逆を悪ととらえるのだ。家族を、大切なものを奪う者、それこそがアルケットにとっての悪そのものだ」
「わかりました」
たしかに、それは悪だ。間違いない。
だけど、ピンとこなかった。だってそれはすべて主観の考え方で、もし相手が何かしらの理由で行っていて、それが正当な理由だったとしたら、それは果たして本当に悪なのだろうかと。
その考えを持っていた俺は闘気を覚醒させた後、停滞した。
そんなある日のこと、天神流の師範、バグの弟子になってから3年が過ぎ、久しぶりに家族のもとへと帰ることが許された。
「久しぶりに家族に会ってやれ。今の姿を見れば、きっと喜ぶだろう」
「はいっ!!」
師範の言葉に深く感謝し、俺は家族のもとへと向かった。
そこでアルケット・バール・サタナの2回目の転機が訪れる。
久しぶりに家族がいる首都に帰ると。
「なんだこれは…………」
そこは戦場の嵐となっていた。
戦火の渦に巻かれる首都、たくさんの悲鳴と助けを呼ぶ声、そして勇敢に立ち向かう騎士たちの叫び。
状況を理解するのに数秒かかったが、その後にすぐに家族の顔が思い浮かび、戦場へと足を踏み入れた。
走る、走る、走る、走り抜ける。
邪魔なものは全身切り殺し、家族が待つ家へと向かう。
妻は、息子は無事なのか?いや、無事でいてくれ!頼むっ!!
「なんだこいつ!」
「殺せ!殺すんだ!!」
「くそ!早すぎるっ!!」
邪魔だ、邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だっ!!
俺は無我夢中で剣をふるう。
そして、家の前に到着した。3年前の光景とは待った違う。殺風景だ。
「妻は、息子はどこだ!」
家の扉をこじ開けて、中に入ると荒らされた跡だけ残っていて何も残っていなかった。
「いない?いったいどこに!!」
こまなく探すも誰もおらず、もしかしたら、逃げたのかもと思った。
だが外を見ると騎士らしき人たちが集まっている。
あの紋様はパルドラ帝国の!?
「ありえない。だって同盟を結んでいたはずだ…………」
現状を見るにはすでに首都は陥落している。
絶望するにはまだ早い。だってもしかしたら一足先に逃げているかもしれない。
とりあえず、ここにいる敵は全員殺さないと。
俺は妻と息子を探しながら敵を殺しつくした。
天神流と今まで培った剣の技術はこの時初めて役にたった。だけど、俺は敵の騎士の表情を見て思った。
どうして、そんな顔をする?そんな顔をするならなぜ、こんなことをした?
俺の悪い癖だ。どうしても敵の気持ちを考えてしまう。
俺を見て怖がる奴、殺されると思って命乞いをする奴。
理解できない。理解できるはずがない。
「頼む、助けてくれ!俺たちだってこんなことをしたくて」
「…………わかってるよ。でもこの怒りが抑えられないんだ。だから、死ね」
気づけば、首都にいる敵は撤退していた。
「結局、見つからなかったか」
首都の陥落は国の滅びを意味する。
王族が生き残っていたとしても、再建するのはほぼ不可能だろう。
「無事でいてくれ、頼む」
俺はもう無事を祈ることしかできなかった。
その時だった。
「あ、あんた、まさかアルケット?」
「まさか、お隣のマリーダさん!?」
声をかけてきたのは近所のお姉さん、マリーダだった。身なりは甲冑を着ており、俺が住んでいた王国、クリスタリア王国の騎士の文様が甲冑に刻まれていた。
「妻は、息子は無事なのか!!」
俺はすぐに聞きたいことを口にした。
すると、マリーダさんは気まずそうに目線を斜め下に下げて。
「ついてきて」
俺はマリーダさんについていくと。
「私もついさっき発見したんだ」
「そんな…………」
俺が目にしたのは、息子を守るように背を向けている妻だった。
触れれば、冷たく息子も目に光がない。
「この首都で一体何があったんだ」
「…………話せば長くなるぞ」
どうしてクリスタリア王国の首都がパルドラ帝国の軍勢に攻められることになったのか。その理由をマリーダさんは知る限りのことを話してくれた。
どうやら、クリスタリア王国は俺が離れた後、物価が急上昇したとのこと。その結果、民たちは少しずつ国を離れていく事態になった。
そこでクリスタリア王国はパルドラ帝国の支援を受けることにした。そこまではよかったのだが、そこでクリスタリア王国の国王だった男はあることをしでかした。
それはもう一つの国、プルッセラ王国と密約をしていたこと。
それがパルドラ帝国にばれて、現在の状況に発展した。
「そうか、つまりお前たちがしでかした結果ってことだな」
「私もまさか陛下が密約をしているとは」
「…………はぁ、少し一人にさせてくれ」
その後、クリスタリア王国は滅んだとパルドラ帝国は陛下の首を晒して発表した。
それから俺は師範に弟子から降りることを告げて、放浪の旅へと出る。
目的もない旅、どうして天神流を学んでいたのか分からなくなった俺はある時、プルッセラ王国へと足を踏み入れた。
そこは豊かな国だったが、同時に陰に潜む民たちもこの目で見た。
瘦せこけた子供たち、職を失い食べ物に困った大人たち、豊か国ではあるが、決して全員が幸せになれるとは限らない。
俺はそんな人たちに銀貨を数枚配りながら、しばらくプルッセラ王国に滞在した。
同じように銀貨を数枚配っているとある一人の男に出会った。
「お前か?何の得もないのに金をばらまいているバカは」
「誰だお前は?」
「俺か?俺はなぁ、しがない老人だ」
この出会いが俺を悪の道へと進ませたことを今でもはっきりと覚えている。
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