第33話 アルケットの親心?

 ああ、ここまでうまくいくと笑ってしまうな。


 一か八かの賭け、できる限り剣術で勝負を仕掛け、俺に対するあることへの注意をそらし、接近されても大丈夫だろうと思わせる。


 そして、相手は不覚にも近づけてはいけない相手に間合いを詰めさせてしまう。


 アルケット、俺はずっとこうして、目と鼻先まで近づける瞬間を待っていたんだ。



「これで終わりだ」



 パッと。


 剣を離した。その行動にアルケットは一瞬、目線が剣に吸い寄せられ、驚きとともに思考が混濁した。


 その時間、わずか0.5秒だが。


 俺にとっては無詠唱で魔法を起動させるには十分な時間だ。


 この距離なら絶対に外さない。


 残りの全魔力を右手に集め、即座にアルケットに向けて放つ。


 重力魔法グラビティー・ホール。



「うぅ!?」



 アルケットの真上から上から重力がのしかかり、膝と両手をついた。



「ま、魔法だと?」



 アルケットは驚きの表情を浮かべるが、無理もない。


 なぜなら、俺が今までアルケットに魔法を見せたことがないからだ。


 意図的に魔法をほぼ使わずに戦ってきたが、それがまさに功をなした不意の一撃。


 このチャンス、絶対に逃さない!!


 俺は足元に転がった剣を拾い上げた。



「うぅ…………さすが俺の魔法、なかなかだな」



 重力魔法グラビティー・ホールは一定範囲内の重力を上げる魔法。問題は範囲内が決められており、下手すると巻き込まれること。


 おっも!?


 自分の魔法をこうして食らうのは初めてだが、立っているだけでも相当つらい。


 けど、それを闘気でカバーして、重力魔法で耐える。



「これでおしまいだ、アルケット」



 この状態なら一振りぐらいは振るえるだろう。


 アルケットの体はすでに限界のはずだし、重力魔法グラビティー・ホールでしばらくは動けないはずだ。



「…………どうした?とどめを刺さないのか?」


「目的はバハラのボスを捕らえることだからな。そのまま気絶してろ」



 本来のストーリー、原作だとアルケットはクララの手で殺される。


 だが、もう原作通りに進んでいない以上、殺す必要もない。


 はずだ。



「ふぅん」


「おいおい、マジかよ」



 重力魔法グラビティー・ホールで足を上げることすら骨がきしむほど痛いはずだ。


 なのに、立った?化け物かよ…………。



「絶望的な状況だが、それを乗り越えてこそ、俺の野望はまた一歩を踏み出すんだ」


「お前は本当に野望が叶うと思ってるのか?」



 アルケットがここまでするのはすべて野望のためだ。だが、人として妄言にも近い野望のためにここまでできるだろうか。


 いや、並の人間なら無理だ。俺だって不可能に近いことをやり遂げようとここまでの覚悟をもってできないわけだし。


 アルケットが抱く野望に対する執念は異常だ。

 


「あはははっ!おかしなことを聞くんじゃねぇよ。叶う叶わないじゃない、成すんだよ」


「…………そうか、ならここで終わらせてやる」



 アルケットがかっこいいと初めて思った。


 その生きざま、考え方、今思い返せば、やり方は違えど、お前はただ野望に向かって突き進んでいたんだな。


 でもそれは俺も同じことだ。


 立ち上がってから何もしない。きっと立っているだけで限界なのだろう。


 俺はゆっくりと剣を振り上げた。



「これで最後だ!!」



 全身全霊の一振りをアルケットに向かって振り下ろした。


 その時だった。


 ガキっ!と鳴り響くはずのない金属音が鳴り響いた。



「…………ボスは私が守る」


「どうしてクララが」



 重力魔法グラビティー・ホールの範囲内に自ら踏み入り、アルケットに向けられた一撃を短剣で防いだのは、もう立ち上がることはないと思っていたバハラの最強暗殺者クララだった。


 噓だろ!?


