第13話 古代魔法、魔法陣の真髄


 多重に展開した魔法が、レシーナとの戦闘態勢に入ったドラゴンへ向かって飛翔する。

 多数展開した魔法陣のうち一部にのみ、俺は対象を追尾するための記述を加えている。


 そのため、悠々と飛行しながら初弾の魔法を回避したドラゴンに、後続の魔法のうちいくつかが着弾する。

 着弾するが。


「効果なし、と。さてどうしたものかね」


 ドラゴンにとっては効果が無かったようで、火球系の魔法が炸裂し広がった爆炎の中から、元気なドラゴンが普通に爆炎を突き破って飛び出してきた。

 そして俺の方にお返しとばかりに火球を放ってくる。


 俺の防御障壁はドラゴンの火球一発程度で崩せるものではないので無視しつつ、俺は空中から魔法攻撃を始めたレシーナへと視線を向ける。

 多重魔法陣を展開する俺ほどの派手さはないが、その手元から打ち出されていく多数の魔法は、続けざまにドラゴンへと突き刺さった。


「もう爺さん超えてるじゃないか」


 天空をドラゴン以上に縦横無尽に飛び回って接近を許さず適度な距離を保ちつつ、絶え間なく魔法を唱えてはドラゴンに打ち込み、あるいは進行路上に魔法を仕掛けたりとドラゴン相手に空戦で翻弄するレシーナ。

 その能力は既にグスタフ爺さんを魔法の練度において超えている。

 特に連発している魔法の規模と連発速度、そして飛行魔法を使いながらの他の魔法使用の自在さにおいてはレシーナが圧倒的に爺さんよりも上だろう。


 改めて思うが、天職とは本当にすごい力を人に与えてくれるが、だからこそどこかその力に空恐ろしさを感じる。

 

 そんなことを考えつつ、魔法を一撃の火力ではなく手数を重視しているレシーナに合わせて、俺も単発で威力のある魔法から連射の効く小規模な魔法へと変えていく。

 レシーナの戦法から、一撃の火力ではなくその手数でドラゴンの魔法防御を突破しようとしていることを読み取ったからだ。

 証拠に、俺が魔法を切り替えた直後にレシーナがこちらを見て小さく頷いたのを感じた。


 ドラゴンが他の魔物よりも凶悪な点として、その体表を覆う無数の鱗やその下にある皮がドラゴンを他の存在の魔法攻撃から守っている点が挙げられる。

 これは何も頑丈な体表を持っているという意味ではなく、文字通り魔法特化でその機能を妨害する力場を発生させる力がドラゴンの鱗や皮にはあるのだ。


 だからこそドラゴン・スケイルやドラゴン・レザー、つまりドラゴンの鱗や革で作られた鎧はとんでもない高値がつくし、戦場に向かう兵士の中にはドラゴンの鱗をお守り代わりに持っていく者もいる。

 そしてそうしたドラゴンの鱗を使った道具は、魔法攻撃から持ち主を守ることが多々あるのだ。

 まあ鱗1枚のお守り程度では流石に全身を守ることはできないのだが。


 そんなわけで、ドラゴンの魔法耐性というのは非常に高い。


 では物理攻撃ならば効くのかというと、そういうわけにもいかない。

 もちろん物理攻撃の方が魔法攻撃より通りは良いが、当然ながらワイバーンの上位種に相当するドラゴンの鱗は相当の硬さを備えている。

 少なくとも普通の兵士が奮った剣が斬り裂けるようなものではない。


 加えて、物理攻撃は魔法の練度と魔力次第で威力が青天井の魔法と違って、その威力には人間の身体能力という大きな枷がはめられている。

 そのため物理攻撃のほうが効きやすくても、腕利きの魔法使いによる魔法ならば、その相性不利の差をひっくり返せるのだ。


 そしてその差をひっくり返さないと、ドラゴンを倒すことはできない。


 故にドラゴンの討伐には、腕利きの魔法使いが必要となるのである。

 

 と。

 順調にドラゴンの力場に負荷を与え続けていたレシーナが、ぱっと弾かれるように上空を見上げたかと思うと、障壁を貼ると同時にその態勢を大きく崩し、地面付近まで勢いよく叩き落される。

