第11話 走馬灯、そしてクラウン覚醒!

 マジかよ、これはやばいな。


 クララは原作でも最強の暗殺者の一人として知られる相手だぞ。


 しかも、この立地は完全にクララの有利。この闇の中にまぎれられたら、今の俺じゃあ、視認することさえ難しい。



「最後に言い残すことはありますか?」


「そうだな。特にないかなっ!!」



 俺は勢いよく一歩を踏み出し、クララに近づく。


 クララが闇にまぎれられたら勝ち目はない。


 ならば、まぎれられる前に拘束すればいいだけだ!!



「遅い」



 しかし、剣は空振り、クララは闇に紛れた。


 くそっ!やっぱり、何もかもクララが上か。


 本当なら、半年後に戦う予定だった相手。まだ敵うはずがないのは当然だ。


 でも、だからって諦めるわけにはいかない。


 せめて、トゥルが戻ってくるまでの間は。



「太刀筋はいいけど、その剣には闘気を感じない」


「まだ未熟だからな」



 闘気は剣術を扱う者がある程度の領域に到達した際に発現する魔力に似た力のこと。


 闘気を操れるかどうかで剣士としての実力も大きく変わり、身につけられるかどうかで、剣士としての人生が決まる。



「そう、それじゃあ、さようなら」



 後ろから殺気!?


 俺はとっさに後ろに振り返ったがそこには誰もいなかった。



「残念、正解は背後」


「しまっ!?」



 あ、死んだ。


 背後を取られた俺。


 今から振り返ろうにもその時にはクララに心臓を貫かれるだろうし、魔法で守ろうにも展開中に刺される。


 せっかく転生したのに。まだ美少女ハーレムを築いてないっていうのに、死ぬのかよ。


 くそがっ!!!



 スパンっ!!


 と剣圧が俺の背後を通り過ぎ、すぐさまクララは俺と距離をとった。



「な、なんだ今のは」


「無事だな、クラウン」


「トゥルさん!?」



 森の中から姿を見せたのはボコボコにされた華奢な服を着る男を引くづるS級冒険者、剣狼トゥル・パウンツァだった。



「あなたは剣狼トゥル・パウンツァ」


「誰かは知らないが、ここはお引き取り願おう」


「それは無理。バハラに関わる部外者は全員、殺す」


「そうか、なら私も本気で相手しよう」



 まさか、ここにバハラ最強の暗殺者クララと最強の冒険者トゥルの戦いが見れるなんて。


 運がいいの悪いのか。いや、助かっている時点で運はいいのか。


 とはいえ、この戦い。最悪、どちらかが死ぬ。



「こちらからいくぞ」



 神速のごとき速さでクララの背後をとるトゥルは闇に潜まれる前に剣がクララの首元をとらえた。


 俺とは違って紛れられる前に!?さすが、トゥルだな。


 しかし、その攻撃を柔らかく身軽な体でよける。



「早いだけ」


「そう見えるなら、小娘。お前の目は節穴だな」


「何を言って、うん?」



 その時、クララは気づく。頬から垂れる血を。



「いつの間に」


「次は外さない…………」



 あふれんばかりの殺気。


 だが俺は気づいた。それが殺気でないことに。


 クララの殺気とトゥルの殺気。少しだけ鋭さが違うと思ったけど、まさかこれは闘気?


 そうずっと感じていたトゥルの殺気。それは闘気だったのだ。



「私は失敗しない。私は…………負けないっ!!」


「クララが消えた?」



 クララは俺たちの目の前で姿を消した。


 それは闇に潜むとは違う。まるで、俺たちの認識からクララを取り除いたような感覚で、気持ち悪い。


 トゥルですら、見失ったのか?


 俺はすぐに周囲を警戒した。



「…………そこか!!」



 トゥルは迷わず、闘気を乗せた剣を振るうが。



「残念、外れ」


「…………んっ!?クラウン、後ろ!!」


「なぁ!?」



 突然、俺の背後に姿を現すクララ。


 警戒していたはずなのに、全く気付かなかった。


 いや、違う。クララは気づいたんだ。俺が無意識にトゥルを意識していたことに。


 だから、わざとトゥルに剣を振るわせて、俺の注意をトゥルに向かせたんだ。



「これで終わり」



 避けられない。


 トゥルもこの距離じゃあ、間に合わない。


 あ、これは本当の本当に終わった。


 全てがスローモーションに見え、鋭利な短剣が俺の心臓をとらえているのがよく見える。





 だが。


 ふと記憶がフラッシュバックして、転生前の記憶が蘇る。


 それは社畜人生だった記憶。ただがむしゃらに働いて、帰って寝るという人生を送った地獄の生活、その果てに過労死した無価値な人生。


 その記憶が俺の心を搔き立てる。




 まだ死にたくない。まだ俺はハーレムを酒池肉林しゅちにくりん三昧ざんまいの生活を送ってない!


 死ねない。こんなところで死ねるかっ!!




 これは一種の走馬灯だったのだろう。だが、その走馬灯がクラウン・アルドリヒの潜在能力を覚醒させた。



 決まったと確信するクララは鋭利な短剣を向けるが。


 バキンッ!


 と鋭利な短剣が砕け散る音が鳴り響く。



「俺はまだ死ねないんだよ」


「これはまさか、闘気か!?」



 トゥルは驚いた。


 なぜなら、闘気は剣術を極める過程においての一つの境地であり、それを習得するのは難しいからだ。


 しかし、クラウン・アルドリヒは走馬灯を経て、闘気を覚醒させたのだが、それだけではない。同時に闘気を全身に巡らせ身体を鉄よりも固く強固にしたのだ。


 その結果、鋭利な短剣はクラウンに触れたものの、いとも簡単に砕け散った。



「どけぇぇっ!!」



 俺は瞬時に闘気を身に着けたことに気づくが、まだ闘気の使い方を知らない。


 だから全力で、今の俺をすべてを剣に乗せて、クララに振るった。


 しかし、クララは間一髪ギリギリで、後方に下がり、渾身の一撃をよけるが。


 その一撃が生み出す剣圧は振りぬいた方向に荒々しい風を起こし、クララを吹き飛ばした。


 それは森の一部を切り飛ばすほどの威力だった。



「はぁ、はぁ、はぁ…………い」



 いてぇぇ!!ちょういてぇっ!!


 筋肉の繊維がちぎれたかのような痛みが全身を襲い、その場で倒れ込んだ。



「………うぅ。よくも」


「あきらめろ、小娘」



 トゥルは俺を守るように前に立ち、闘気を全身で放ちながら剣を構える。


 その闘圧はクララの足を一歩、引き下がらせた。



「私は失敗しない。絶対に…………うん?」



 ふとクララは空を見上げた。


 空には登り始めている太陽があった。



「時間切れみたい………」



 クララは少しだけ考えるそぶりを見せ。



「今日は見逃す。でも次あったら、今度こそ殺すから」



 そう言い残してクララは闇の中へと姿を消したのだった。

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