第7話 S級冒険者トゥル・パウンツァの神速
S級冒険者が冒険者カードを奪われたなんて話は聞いたことがない。
だって、S級冒険者って普通に戦ったら勝てない相手だし、そんなことをしたらただじゃすまない。
…………一体、誰がS級冒険者のトゥル・パウンツァの冒険者カードを奪ったんだ。
普通に気になる。
「ははっ、私が悪いんだ」
トゥルは気が沈み、顔色が暗くなる。
「…………というか、奪われたら奪い返せばいいじゃないか。S級冒険者なんだし、それぐらいできるだろ?」
「私も最初はそう考えた。
でも足取りは一行につかめないし、冒険者カードがないから、依頼も受けられない、お金も稼げないし、預けているお金も
それに加え、宿すらもまとも取れない始末だ」
冒険者カードは冒険者にとって身分証明書であり、同時に冒険者にとって命と同じぐらい大事なものだ。
冒険者カードがなければ、依頼は受けられないし、冒険者ギルドに預けてあるお金も
冒険者カードはあらゆる特典がある分、なくせば大惨事というわけだ。
まぁ、俺も今、そういう状況になっているんだけどな。
「どうやって奪われたんだよ。S級冒険者から冒険者カードを奪うなんて至難の業だろうし」
「簡単に言うと、アティック村で酒を飲まされ、酔いつぶれたところをやられたんだ」
「…………はぃ?」
「ある程度、酒の耐性はあったと思ったんだが」
なんか、どっかで聞いたような話だ。
酒で酔いつぶれたところを狙われ、冒険者カードを奪われた。
まるで、自分のことをそのまま話しているような感覚だ。
「もしかして、その時って誰かと一緒だったか?」
「ああ、依頼を手伝ってほしいというんでな。1週間だけパーティーを組んだんだ。まあ、裏切られたけどな」
似ている。俺が冒険者カードを奪われた時とすごく似ている。
これは偶然か?
俺はこの作品のストーリーをすべて把握している。だが、それはあくまで主人公視点の話であってクラウン視点ではない。
もしかして…………。
一つだけ思い当たることがある。
暗殺者クララの仲間加入イベントの時、主人公ケインは裏組織バハラのボスを倒した後、クララが仲間になってそのイベントが終わる。
その時にちらっとこんな話が挟まれる。
それは裏組織バハラが冒険者カードを盗んで金儲けをしていたこと。
あの時は特に関係ないだろうとサラッと読んだけど、まさか俺とトゥルの身に起きたことって全部、組織バハラの一員の仕業か?
だとしたら…………そうか、そういうことか。これなら
「トゥルさん、俺、犯人の場所がわかったかもしれない」
「それは本当なのか!」
「実は俺も冒険者カードを奪われたんだ。しかもトゥルさんと同じように酔いつぶれたところをやられた。
これが偶然と言ってしまえば、そこまでだが、俺はこれが偶然だと思えない」
「何が言いたいんだ」
「こんな話を聞いたことがあるんだ。偽物の冒険者カードを生産して儲る話。きっと俺たちはこの事件に巻き込まれたんだ」
噓は言っていない。実際にこの事件は存在するからだ。
「待て、その話、私も聞いたことがある。たしか、最近、大きくなっているバハラって組織の仕業って情報を冒険者ギルドから…………まさか!?」
「そう、この事件はきっとバハラの一員が行ったことだ」
てか、バハラを知っているのかよ。なら話は早いな。
「だとしても、それが犯人の居場所がわかる理由にはならないはずだ」
そう、これだけでは犯人が分かっても居場所まではわからない。
だが、俺は聞き逃さなかった。
トゥルが口にした犯人の居場所を推測できる貴重な情報を。
「トゥルさんが冒険者カードを奪われたのってどこなのか、覚えてるか?」
「当たり前だ。冒険者カードを奪われるその日まで、拠点として置いていたからな。アティック村だ」
「俺はシズカ村。この二つの村が共通点は何だと思う?」
「共通点…………そうか!二つの村は互いに隣接している。ということは」
「そう、バハラの一員は村を点々として活動しているんだ。そして、もし、次を狙うなら」
「シズカ村の隣にある大きな町、タルタ町か」
タルタ町、シズカ村よりも少し大きな町だ。
「トゥルさん、もしよかったら、一緒に冒険者カードを取り戻さないか?あなたがいれば、心強い」
バハラの一員の設定では、確かある程度の実力を持つ剣士や魔法使いだったはずだ。
相手の人数によるが、数によっては今の俺の実力だと限界がある。
ならここはS級冒険者のトゥル・パウンツァと協力関係を結んだほうが効率的なはずだ。
「わかった。ただし、冒険者カードを取り返すまでの間だけだ」
「最初っからそのつもりだ。それじゃあ、早速、行こう、タルタ町に」
すでに俺が冒険者カードを奪われて3日が経っている以上、いつバハラの一員がタルタ町を出るかわからない。
まだ夜だけど、急げば魔物に出くわさずに到着できるはずだ。
「なら、私が背負っていこう」
「ああ、わかった…………え?」
「ここからタルタ町まで魔物に出くわさずに移動するのは無理だ。だけど、私がクラウンを背負って行けば、余裕で到着できる。私の足ならいける」
そうか、たしか獣人族の足は風のように早く動けるんだったな。
さらにS級冒険者となれば、そのスピードは俺の想像を超えるものだろう。
「わかった。トゥルさん、あなたを信じよう」
トゥルに背負われる俺はふと思った。
待てよ、だったら別にここにとどまる必要なかったんじゃ………。
脅し文句で使った魔物の活性化。
あれは無事に村、町まで到着できないと踏んで使ったんだが、今思えば、S級冒険者のトゥルなら可能だ。
「トゥルさんなら俺を置いて一人で町まで戻れたんじゃあ」
「…………走るのには腹が減るし、燃費も悪いんだ」
「あ~なるほど」
「それに冒険者カードがないと村、街に入るのに交通料がかかるから」
「そこは安心してくれ。俺が払うから」
金はまだ貯金していた分があるし、それに俺はお金を預けない主義なんだ。
「なら安心だ。それじゃあ、クラウン、振り回されないよう、しっかりつかまっていて」
「わかった」
トゥルはゆっくりと腰を低くさせ、両手を広げながら地面にやさしく触れた。
あ、これクラウチングスタートじゃん。
「ふぅ~っ!!」
走り出す瞬間、踏み出した足が地面を削り上げ、一瞬だけ音を置き去りにした。
その速度は目を開けられないほどで、自然と目を守ろうと目を閉じるが、それでも風を切り裂く音からその異常なスピードが想像できる。
これが獣人族のS級冒険者が持つスピード。いや、神速。
…………絶対に敵に回したらダメな相手だな。
「クラウン、目を開けろ」
トゥルの声が聞こえ、ゆっくりと目を開けると。
「うぅ…………お、お~~~本当に一瞬だったな」
目を開けると大きな門が目の前に立っていた。
そう、ここがタルタ町の入り口だ。
「それじゃあ、いくか」
「ああ」
こうして、俺とトゥルは大きな門へと足を向けて歩き出すのだった。
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