第22話 鍛錬後、そしてクララと対面
プルッセラ王国の王都プリスタリア内では最近、ある組織が不穏な動きを見せていた。
その事例を挙げるならば、地下水路の件が分かりやすい。
チュルリの大量発生。その原因は生息しているはずのないハガネという魔物のせいで、それを持ち込み、操っていたのは。
ある組織に所属する魔物使いだったという事実だった。
「アルミナ様、捕らえた魔物使いの件ですが、数日前、何者かによって殺されました」
「そうですか」
そう、不穏な動きを見せていたのはほかでもない、バハラのこと。
何を目的としているかはいまだ調査中だけれども、確実に王都プリスタリア内で何かしらを企んでいるのは確か。
「バハラ、ちょくちょく耳には届いていましたが………もうしばらく、調査を続けてください」
「わかりました」
バハラの目的は未だ不明瞭だけど、地下水路の件と他の活動を基に考えるのなら。
王都プリスタリアを大混乱に陥れる。
これが最も考えられる動機。
だけど。
「バハラの今までの活動を見ても、殆どが暗殺、もしくは誘拐。なのに、どうしてこの時期にこんな大胆な動きを?…………わからない」
バハラの不自然な動きと不明瞭な目的。
情報が少なすぎるがあまり、胸騒ぎがするアルミナはふと窓の外を覗く。
「綺麗な星空」
宿の窓から見える夜空には星々が光り輝いていた。
「…………こんなところで諦めてはダメ」
アルミナは引き続き、バハラの調査に力を注いだ。
だがこの時のアルミナはまだ知らない。まさか、自分自身がバハラ最強の暗殺者クララに狙われていることを。
■□■
時は過ぎる。
残りの2週間を剣術と魔法の鍛錬に時間を使い、ただひたすらにイベントが訪れる日を待った。
そして、ついにその時は来た。
「ふふふっ。あははははははっ!」
クララの手によってアルミナが誘拐される日。
この事件をきっかけに騎士団は動き出し、冒険者ギルドに依頼を届ける。そして、ケインがたまたま訪れ、物語が動き始める。
だが、俺がそんなことはさせない!!
俺がアルミナを助け出し!
クララを仲間に加えて!
この俺が主人公になるっ!!
ケインは勇者と知られることなく、そのまま幕を閉じ、俺の物語が始まるわけだ。
「この時をどれほど待ったか。あとは俺次第。失敗は許されない…………大丈夫だよな?」
この緊張感。社畜時代のプレゼン発表の時を思い出す。
ここで失敗すれば、次のターニングポイントまで待てばいいのだが、そうするとクララのことはあきらめないといけなくなる。
それでは俺の夢である酒池肉林メンバーが一人減ることになってしまうことに。
酒池肉林は複数の可愛い美少女がいて、初めて成り立つ。
メンバーが一人かけるだけでも痛手だ。
「たしか、アルミナがクララに誘拐されるのは夜0時ごろだったな。とりあえず、一回、ティカの宿に戻って生存報告して、それから準備だな」
宿に戻っていないこともあり、俺はティカの宿へと向かった。
久しぶりのプルッセラ王国の王都プリスタリアの中へ。
街並みは特に変わりはない。だが、一つだけ違和感に気づく。
それは冒険者たちが次々と王都プリスタリアを出ていく様子だった。
「いくらなんでも多くないか?」
集団で出ていく様子に違和感を覚えながらも、俺はティカの宿屋に到着する。
ガチャっと扉を開けると、いつも通りティカは座って本を読んでいた。
「うん?あ、久しぶり、クラウン」
「いや~本当に久しぶりだな」
「どこに行っていたのか知らないけど、着替えたほういい、汚いし、臭い」
「これでもちゃんと洗ってるんだけどな。それより、ここに来る途中にたくさんの冒険者が王都プリスタリアから出ていくのを見たんだが、なにか知らないか?」
そう聞くとティカは目を見開いた。
なんか、変なこと聞いたか?
「…………冒険者ギルドに行ってみれば?」
「答えは教えてくれないんだな」
仕方ないな、と溜息を吐きながらティカはしゃべりだした。
「…………ちょうど、1週間ぐらい前に大掛かりな依頼が冒険者ギルドの依頼掲示板に張り出されたの。その依頼っていうのがアダルマイト討伐」
「あ、アダルマイト!?」
アダルマイトってプリスタリアの北にある森の魔物じゃないか。
でもアダルマイトはすごく危険な魔物で最低でもA級冒険者が10人ぐらい必要なはず。
冒険者たちが群がるような依頼ではないと思うんだが。
どういうことだ?
