第25話 バハラのボス、アルケットの勘
アルミナと二人っきりになった夜。
何とも言えない空気が漂っていた。
これはいったい、どういう状況なんだ。というか、どうして二人っきり?
「………クラウンくん、今回の戦い、どれぐらいの勝率があると思いますか?」
「勝率?」
「正直、私は五分五分、いえそれより低いと思っています。バハラのリーダーは事前に調べていますが、最低でもB級冒険者レベルの実力、下手をすればA級冒険者に迫る実力があります」
「つまり、俺だと力不足だと?」
「…………」
たしかに、バハラのボスはケインが最初にぶち当たるボスだ。
力の指標である冒険者ランクを例えて考えると、たしかにそれぐらいの実力はあるかもな。
まあ、正直実力に関しては俺も把握できていないが。
「アルミナ、お前はこの戦いの勝利条件は何だと思う?」
「それはもちろん、バハラのリーダーを捕らえるか、あるいは殺すことです」
「それは違うな」
「え?」
「ようはバハラが機能しなくなればいいんだ。バハラのリーダーだって仲間がいなきゃ、ただ一人の人間に過ぎない」
「どういうことですか?」
アルミナは本当にわからなさそうに首を傾げた。
「アルミナはさぁ、バハラがここまで大きくなった要因は言った何なのか、調べたことがあるか?」
「要因ですか…………」
俺の記憶だと、バハラのボスはあくまで部下を支配し、指揮ることしかしていない。そして、バハラの実績は部下で作り出しており、その要はほかでもないクララだ。
つまり、クララがいなければ、バハラはほぼ機能しなくなるかも。
そもそもバハラのリーダーが戦う描写は原作通りならばケインと戦う時だけ。
実際、どうなのかは会ってみるまで分からない。
「たしかに、バハラのリーダーが動いた形跡は私の調べでは一切ありません」
「案外、そのバハラのリーダーってやつは大したことないのかもな」
「ということは実力のあるものは別にいると?」
「それこそ、アルミナを誘拐した輩とかな」
「…………すごい。そこまで考えていたんですか?」
「確信はないし、証拠もない。ただそう思っただけだ。
でも、アルミナの考えも全然あり得る。
ただ表舞台に出ていないだけで、バハラのリーダーがものすごい可能性だってあるし。ただ、俺が言いたいのは一つだけ。
暗いことなんて考えず、明るい未来を考えようぜって話だ。それで話はこれで終わりか?」
俺の中の勝利条件はクララを仲間にすることだ。それができれば、バハラのリーダーに勝てる。
だってクララがこっち側につけば、間違いなく勝てるわけだし。
問題は現状、原作通りに進んでいないということなんだけどな。
まあ、戦いながらケインのセリフを挟んでいけば、クララも落ちるだろ。一応、くぎは刺しておいたし。
「はい、これで終わりです」
「…………いいか、アルミナ様。あんたは王女様なんだ、堂々としていろ。じゃないと王様になんて夢のまた夢だ。じゃあ、また夜に集合場所で」
俺は背を向けながら手を振り、素早く部屋を後にした。
「…………え、なんでクラウンくんがそれを」
宿の外に出るとグルタ騎士が立っていた。
「話は終わったのですか?」
「大した話じゃなかったから、安心しろ。じゃあな」
「待ってください、クラウン様」
「うん?」
今、俺の名前を呼んだか?
