第12話 ドラゴン退治
ドラゴン。
それは、山岳部などに生息している体の形状的には同系統のワイバーンなどとは全く格の違う存在として扱われる魔物の一種。
ワイバーン、飛竜を始めとした複数の竜種と区別するために龍種と呼ばれる存在であり、人類にとっての大きな脅威である。
メルンハルト王国で出現が確認されている魔物としては飛び抜けて強力な部類に入り、出現のたびに一帯に甚大な被害を齎している。
だが一方で個体数などはワイバーンや他の魔物と比べても遥かに少なく、その被害の総量としては、毎年それなりの被害をもたらす他の魔物と、数年に一度甚大な被害をもたらすドラゴンとで比較できるものではない。
逆に言えばその程度の魔物。
数年分の被害と比較してしまえる程度の能力しかなく、少なくとも1体の出現で国を脅かすほどのものではない。
せいぜいが1貴族の領地が荒らされる程度のものだ。
エルダー・ドラゴンならともかく、少なくとも普通のドラゴンならば、護国魔法師が1人いれば十分に対処できる程度のものでしかない。
ちなみに護国魔法師は、個々が文字通り数千から数万の一軍に匹敵する戦力を持っているとされている。
つまり通常の兵士や並の従軍魔法師、魔法学院にも通ってないような軍人魔法師で対抗しようとするならば、それほどの戦力が必要となるということだ。
そしてそんな奴らの相手をするために、俺やレシーナ、そして護国魔法師や宮廷魔法使いなど個人として強力な戦力は重宝されているのである。
「レシーナは、ドラゴンとやったことはあるのか?」
レシーナの魔法での移動中、ふと気になって俺はそう尋ねてみた。
魔法学院がどれほどの授業を行い課題を生徒に課しているのか俺は知らない。
知らないが、一方で王都や大貴族の領地にある大都市を含めて、このメルンハルと王国に存在する魔法学院の中で最も優れているのが王立魔法学院だということは知っている。
そこの中等科、あるいは高等科の生徒ともなればドラゴンなどの、個体で軍に匹敵するほどの魔物との戦いを経験しているのか。
純粋に気になったのだ。
しかし俺の問いに、レシーナは苦笑を返してきた。
「ドラゴンなんて護国魔法師の人達くらいしか1太で戦わない魔物だよ? 宮廷魔法使いの人達でも複数人で戦うような魔物相手に生徒に戦わせることは流石に無かったよ」
どうやら俺の期待のし過ぎだったらしい。
いや、期待のし過ぎというよりは俺の基準が上がってしまっているのか。
「それぐらいやってるものだと思ったんだけどな」
「マリウスはグスタフさんを基準に考えてると思うけど、グスタフさんは宮廷魔法使いの中でも上澄みだからね? 魔法学院の先生には、それと張り合えるほどの人はいないよ」
「……ああ、確かにグスタフ爺さん基準で考えてると普通とずれが生じるのか」
確かに俺の知っている魔法使いは、俺自身と爺さんぐらいだ。
そして俺の魔法の使い方は、普通の魔法使い達と比べて全く違うし、グスタフ爺さんは使い方は普通の魔法使いと同じだろうが技量が飛び抜けている。
故にまともに、普通の魔法使いと比較できる対象を俺は知らないのだ。
加えて言うなら、俺自身が編み出した【画家】と魔法陣の組み合わせが相当に凶悪なために、俺も世間一般の常識からは外れてしまっている。
そうなると、自然と普通の程度を見誤るわけだ。
「もう着くよ」
レシーナの言葉に視線を前に向けると、眼下に焼けた村の跡が見えた。
ほとんどまともに形を保っている建物は無く、未だに赤赤と炎がくすぶっている様子が見て取れる。
「ここにドラゴンがいるって話だったけど──」
「上から来るよ!」
地上の村を隅々まで見渡してもドラゴンを発見することができない。
そのことを俺がレシーナと共有しようと口にしている最中に、レシーナが叫ぶ。
その言葉に上空へと視線を上げると、上から太陽を背にするように黒い影が俺とレシーナの方へと突っ込んできていた。
魔力や気配を感知する才能のない俺には感知できない攻撃も、【魔法師】として魔力を鋭敏に感じ取るレシーナならばたやすく察知できる。
レシーナの魔法によってそれを寸前で回避した俺達は、旋回するドラゴンからの追撃を警戒しながら地上に降り立つ。
おそらくレシーナは、空中戦は分が悪いと判断したのだろう。
あるいは、1人ならともかく2人分の空中での動きを操作しながら戦うのは面倒だと判断したか。
「レシーナ、1人で飛べるなら飛んできてもいいぞ。下から援護する」
