第5話 暗殺者クララの仲間加入イベントに向けた下準備

 目を開けると、ナーシャが心配そうにこちらを見つめていた。


 どうして、ナーシャが。



「あっ!やっとを目を覚ましたわね!まったく心配かけさせないでよね!ふんっ!」



 俺はゆっくりと体を起こし。


 …………もしかして、さっきまでナーシャに膝枕されてた?



「ナーシャ、ありがとう。君の膝枕は最高だった」


「な、何いってんのよ!このバカっ!」


「へぶしぇっ!」



 ストレートのパンチをもろに頬に受け、ぶっ飛ばされる。



「いくら俺が頑丈だからって本気で殴ることはないだろ」


「クラウンが悪いのよ!」



 相変わらず、我儘なお嬢様だ。


 もし、普通の貴族様なら間違いなく怒っていただろう。だが俺は寛容かんようなので許すとも。


 …………でもできれば、そのすぐに出る手を直してほしい。痛いです、普通に。



「仲がいいことだな」


「良いことではないか?私は嬉しいぞ。あの我儘で問題児だった娘がクラウンくんとここまで仲良く…………うぅ。

おかげで、娘はもうクラウンのことばっかりだぁ、あはははっ!」


「ち、父上!?」


「お父様!?」



 噴水広場に姿を見せたのはアルドリヒ公爵家の当主、バッハ・アルドリヒとマリーローズ公爵家の当主ジャズ・マリーローズだった。


 どうして、ここに父上とマリーローズ家の当主が。



「しかし、主役が離れた場所で無断に勝負とはな。次期当主としていい振る舞いとはいえんな」


「バッハは頭が固いな」


「ふん、ジャズが甘すぎるんだ」


「厳しすぎるのもどうかと思うがな。あ、でもバッハは言うて厳しくはないな。相当、息子を甘やかしているみたいだし」



 その会話に入り込むようにナーシャはジャズに近づき。



「お、お父様っ!ど、どうしてここに!!」


「ああ、わが愛しの娘よ!昨日も美しかったが、今日はもっと美しいな~」



 そんな娘が可愛いかったのか、親バカ全開にしながら両脇をつかみ、ナーシャを持ち上げ、抱きしめた。



「ちょっ、お父様!?や、やめて!クラウンが見てるからっ!!」


「恥ずかしがるところもまた可愛いなぁ~~」



 そんな中、俺は父上の近くまで近づき。



「父上、どうしてここに」


「そろそろ終わったころだと思ってな」



 どうやら、勝負していたことは二人にバレバレだったようだ。


 周りには気を遣ったし、人の気配もなかったはずだけど、でもこれは俺の不注意が招いた結果一体、どんな罰が来ても俺は受け入れよう。



「それより、そろそろ戻るぞ、クラウン」


「あ、はい!」



 罰はないのか?と疑問に思った。


 だって相手はバッハ・アルドリヒだぞ。



「それとだ。次期当主にどんな勝負ごとでも負けは許されない。そのことをしっかりと肝に銘じておけ」


「わかっています、次は負けません」


「それでこそ、アルドリヒ家を継ぐ者だ」



 父上が笑った?


 薄っすらと一瞬だったが、たしかに父上は笑った。


 これだけ見たら悪役貴族には全然見えないな。


 でもいずれ父上は魔王に忠誠を誓い、王国を内部から壊そうと画策する反逆者になる。


 結末を知っていると、少し複雑だな。


 話を終えるとお互い別々に会場に戻ることになったのだが。



「ちょっと、クラウン!待ちなさいよ!!」


「ん?なんだよ、ナーシャ」


「ま、またね」



 ムスッとした顔で腕を組むナーシャは耳が少しだけ赤かった。



「ああ、またな」



 こうして、誕生日パーティー会場に戻った俺たち。


 ジャズ・マリーローズの最後の言葉でパーティーの幕が閉じたのだった。



■□■



 誕生日パーティーが終わって、1週間が経ったある日のこと。


 俺は父上の仕事部屋に訪れていた。



「父上!」


「どうした、クラウン?」


「どうか、1年だけでもいいので、冒険者の経験を積ませてください!!」



 冒険者、それは冒険者ギルドから依頼を受け、住民のお手伝いから魔物狩り、ましては貴族の護衛など幅広い仕事を受けられる職業だ。



「冒険者か…………」



 父上は手の甲を顎に当てた。


 そして。



「いいだろう。ただし条件がある」


「条件ですか?」


「サンドリック学院に入学するまでの、約3年間。家に帰えらず、冒険者として生きろ」


「冒険者として………」


「そうだ。その間、アルドリヒ家を名乗ることも許さん。この条件が飲めないのなら、この話はなしだ」



 暗殺者クララの仲間加入イベントが始まるのは今から1年後の冬だ。


 だから、1年間だけ自由にうごければよかったんだけど、まさか、こんな条件を突きつけられるなんて。


 …………さいっこうじゃないか!!


 心の中でめっちゃ喜んだ。


 ただでさえ、家にいても常に執事、メイドが横にいて気が休まるのは剣術や魔法の鍛錬をしている時だけ。


 だというのに自由な時間が3年も与えられるなんて、やりたい放題じゃないか!!



「わかりました」


「覚悟は決まっているようだな。それで、いつ出発するんだ?」


「明日にでも、出発するつもりです」


「わかった」


「それでは、失礼します」



 父上の仕事部屋を出ると、俺は大きく飛び上がり、右手を天に掲げて喜んだ。



「よっしゃぁっ!!っておっと声を抑えないと。とはいえ、3年もあれば…………クックックッ、笑いが抑えられんな!あはははははっ!!さて、早く準備しなくてはな」



 俺は明日の準備に備え、武器や十分な食糧。そして1ヶ月暮らせる分だけの資金を父上に用意してもらった。


 そんなことをしていたら、一瞬で1日が過ぎ。


 ついに出発の時が来た。



「クラウン、私は言ったな。”次期当主にどんな勝負ごとでも負けは許されない”と」


「はい」


「しかし、この言葉には続きがある。

次期当主にどんな勝負ごとでも負けは許されない。

だが、負けるとは失敗するなということではない。

最後にクラウン、お前が笑っていれば、決して負けたわけではないのだ。

…………この言葉、しかと心に刻んでおけ」


「父上…………心に刻んでおきます!!」


「うん、ならば行ってこい。そして、3年後、私に立派な息子の姿を見せてくれ」


「はいっ!!」



 ポンっと父上は俺の頭をやさしくなでた。


 なんか、俺の知っているキャラと違うけど、まあ自由になれるならいいか。


 俺は荷物を持って振り返ると、見送る父上、そしていつもお世話してくれる執事メイドたちが手を振っていた。



「それじゃあ、いってきます」



 小さく手を振り返した後、踵を返して背を向けて歩き出した。


 こうして、俺は暗殺者クララの仲間加入イベントに向けて準備を始めるのだった。

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