足を止める俺はゆっくりと振り向いた。
「アルミナ様の我儘に付き合ってくださりありがとうございます。この任務が終わりましたら、必ず、お礼をいたしますので、どうか、最後まで…………」
頭を深く下げるグルタ。
それはもうきれいな90度だった。
「…………あ、ああ」
正直、反応に困ったが、とりあえず、返事することなく立ち去ったのだった。
黙って去れば、まぁかっこいいだろ、多分。
■□■
バハラの本拠地。
「これはどういうことだ、クララ」
「ごめんなさい、ボス」
助手だったバッツはすでにクララの隣で虫の息になっている中、クララは絶望めいた表情を浮かべながら頭を伏せていた。
「失敗するどころか、見られた相手すら殺せず…………俺はお前をそんな風に育てた覚えはないぞ?なぁっ!!」
バハラのボス、アルケットは酒瓶をクララに投げつけるが、それは直撃せず、真横でパリンっと鳴り響いた。
「うぅ…………」
「このままじゃあ、バハラの名に傷がついちまうじゃねぇか」
「ボス、クララにも制裁を加えますか?」
「相手は王女様だ。きっと何か仕掛けてくるかもな。例えば、ここを突き止めて潰しにくるとかな」
「ボス…………」
「クララ、最後のチャンスだ。次こそ、捕獲対象、アルミナを捕らえろ。ついでにお前を追い込んだ男、クラウンも殺せ。それができたら、不問にしてやる」
アルケットはそう言い残して、部屋に戻った。
「次こそ必ず…………」
部屋に戻ったアルケットは椅子に座り、優雅にワインをグラスに注ぐ。
「思ったより追い詰めてくれるじゃねぇか」
正直、ここまで追い込まれるとは思わなかった。
なによりクララがここまで失敗することも想定外だ。
「ボス、少しいいですか?」
「なんだ?俺の部屋に入っていい許可は出してないぞ?」
「クララのことです。どうして、制裁を加えないのですか?あいつは任務を二度も失敗したはずです。ここは…………」
バハラの副ボス、コーラは問いかけるが。
「お前も知ってるだろ。俺たちバハラにとってクララの存在は大きい。なにせ、俺の娘だからな」
「ですが、最近、バハラのメンバーから不満の声が上がっています。その理由がお分かりですか?クララだけが特別扱いされているからです」
「じゃあ、逆に聞くが、クララなしでこのバハラが機能すると思うか?」
「創立当初とはもう環境もメンバーの数も違います」
バハラの創立当初はアルケットをボスに、コーラとクララ、そして今はもういないメンバー3人だけの組織だった。
だが今は違う。バハラのメンバーは総勢500人を超え、着実に成果を出している。
もうクララに依存した組織ではないのだとコーラは考えていた。
「コーラ、お前はよう。少しは考えてものを言えよ」
「んっ!?」
「俺の勘だが、今日の夜、ここを攻められるはずだ。
そん時にクララがいなきゃ、まず勝ち目はない。
相手も王女様だ。きっと、騎士をつれて攻めてくる。
いくらバハラのメンバーが多かろうと騎士の精鋭相手じゃ、雑魚が群がっても勝てやしない。
それぐらい考えればわかるだろ?
それにクララが二度も失敗させるほどの実力がある相手もいる。
だっていうのにどうやってクララ抜きで勝つ気だ?
まあ、少数なら俺一人も何とかなるがな。今回は話がちげぇんだぞ」
「…………」
「そんなにクララが気に食わねぇなら、勝手に動け。俺はバハラのボスとしてのけじめはつけるつもりだからよ」
クララがどれだけバハラに必要な存在なのか、それはアルケットがよくわかっていた。
幼いクララを拾い、暗殺者として師匠をつけさせ、育て上げた。
その実力はバハラのメンバー全員の命よりも価値があるものだ。
「アルミナ・プルッセラ、相手にとって不足なしだ」
「アルケットは昔から変わらないな。昔から自分勝手だ。口癖の野望だって俺たちに何一つ教えてくれない」
「それが俺だからな」
アルケットの口癖である野望を今まで一度もバハラのメンバーに伝えたことは一度もない。
それに対して特にこれと言って不満を持つ者はいないが創設当初からいたコーラからすると少しだけ不満はあった。
だが、その不満を踏まえても信じていいと思えるほどにアルケットのことを信頼してもいる。
一緒にバハラを大きくするとき、常に隣でアルケットが成し遂げる姿を見てきたからだ。
だからこそ、コーラは不満があろうと。
「…………アルケットの指示には従う。でも負けるつもりもない。やるからには」
「勝つ、だろ?」
「ああ」
アルケットの勘はよく当たる。
つまり、きっとアルミナたちはどうにかしてここを突き止め、攻め込んでくるだろう。
そのためにもできるだけ多くのメンバーを収集する必要がある。
それにアルケットは”騎士相手じゃ、雑魚が群がっても勝てない”と考えているようだが、俺は違う。
弱い者だからこそ、群がることで強者に勝てるんだ。
「できる限りバハラのメンバーを集めます。言い分は?」
「ないな」
こうして、バハラは来るかどうかもわからない敵に備えて、準備を始めるのだった。
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