第14話(最終話) 全てが終わって
ドラゴンとエルダー・ドラゴンの、おそらくは
その2体を討ち取ったことで、俺の所属するハインルリッツ家の領地を襲う脅威は去った。
だが俺とレシーナにとっては忙しいのはここからだった。
まず最初に起こったのは、俺とレシーナに対するハインルリッツ家当主である義理の父、そして領民達の強い歓迎だ。
龍殺し、ドラゴンスレイヤーなどとも言われるそれは、一般人からすれば歴史に名の残る大偉業として伝えられる、あたかも伝説の英雄のような扱いを受けるものなのである。
とはいえ流石に義父は知っていたが、この称号自体は護国魔法師や宮廷魔法使いなどその強さに相当する者はいつの時代もそれなりにいる。
むしろドラゴンの出現率がもう少し高ければ、ドラゴンスレイヤーと呼ばれるものはもっといただろう。
だが国威高揚として、そして国民の望む英雄を生み出す手段として、ドラゴンの討伐とそれに付随するドラゴンスレイヤーなどの肩書というのは非常に使い勝手が良い。
そのため、単純な言い方をするならば、俺もレシーナも国民的英雄としてまつり挙げられてしまったわけだ。
「疲れたね」
「ああ……疲れた」
となりでソファーにぐたぁっともたれかかっているレシーナの言葉に、俺は椅子の背に頭を預けて天井を見上げながら返す。
俺の一応の帰る場所であるハインルリッツ領での歓迎のパレードと内々での宴が終わった後は、数日に渡ってパーティーに参加させられた。
領地中の有力者や、商人、近隣領の貴族など様々な客が来ては、新しい畏友の誕生を祝うと同時に、乾坤相手の話などを出してはチラチラと様子を伺ってきた。
おおかた俺にあやかって何かしら利益にできないか、と考えたのだろう、
貴族の義理とは言え一族になるとこういうのが多くて困る。
それが終われば今度は王都でのパレードトこれまた王家の主催するパーティーに参加させられた。
しかも主催が王家、王様であるので、格式としてはハインルリッツ領で行われたものより上だ。
その分パーティーには相当な大物たちが大勢集まっていて、ここでひと騒動でも起こせば国家の弱体化は簡単に済んでしまうだろうと思うほどだ。
中でもレシーナの義父でもあるウルフェンベルク公爵を初めとした公爵家がほとんど揃っていたのには相当に驚いた。
単純な話、王様も含めて国の上から順に偉い人間を5人全員ここに集めているようなものだ。
元が庶民の人間には、流石に気が引ける場所であった。
とはいえ、俺は一度絶望の底まで沈んだ経験があるので、何かに気圧されてということはあまり無い。
まああのときよりはマシだろ、という思考が常に頭の中をめぐるのは、【画家】とかいう俺の夢と全く関係の無さそうな天職を与えられたことの利点だったと思っている。
そんな場所でも、レシーナは卒なく他の人達との会話をこなしつつ、俺のサポートもしてくれた。
俺が返答に困っているところではさり気なく割って入ったり、逆に俺でも答えられるような話題のときは俺に話を振ってくれて俺が会話に参加できるようにしてくれたり。
他にも細かい所作など、その洗練された振る舞いは彼女の子供の頃を知る俺から見ても、本当に美しい女性になったものだと思う。
それにしても本当に彼女の人との会話のさばき方は本当に巧みなものだった。
相手を快適に話させつつ、相手が不快に思わない程度の短さで会話を切り、他の人に移る。
そうすることで、俺たちに用があった多くの者たちに俺たちと会話できる機会を与え、後に不満が残らないように配慮していた。
昔から積極性は低い代わりに何をやってもうまくやる子供だったが、それは大人になっても変わらないらしい。
いやまあ彼女も俺が努力をしたようにお礼状に貴族としての立ち居振る舞いなども努力をしてきたのだろうが。
宮廷魔法使いや護国魔法師を庇護下にいれた貴族にとっては、その人物を貴族社会でも通用するように仕上げることもまた腕や家の大きさの見せ所であったりする。
そのへんを言うと、俺はレシーナを手にしたウルフェンベルク家に比べて、ハインルリッツ家に良いものを齎せたとは言い難い。
『お前はもう気にする必要はない』
と兄であるステファンに言われたのは少し疑問だったが、とにかく、俺はそうやってレシーナに助けられつつ、パーティーを乗り切った。