「クラウンの疑問は簡単に答えられる」
「まだ何も言ってないんだが」
「この依頼を出したのがプルッセラ王国の第一王子、ガラム・プルッセラで、しかも王子が同行することにもなっている。そういうわけがあってS級冒険者が二人、派遣されることも決まっていて…………て、ここまで言えばわかるでしょ?」
「なるほどな…………たしかに、それなら群がる理由にも納得だな」
S級冒険者が二人もいれば、まずアダルマイトに負けることはない。それに加えて、たくさんの冒険者たちが立ち向かうんだ。
もう少し時期が早ければ、俺も参加したかもな。
でも、どうしてこの時期に第一王子のガラム・プルッセラが動くんだ?
「そんなに気になるのなら、今でも遅くはないし、冒険者ギルドに寄って依頼受けたら?報酬金も分配とはいえ最低でも金貨2枚は保証されているし」
金貨2枚か、それはかなりお得な依頼だな。S級冒険者がいるだけで負けないことは確定しているから、実質参加費をもらうようなもの。
だけど俺は…………。
「いや、確かに気になるし、美味しい依頼だと思うが、まあ俺は別にいいかな」
「そう…………今日、何か予定があるの?」
ティカってこんなにしゃべるっけ?
タンパクなイメージがあるんだが、でも会話はすごく弾んでいるような気がする。
俺は少しからかってやろうと。
「内緒だ」
カッコつけて言ってみると、ティカはダサっと言わんばかりの冷たい目を向けられた。
うぅ!さすがにその目を向けられると心臓が痛い。
とひっそりと左胸あたりを握りしめた。
「そんな目で見るなよ」
「意地悪なことを言うからです」
「意地悪はしてないぞ。ただちょっとからかってやろうかと思っただけだ」
「それを俗に言う意地悪というんです。それで?」
かなり気になっているみたいだ、珍しい。
でも、これを言っちゃうと原作ストーリーが変わりかねないし、ここは。
「うん?ああ、ちょっとな。まあ、言ってしまえば、俺の夢を叶えるためにちょっと戦場にな」
「…………噓は言っていませんね」
ティカはエルフで噓を見抜く魔眼、精霊眼を持っている。下手に噓をつけばすぐにバレる。
ならば、言葉を濁しながら本当のことを言えればいい。
実際に俺は噓を言っていないだろ?
つまり、そういうことだ。
「だったら、私があなたに一つ…………」
そう言ってティカは椅子の上に立ち、俺の頭を優しく撫でた。
な、なにこのご褒美は、と思っていたら体がポカポカと温かくなるのを感じた。
「これは……」
「秘密です」
表情が硬いティカが少しだけ口角を上げて、笑みを浮かべる。
それを見て俺は、悪魔の笑みだ、と思った。
「うわぁ、ひど」
「お返しなので」
「まあ、でもありがとな」
俺はティカがやったように軽く頭を撫でて、そのまま階段を上り、自分の部屋に戻ったのだった。
■□■
真っ暗な時間。
その時間は私が唯一、存在を許される時間帯。
この時間だけが私の心に安らぎを与えてくれる。
「私は影。私はボスの道具。ただ命令に従っていればいい」
クララはおまじないを唱えるように口にする。
呼吸を整え、ターゲットのいる宿の屋根上で徐々に体が闇に紛れていく。
その隣で待機しているバハラのメンバーであり、今回の任務の助手のバッツが。
「そろそろ時間だ、クララ」
「うん」
指示が出る。
それは依頼実行の合図。
クララはゆっくりと屋根上から落ちていき。
誘拐対象、アルミナ・プルッセラが泊まっている部屋を視界に捉えた。
その瞬間、大きな物音と共に窓を破って侵入した。
「んっ!?だ、だれですか!!」
アルミナは咄嗟に飛び起き、自前の剣に手をかけるが、それよりも早くクララがアルミナの首元に目に見えるか見えないか程度の針を突き刺した。
「あ、あなたはいった…………い」
バタッと倒れるアルミナ。
クララは腕と足を縛ると、バッツが同じ窓から姿を見せ、縛ったアルミナを背負わせた。
「もうすぐ、ここに騎士団が来る。その前に撤退するぞ」
「うん」
これで任務完了。あとはここから撤退し、一時的に隠し部屋で身を隠すだけ。
でも、なんだろう。無縄騒ぎがする。
そんな胸のざわざわを残したまま、その場から離れ、素早く裏道から南側の門の外へと脱出した。
「ふぅ、うまくいったな」
「…………」
「どうした、クララ?お前らしくないぞ」
「…………誰かいる」
「なに!?」
クララの視線の先、真っ暗な森の中からカサカサっとこちら側に近づいてくる音が聞こえてくる。
そして、暗闇の中からその姿を現した。
「どういうことだ。冒険者はほぼ全員、アダルマイト討伐に向かったはずだろ」
「……やあやあ、バハラのみなさん。ここに来ると思っていた。さぁ、素直にアルミナを返してもらおうか」
「あなたは…………あの時の」
クララは思い出した。
初めて失敗したときの記憶。その中にいた一人の冒険者の顔を。
たしか、その名前は。
「B級冒険者、クラウン・ディッチ」
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