 魔力を見る才が無い俺にはその障壁もレシーナを叩き落とした攻撃も目視できないが、おそらくは風属性の魔法だろう。

 あの手の魔法は空気の塊である場合が多いため、魔力が見えないことにはその存在に気づけ無いのだ。

 だからこそ他の属性の魔法よりも威力が控えめな代わりに暗殺向けの魔法などといわれたりするが。


 そして続けざまに、俺の周囲から鈍い衝突音と甲高い破砕音が2回。

 パリィイン、という音は、魔法の障壁が破壊されたときに生じる音だ。

 俺の障壁は多重構造な上に相互に補助し合うような仕組みになっているが、それが複数枚まとめて破られた。


 それほどの威力の魔法だったということだ。

 通常のドラゴンの火球ならば問題の無い俺の魔法障壁をたやすく突破する魔法攻撃、更にブレスとしては火属性の魔法しか持ち合わせないはずのドラゴンによる風属性の攻撃。


 ここから導き出せる答えはただ1つ。


「エルダー・ドラゴンか」


 他にもいくつか考えられる存在はいるが。

 上空を見上げた俺のつぶやきとほぼ同時に高空から飛来した巨体がそれを決定づける。

 全長が人の身長の数倍はあるドラゴンに対して、更に2周り近く大きな巨体。

 その体表を覆う鱗は、ドラゴンのものよりも色が濃く、そして1つ1つがゴツゴツと発達していながらも、どこか自然の美しさを感じさせる。


 エルダー・ドラゴン。

 それはドラゴンの中でも素質のある個体だけが、長い時を経ながら魔力を吸収し続けることで至る姿。

 環境に適応して進化したワイルド・ドラゴンなどとは違う、ドラゴンの上位にして究極種。

 古きを生きる龍エルダー・ドラゴン

 その推定寿命は500歳を軽く超えると言われている。


 その実力など、もはや言うまでもない。

 ドラゴンが都市を傾けるほどの脅威だとするならば、エルダー・ドラゴンは文字通り国家を傾けるほどの脅威だ。

 たとえこのメルンハルト王国最大の戦力である護国魔法師でも、複数人でぶつかって撃退出来るか全滅するかの勝負となるだろう。

 

 そいつが上空から姿を現した。

 それを見た俺達の反応は早かった。

 まずレシーナが、魔法を放たないままにエルダー・ドラゴンとドラゴンの間を飛行して勢いよく通り抜ける。


 エルダー・ドラゴンとドラゴンの視線は、2体の気を引くように飛んだレシーナへと向かった。

 そしてその間に俺は小規模な魔法陣を展開し、その魔法をレシーナに向けて放つ。

 それは、互いの声を距離に関係なく互いのもとまで届けることの出来る魔法。


 原理としては、記録した音の情報を魔力を介してもう一方の魔法陣に反映し、そこから音を発生させる魔法。

 それを用いることで、上空を飛ぶレシーナと普段通りの会話が出来るようになる。

  

「聞こえるかレシーナ」

『っ! びっくりした。でも聞こえるよ、マリウス。こんな便利な魔法があるなら最初から使ってくれればいいの、にっ!』

「相手がただのドラゴンだったからな。だが話が変わった」


 その会話をしている間も、レシーナはドラゴン達にちょっかいをかけつつ、上空を飛び回っている。

 更に腰に差していた剣を抜き、おそらくは風の刃をまとわせて斬れ味を上げた剣でドラゴンに傷を与えていく。


 だがエルダー・ドラゴンの攻撃を回避しながらのそれは、本当にギリギリの線上で舞っているようなものだ。

 レシーナが1つ間違えれば命を落としかねない危険なもの。


 俺はそんなレシーナに頼み事をする。


「俺がドラゴンを仕留めるための魔法を練る。その間数分もたせてくれ」

『……わかった。信頼してるからね、マリウス』

「任せておけ」


 そこで遠話イロフォンの魔法陣を畳んだ俺は、更に普段使っている障壁一枚を残して魔法陣をすべて解体、撤去する。

 そして俺の持てるすべての【画家力】をもって、巨大な魔法陣を組み上げていく。

 その魔法陣は、直径が俺の身長の十倍近くもある巨大なものだ。


 故に俺も、一瞬で構築するというわけにはいかない。

 更に、ドラゴンよりも知恵を持つであろうエルダー・ドラゴンに気づかれないように、完成形からは少しずらして魔法陣を作り上げていく。


 魔法陣は自然現象の一種であり、世界の仕組み、理であるというのは以前言ったとおりだ。

 そしてそれ故に、魔法陣が完成に近づくにつれて自然と魔力を集め、完成へと向かっていく。


 だがそれでは、エルダー・ドラゴンに気づかれ、完成は妨害されてしまうだろう。

 だから、少しずつずらしていく。

 一番内周の俺の身長分ほどの陣はそのまま完成させ、その外側にまた俺の身長と同じ程度の幅を持つ円を作り、それを最初の陣と合わせた際の完成形からはずらして描く。

 そしてまたその外側に、更にずらした形で陣を作っていく。


 それはさながら時計の短針と長針をずらすかのように、全ての陣形をずらしながら完成させていく。

 その間も、きっと頭上ではレシーナとドラゴンのやり合いが起こっているだろう。

 だが俺は、その一切を感知しないように目を塞ぎ耳を塞いで、ただただ己の内側にある全てを魔法陣へと描き出していく。


 そして、数分が経過する。

 魔法陣の大半が完成した俺は、そこでようやく視線を上げて上空を見た。


 そこには、ほうほうの体で飛ぶ傷だらけのドラゴンの姿と、その近くを飛び回りながら傷を与え続けているレシーナ、そしてそのレシーナを叩き落さんと魔法を叩きこもうとするも、ドラゴンを時折盾にされることでレシーナを排除しきれないドラゴンの姿があった。


