第9話 クララに遭遇、そして華奢な服を着る男

 クララ、それはバハラ最強の暗殺者。


 その実態は絶影と呼ばれるほどで、彼女が絶影であることを誰も知らない。


 なぜなら、彼女に狙われた全てのターゲットが密かに殺されているから。


 だから、バハラのメンバー以外、誰もクララという幼い少女を知らないのだ。


 一人の例外を除いて。



「まさか、こんなところで出くわすなんてな。いや、待てよ」



 クララがいるということはつまり、バハラのメンバーもいるんじゃないのか?いや、いないはずがない。


 でも、今、後ろをついていくのは危険すぎる。


 なら、あの魔法を使うか。



「ひどい酔いに襲われるからあまり使いたくないけど、こんなチャンス、絶対に見過ごせない」



 俺はクララを目でとらえた後、目を閉じて、五感を鋭く研ぎ澄ませ。


 …………感覚共有。



「俺たちの目的はこれで完了だ。クララはどうだ?」


「私は今日、ここを離れる。大きな仕事が控えてるから」


「そうか、なら俺たちもこの奪った冒険者カードを依頼主に運んだら、戻るってボスに伝えてくれ」


「わかった」



 今、聞いているのはクララが聞いている声だ。


 これぞ、人間の一部の感覚を共有できる感覚共有という魔法で、唯一欠点なのは徐々に気持ち悪くなり酔って吐くことぐらいだ。


 とはいえ、これは大当たりだな。



「私が言うのにもなんだけど、気をつけて。依頼を完遂する上で大切なのは油断しないことだから」


「その忠告、ありがとよ」


「うん」



 まだトゥル・パウンツァの存在をクララは認知していないようだ。


 まあ、でもそんなことはいい、それより依頼主だ。


 俺はクララと会話をしていた男を目でとらえ、同じように目を閉じて。


 今度はこの男に感覚共有を試みた。



「兄貴、報告があるんだけどよ。あのS級冒険者トゥル・パウンツァは今、この町周辺をうろうろしているみたいなんだ」


「なんだと!?それは本当なのか!」


「ああ、見かけたから間違いねぇ」


「まさか、ここに俺たちがいることを知って探し回ってるのか?」



 正解だ。


 そして、その会話は今、盗み聞きされている。



「ちっ、こんな時に、したかねぇ。少し早いが今日の夜に依頼主のもとへ行くぞ」


「いいんですかい?今日動いたら、見つかる可能性が」


「バカいえ!相手はあのS級冒険者、剣浪トゥル・パウンツァだぞ!遅かれ早かれ、依頼主の隠れ場所はバレる。

そうなったらバハラの利益はゼロ、大損害だ。

そんなことをボスに報告したら、俺たちの首が飛ぶだろうよ。

だったらここは、早めに切り上げて、利益を受け取るしかねぇ。わかったか?」


「な、なるほど!さすが兄貴!天才だ!!」


「ふん、照れるからやめてくれ。とにかく、今日の夜、東門に集合だ。いいな?」


「「「はい!兄貴!!」」」



 その会話の後、バハラのメンバーはバラバラになって解散した。



「うぅ…………き、気持ち悪い」



 感覚共有を終えると酒をがむしゃらに飲んだときぐらいの吐き気に襲われ、すぐに走って冒険者ギルドを出た。



「おぇぇ~~~」



 そして、冒険者ギルドの路地裏で盛大に吐いた。



「ふぅ、スッキリした。でもいい情報を手に入れたな。これならすぐに取り戻せそうだ。あとはトゥルに報告して、すぐに作戦会議だな」



■□■



 俺はすぐにトゥルにクララのことを除いた情報を共有し、宿に集まった。



「ここまで早く手に入れるなんて」


「運がよかっただけだ」



 少し引っかかるのはクララいたぐらいだが、会話の中でクララはタルタ町を出るみたいだし問題ないだろう。



「それじゃあ、早速、今日の夜動くわけだが、いっそのことその依頼主も潰そうと思う。異論は?」


「ない。だが、相手の数がわからない以上、慎重に動く必要がある。そこら辺のことは考えているのか?」


「考えてるわけないだろ。だって相手はたかがバハラの下っ端だぞ。

依頼主に関しては一切、情報はないが、まあS級冒険者のトゥルさんがいるんだし、大丈夫だろ」



 そう、俺一人なら冒険者カードを取り返して、さっさと撤退するが。


 今、俺の目の前にはS級冒険者のトゥル・パウンツァがいる。


 楽勝だろ。というか余裕だろう。どう見ても。


 

「油断は敗北を招くという言葉を知らないのか?」


「それは対等な敵に対してだろ?たかがバハラの下っ端、トゥルさんに勝てるわけがない!これは約束された勝利なんだ。というわけで、東門に行こう、相手がいつ集合するか、わからないからな」


「ふぅん、まぁいいか」



 というわけで、特に作戦というものはなく、夕方ごろにタルタ町の東門近くで俺たちは待機した。


 そして、日が沈み、外は真っ暗で宿の明かりなども消えたころ、4人組の男たちが東門前に姿を現した。



「あいつらは」


「知ってるのか?」


「ああ、前に話した1週間だけパーティーを組んだ奴らだ」


「ということはこれで確定だな。あいつらは持っているはずだ。俺たちの冒険者カードを」



 東門前でたむろしている男4人組、数分会話した後、門を通ってタルタ町の外へ。


 その様子を見ていた俺たちもその後ろを追いかけた。



「少しお早いようですね」



 到着した場所は森の奥にある洞窟で、その前には華奢な服を身にまとう男が立っていた。



「少し事情があってな。でもこれだけあれば、十分なはずだ」



 袋を渡すバハラの下っ端、その中身を確認すると華奢な服を着る男はニヤリと笑う。



「ええ、十分です」


「なら、お約束通り」


「報酬金ですね。では」



 横にある箱からパンパンな袋を取り出した。



「これが報酬金です。お受け取り下さい」



 サッとバハラの下っ端に手を渡した。



「…………ああ、約束通り、ちゃんとあるな」



 なるほど、これが金儲けの仕組か。


 どうして、冒険者カードを盗んで金儲けができるのか、わからなかったが、それを求めるお客さんがいたわけだ。


 しかも、あの男、見た目からして貴族っぽいな。



「トゥルさん、そろそろ行くぞ。俺はあのバハラの御一行を相手するから、トゥルさんはあの」


「一番強いやつだな」


「…………俺を恨まないでくれよな」


「何を言ってる。これは適材適所だろ」



 あの華奢な服を着る貴族のような男、見た目は大したことなさそうだが、ある程度、魔法を使える俺にはわかる。


 抑えられている魔力。それは膨大で隠しているつもりでもわずかに漏れ出ている。


 あの男は魔法使いだ。しかも、かなりの強者つわもの。今の俺の実力だと、勝てるかどうかは五分五分だ。


 きっと、トゥルもそれに気づいたのだろう。



「さすが、S級冒険者だな。それじゃあっ!!」



 そして俺たちは逃げ道をふさぐようにバハラのメンバーたちと華奢な服を着る男の前に立ったのだった。





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