その後は俺は魔法学院に入学した直後の手続きや参加したい講義、研究の申請などで。
そしてレシーナもまた、いよいよ3年目に至り、今年こそは卒業して宮廷魔法使いになるのかと噂されている魔法学院での活動でともに忙しくし。
こうして顔を合わせたのは、実に1月近くぶりである。
ちなみに会っている場所は王都にあるレシーナの自由に出来る屋敷で、どこかで会えないかと連絡をしたのは俺だ。
レシーナの側にも何かしら俺に用事があったらしく、互いに用もあってちょうど良いので、、レシーナの屋敷でお茶会をすることになったのだ。
お茶会とかいう柄では無いが、貴族の男性と女性が会うというのはそういう名目でもなければできないことなのである。
「あー……」
「んふっ、マリウスすごい疲れた声してる」
「うっせ」
口を開いてなんとか声を発そうとした俺は、途中で怖気づいてそれを疲れから来るうめき声であるように装う。
そして室内に沈黙だけが残る。
これはもう今日だけで何度も繰り返したやり取りだ。
本当にしたかった話を、口に出すことが出来ない。
否、どう切り出して良いのか、そもそも何を話したいのかも判然としていない。
ただなんとなく、兄からその話を聞いたとき、『ああ、レシーナに会いたいな』と思っただけなのだ。
俺がそんなふうに悶々としていると、レシーナが先に口を開いた。
「あのさ、マリウス」
「……急にかしこまって、どうしたんだ?」
その硬い声音にどこか嫌なものを感じ、俺は返答をわずかに遅らせた。
ほんの数秒、レシーナの言葉を遅らせるだけだが、それでもすがりたい程度には嫌な感じがした。
「私、婚約が決まったの」
そしてそれは、まさに俺が想像していた通り最も聞きたくなかった言葉で。
そして同時に、最も安心する言葉でもあった。
自然と、『ああ、もうこの胸の苦しみと戦わなくて良いのか』という思いが浮かぶ。
そしてそれに合わせて、俺はずっと胸のうちに詰まっていた言葉を吐き出すことが出来た。
「……俺も、婚約が決まったらしい。まだ相手も聞かされてないけどな」
「……ふふっ、そっか。マリウスもなんだ。良かったね、お互いに。良い縁があって」
レシーナのその言葉も、いつもよりほんの少し重たくて。
それがレシーナの胸の内を現しているようで、僅かな希望が浮かび上がってしまう。
そんな思いを、胸の奥に押し込んで、
色々な言葉を吐きだそうしたが、胸が熱くなって言葉に出来ず。
ただ一言、なんとか吐き出した。
「レシーナ、これまでありがとう」
「……うん。マリウスも、ありがとう」
そう言って笑うレシーナに、俺も微笑んで見せる。
その笑顔は、ぎこちないものになっていないだろうか。
******
その後のことはよく覚えていない。
レシーナに暇を告げて、屋敷に帰って。
日が差し込まぬようにカーテンを締めて閉じこもっていれば、数日が過ぎていたのだろう。
扉を蹴り破った兄がズカズカと部屋に中に入ってきて、俺の首根っこを掴んで引き起こす。
俺はそれに無抵抗のまま、引きずり起こされ、メイドの方へと放り投げられた。
「今日の午後から婚約相手に会うというのになんだそのざまは」
「……そうだったっけ」
そう言えば、そんな話もしていた気がする。
気がするが、それで体が動くかは別の話だ。
互いに婚約者が出来たことをレシーナと話したあの日から。
はっきりと言ってしまうならば、気づいたばかりの人生何年来の初恋が儚く散ってから。
何もする気が起きず、気づけば数日が経ってしまっていた。
「……そいつを風呂に突っ込んで見られる格好に着替えさせろ」
「かしこまりました」
ステファンの指示を受けたメイドによって、風呂に入れられ体を拭かれて。
その後着せ替え人形のように服を着せられていく。
婚約相手となった女性には申し訳ないが、今の俺はこういう状態だ。
なにせかつて夢を失ったときとほとんど同じほどの落ち込み具合である。
そう簡単に復帰できようはずもない。
それでも。
ハインルリッツ家に拾われた身として、なんとか婚約相手の邸宅まで意識を保ち。
そのままハインルリッツ家より大きな屋敷でメイドに迎えられ。
そうして俺は、この初恋が儚く散った傷心ともなんとも言えない状態で。
婚約者との初顔合わせを迎えた。