「強すぎんかあいつ」



 まさかエルダー・ドラゴンの相手をしながらドラゴンをズタボロにしているとは思わなかったので、こっちはドラゴンを仕留めるための魔法陣を描きあげてしまった。

 エルダー・ドラゴンはドラゴンを仕留めた後に2人で対処しようと考えていたのだ。


 だがどうやらその必要は無いらしい。

 そこで俺は、魔法陣の一部を修正していく。

 ドラゴンを対象にした魔法を、エルダー・ドラゴンを対象にしたものへと切り替えているのだ。

 更にいくつか追記をして、エルダー・ドラゴンでも仕留めきれるだけの魔法陣を描きあげる。


 そして魔法陣が完成する。

 その直前に、レシーナに遠話の魔法陣を繋げて警告を送る。


「俺とエルダー・ドラゴンの射線上に入らないようにしてくれ。魔法を使う」

『わかった』


 俺の指示にレシーナが飛行経路を変えたのを見て、俺はずれていた魔法陣を正しい位置へと回転させていく。


 ゴゥンゴゥンと重い駆動音を立てながら魔法陣が回転し、本来の形を取り戻す。

 なおこれは魔力を感じる才能のない俺でも感じている音なので、レシーナやエルダー・ドラゴンにはもっとわかりやすい脅威と写っているのだろう。


 その証拠に、エルダー・ドラゴンがこちらに視線を向けた。

 どころか身を翻して、逃亡しようとレシーナに背を向けて飛行を始める。


 が、もう遅い。


「白の10番──白き龍脈の咆哮アウルフル・グレイオン


 俺の魔法陣によって、はるか大地の奥底を流れる龍脈から吸い上げられた膨大な魔力が、なんの現象にも変換されないまま魔力の奔流となってエルダー・ドラゴンを襲う。

 そしてその耐魔法力場と一瞬衝突して拮抗し──


 直後に力場を突き破って、エルダー・ドラゴンの頭部から胸にかけてを吹き飛ばした。


「うーん、美しい」


 魔力をそのまま攻撃へと叩きつけるこの魔法は、魔力を見る才の無い俺には見えないが、その結果ならば見ることは出来る。

 そしてその様から、魔力がどのようにして敵を打ち破ったかを推測することが出来る。


 以前爺さんに聞いたときは、この魔法で放たれる魔力の奔流は青白い光の塊だと言っていた。


 想像上のそれがエルダー・ドラゴンの背を追い。

 そして頭部と胸を大きく破壊して討ち取った。


 やがてかろうじて浮かんでいたエルダー・ドラゴンの残った体のパーツが地面へと墜落する。

 人よりも遥かに生命力のある存在ゆえか頭部を吹き飛ばされてもしばらく体はもがいていたが。

 やがて力なくその翼を地面につけた。


 そしてそれと時をほとんど同じくして、その隣にドラゴンの頭部だけが。

 続いて首から下も落下してきて地面と衝突する。


 視線を上げれば、剣を振り切った姿勢のレシーナがこっちに驚愕のこもった目を向けつつ手を振っていた。


 やがて降りてきたレシーナは、問い詰めるように俺に詰め寄ってくる。


「ちょっとマリウス、あんなすごい魔法使えたの? っていうかどうやって使ったの? マリウス魔力あんなに無いよね?」

「龍脈から魔力をすくい上げるための魔法陣があってな。そうやってすくい上げた魔力を魔法に転用してる。そもそも魔法陣が本来そういうものだからな」


 へぇー、と化け物を見るような目で見てくるが、俺はお前こそそうだと言ってやりたい。


「まあいくらすごい技術でも、エルダー・ドラゴンの相手をしながらドラゴンをボコボコにする女魔法師と比べたら、大したこと無いけどな」


 俺のその言葉にレシーナはキョトンとした後、表情をむっとしたものに変える。

 だがそれも長く続かなかったのか、やがてニヤニヤと笑顔をたたえて俺の方に身を乗り出してきた。


「ん、でもマリウスも良かったね」

「何がだ?」


 問いかけると、『ンフフー』と笑いながらレシーナは背中を向けてエルダー・ドラゴンらの死体に視線を向ける。


「だってエルダー・ドラゴンを一撃で仕留めちゃうなんて。なれたんじゃない?」


 そして俺の方へと視線を戻す。

 その顔は、優しげに、俺の思い出の中にある彼女と同じように微笑んでいた。


「最強の魔法使い、ってやつに」


 一瞬虚をつかれたが、俺も思わず笑ってしまった。

 確かに。


 かつての夢だともう忘れた気でいたが。

 エルダー・ドラゴンを一撃で仕留めたのなら名乗ってもいいのかもしれない。


「たしかにな」


 最強の魔法使いという、かつて俺が思い描いた子供の夢の通りに。

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