 クララがアルケットを守ったことに驚いた。


 しかも、重力魔法グラビティー・ホールの範囲内にいるはずなのに、俺の一撃を難なくと防いだことにも驚かざるえない。



「何してんだ!クララ!!さっさとどけ!!」


「いやだっ!!」



 クララが感情激しく叫んだ。



「私はお父さんを守る!!」



 重なり合った剣がはじかれ、素早く足蹴りを腹に決める。


 くぅ!?重力魔法の範囲内にいるはずなのに、速い!?


 俺は簡単に後方に吹き飛ばされ、重力魔法グラビティー・ホールは解除された。



「お前、余計なことをしやがって!これじゃあ!!んっ!?」



 クララは踵を返し、アルケットの腹に顔を埋めた。



「な、何をして」


「お父さん…………私を捨てないで」


「…………」



 それはとてもバハラの暗殺者クララとは思えないほどの少女の声だった。



「どけっ!!」



 クララを力強く払いのけた。



「負けたお前は必要ない。さっさと俺の前から消えろっ!!…………消えてくれ」


「もう立っているだけで限界なあなたはもう負けています」


「アルミナ・プルッセラ、俺が限界?この程度の数、俺一人で!うぅ!?」



 体を少し動かすだけでしわを寄せるアルケット。それを見るだけでもう限界であることはだれが見てもわかる。



「惨めだな。なぁ、最後はお前の手で終わらせてくれないか?」


「無理です。あなたはたくさんの罪を犯した。その罪はしっかりと償ってもらいます」


「くぅ…………だよな」


「アルケット、あなたに一つ、質問があります」


「質問だと?この状況で?」


「この状況だからこそです。バハラのメンバーには必ず紋様が刻まれています。ですが、どうしてこの子には刻まれていなのですか?」



 その質問にアルケットは目を見開いた。



「な、なんでそんなことを聞くんだ?」


「ただ単純な疑問です」


「気まぐれだよ。当初は体制も整ってなかったからな」



 サッと答えるアルケット。


 そんな中、一人だけそれが噓であると直感的に感じ取った。


 今、噓をついた?


 クラウンはなぜか、彼の言葉が噓だと思った。


 あれ?どうして、噓だって思ったんだ?何の根拠もないのに。でも、噓だ。絶対に噓だ。


 その確信は不確かなものだが、それでも断言できる。


 まさか、これは精霊眼?でも、俺はエルフじゃないし…………あっ。


 その時思いだしたのはティカのある言葉。





 まさか、精霊眼のことだったのか?いや、今考えることじゃないが、もしそうなら、アルケットの言葉は噓で間違いない。


 クララに紋様を刻まなかった理由は別にあるとするなら…………。


 そういえば、クララはお父さんって言ってたな。まあ、アルケットが拾ったんだから、そう思うのは無理はないが、でもそれだけが理由なのか?


 もしかしたら…………。


 この考えは俺がイメージするアルケットとはかけな離れたものだ。でも、それが理由なら、まだ納得ができる。



「はぁ…………か」


「んっ!?」



 そのたった一言にアルケットはビクッと動いた。


 そうだ。もし、紋様を刻まなかったことに理由があるとすれば、それは単純な親心。


 にわかに信じがたいが、それならまだ納得はできる。


 なにせ、バハラの紋様を刻まれたが最後、一生背負って生きていかないといけない。そんな重荷を子供に待たせるなんて普通出来るか?


 特に自分の子供だと思っていたのなら、なおさらだ。



「お、お父さん?」


「…………くぅ、そんなわけねぇだろ。こいつを拾ったのはあくまで使えると思ったからだ。それ以外に理由なんてねぇ。刻まなかったのも本当に気まぐれなんだ」

 


 動揺が隠せない。


 それはアルミナにとって肯定を意味している。



「後の話は牢獄で聞きます。少しの間、眠っていてください」



 世の中、うまくいかないことはたくさんある。それは俺、アルケット・バール・サタナも知っている。


 すべて理不尽で、不意にすべてを奪っていく。


 悪いことをすれば、必ず報いを受けることになる。


 俺はそれを知っていながら、それでも自分の心の中にある衝動を止められなかったのだ。


 

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