こちらの付添人は父に代わって王都での仕事を行っている義兄ステファン。
そして相手方は。
メイドに案内されて屋敷内の一室に向かっていると、ちょうど隣の扉が開いて中から1人の男性が出てきた。
「ウルフェンベルク、公爵……」
そうつぶやく俺を横に、ステファンは男性に丁寧に挨拶を初めた。
「閣下、本日はまことにありがたき縁をいただき、感謝の念に堪えません。どうかこれからも、ウルフェンベルク家と我がハインルリッツ家のさらなる繁栄のため、協力は惜しまない所存です」
「ふっ、そう言う割には、ステファン殿は少々いたずらっ気があるようだが」
「まさか。いつも手間をかける義弟を驚かせたいなどと、思っているはずがありません」
「そうか、うむ、確かにそうだな。私も、いつまでも心の内を明かしてくれなかった娘に対する意趣返しなど、あろうはずもない」
2人がいったいなんの会話をしているのか、何も会話に対する才能を持たないこの脳では、理解することが出来ない。
おかしいな、流石に日常生活が出来る程度には会話能力とか残っていたはずだったんだが。
どうやら今日は留守にしているらしい。
そんなことを考えている間にも、ウルフェンベルク公爵と兄は歩を進めていき。
やがて一室の前にたどり着いた。
「では、マリウス君、こちらに来なさい。私の娘に君を紹介させてほしい」
「は」
俺が言葉を放てぬままに話が進み、兄が俺を前に押し出して後方へと下がった。
そしてウルフェンベルク公爵が、俺を伴って扉を開ける。
「レシーナ。こちらにおいで。紹介しよう、マリウス君。私の大事な娘のレシーナだ。レシーナ、挨拶をなさい」
公爵がそう促すが、相手も俺も、固まったままで動き出すことがない。
頭の中が突然の情報に完全に混乱しているのが、声も身動きも出来ない。
それを見ていた兄と公爵が、愉快そうに話し出す。
「ステファン殿、2人とも固まってしまったぞ。少々やりすぎたのではないか?」
「いえいえ、互いに思いを伝えることもしない彼らには、これぐらいしませんと」
俺の正面に立っているその女性。
否。
俺の砕け散った初恋の人にして、貴族としての婚約者。
になる予定の人。
そこで女性がある程度平静を取り戻したのか、先に口を開いた。
「ふふっ、マリウス完全に固まっちゃってる」
「うっせ。お前だって固まってただろ」
いつものように俺をからかう言葉に、いつものように返す。
自然と、その言葉を発したことで事態が飲み込めた。
「つまり……」
「これからもよろしく出来る、ってことだよね?」
「多分そう、いや、絶対にそうだ」
彼女の確認するような言葉に、俺は取り敢えず肯定の言葉を返す。
この現実を、夢にしたくなかった。
「ではこれで、婚約成立ということでよろしいかな?」
「結構です、閣下。しかし、手を焼かされる夫婦でしたな」
「まことに」
そんな風にからかわれることで少しばかり恥ずかしくなるが、それよりも正面の着飾った女性が俺の目を捉えて離さなかった。
そしてつばを飲み込み意を決した俺は、女性へと、否、レシーナへと手を差し出す。
「俺の、妻になっていただけますか?」
「はい、喜んで」
レシーナが手を取った瞬間。
俺はきっと、世界で最高に幸せな魔法使いになれた。
そしてそんな魔法を使えるレシーナこそが、最高の魔法使いだろう、なんて。
変な思考が頭をめぐる。
ああ、でも。
別れから8年もの長きに渡って失っていた我が半身、友であり兄妹であり家族であり、そしてこれからは夫婦でもあるレシーナの。
その隣に俺はようやく、立つことが出来たのだ。
「さて、2人には悪いが、早速仕事を頼みたくてね。王国南部のカルカポで、水竜の群れが暴れているらしい。討伐をしてくれれば、後はカルカポの別荘地でしばらく過ごしてもらって構わないが……」
どうする?
そう問いかけてくる公爵に返す言葉など、俺もレシーナも1つしか無い。
「「すぐに行ってきます」」
図らずとも重なった言葉に、俺達は顔を見合わせて幸せの笑みをこぼすのだった。
《〜Fin.》
魔法陣を描く絵描き人~無能天職を与えられた少年は、絵を描くことで古代魔法を操り無双する~ 天野 星屑 @AmanoHoshikuzu
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