「……わかった。じゃあマリウスは地上から援護をお願い。それと……」
そこで言葉を切っていいよドムレシーナに、俺は思わず先を促す。
「それと?」
「………危なくなったらなんとか回避してね。すぐに拾いに来るから」
それは、レシーナと比べて機動力に劣る俺がドラゴンに狙われることを心配しての言葉。
そんな言葉を口にするレシーナに、俺は軽く手を伸ばしてデコピンをする。
「ばーか」
それは、子供の頃いつもお姉さんぶって俺のことを心配するレシーナに向けていた言葉。
「心配するな。俺はちゃんと強い」
「っ! うん、わかった。 それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
飛び上がり、先程までと比べて遥かに自由に天を駆けていくレシーナを見送って、俺は足元に早速魔法zンを展開させる。
「さーて、ああ言ったんだ。怪我の1つも出来んぞ? まあ俺は貧弱だから1回でも攻撃食らったら死ぬ気がするが」
強がってみたは良いが、体を動かす才能も最低クラスの俺は、ドラゴンの攻撃などとてもではないが回避することなどできない。
故に複数を部分的に重ね合わせつなぎ合わせた魔法陣の多重展開によって、多重構造かつ崩れた部分を随時再構築する障壁を展開し、ドラゴンからの攻撃を警戒する。
この今俺が使ったような複雑な魔法陣だが、実は魔法陣が実用化されていた時代には存在していなかったものだ。
これはアルザイムにある古い書物の研究からわかっている。
そもそもからして、魔法陣を利用した魔法の使用というのは、100年よりも更に前、100年前の当時にとっての古代にあたる時代の魔法を再現しようとして使用されていたものらしい。
だが魔法陣を使った魔法はその領域に届くことはなく、決今日他の魔法発動手段に追いやられて歴史から姿を消しつつあった。
そこに芸術家である俺がやってきて、魔法陣に手をつけた。
【画家】である俺には、世界は人とは違うように見えている。
物と物との大きさの比較であったり、奥行き、あるいは複雑な紋様となりうるものだったりと、特に絵の中でも図形や数値の比較、どちらかと言えば設計の領域に近いような、自然や人の生活の中に時折見いだされる得も言われぬ美しさを見抜く目を、それに気づく目を俺は持っているのだ。
おれはこれを、単純に図形学と名付けて独自に研究を重ねた。
この研究には、グスタフ爺さん達現代の魔法使いが魔法を使う際に自然と展開される魔法陣もどきも参考にさせてもらっている。
その結果、わかったことがある。
「自然の産物は、最も完成された状態が、最も美しい。そしてそれは逆も言える。最も美しい状態に組みあげれば、それは最高の状態になるのだ」
少なくとも、俺の画家として世界を捉える目が美しいと判断するような紋様、魔法陣の領域においては。
ドラゴンへの牽制攻撃のために俺の目の前の空中に展開される魔法陣は、複数展開な上にそれぞれが部分的に重なり合い、局所局所ではむしろごちゃついた印象を受けるだろう。
だがその全体図を見れば、その美しさがわかる。
左右非対称の中に垣間見える対象性と、全体を捉えたときの最も美しいバランス。
俺は【画家】という天職から、その美しさを魔法陣の洗練、研究へと持ち込んだのだ。
結果、おそらくは古代魔法に近いであろうものが完成した。
もっとも、たとえ完成したとしても魔法使いを含めて普通の人間が使うには、その美しい魔法陣を寸分違わぬように何かで書かなければならない。
そしてそこに魔力を通して初めて魔法陣魔法は完成する。
だが俺は違う。
俺は【画家】だ。
この大地も、空中も、そしてドラゴンの体表すらも、全てが俺にとってのカンバス。
そこに思うがままに最も美しいものを、美しいものたちを描き出していく。
ただ魔法を使う、という無粋な手段ではない。
表現するのだ。
俺の求めるものを、呼び出したいものを、引き起こしたいことを。
そうすれば、魔法陣がそれに答えてくれる。
「さあ、援護と行こう。たやすく落ちてくれるなよ」
俺の眼前に展開され、完成されないままに1画を残して放置された魔法陣達を続けざまに完成させ、息を吹き込んでいく。
そして怒涛の如き美しう激しい魔法の波が、ドラゴンへと襲いかかった。
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