第11話 目的地到着
数日かけて、俺とレシーナはハインルリッツ侯爵領の北方の都市チャドに到着した。
ここはメルンハルト王国の中でも北に突出した地域で、北の端という単語からノスブと呼ばれている地域だ。
ノスブに入ったあたりから感じていたピリピリとして空気は、チャドに入って更にその度合を増した。
城壁の上には多数の兵士が立ち並び、四方を監視している。
そして城郭都市の城壁内に入る際にも、厳しい検査を受ける必要があった。
とはいえ俺とレシーナはハインルリッツ家の人間と、その依頼でやってきた人間。
ステファンから貰った通行許可証を示せば特に厳しい検査を受けることなく街に入ることが出来た。
「今日はどうするの?」
馬車の窓から物珍しそうに外を覗いていたレシーナが、俺を振り返って尋ねてくる。
「一晩止まってまた明日の朝から移動。北側の村が結構やられてるらしいから、早めに見つけないと」
「移動はどうするの? 馬?」
レシーナがそんなわかりきった事を尋ねてくるので俺は首を横に振る。
これに関しては、レシーナもわかっていることだろうに。
「残念ながら俺には馬に乗る才能が無いからな。というかレシーナも同じだろ?」
だが、俺の問いにレシーナは驚いたような表情をしながら首を横に勢いよく振る。
「全然そんなことないよ! 私馬だって普通に乗れるし。マリウスが元から下手だったとかじゃなくて?」
「……結構練習してもうまく乗れなかったから、俺の才能が【画家】にうつったせいかと思ってたんだが」
「いや、流石にそこまで生活に困るほどでは無いんじゃない?」
「俺は割と生活に困るぐらいには、色んなことが出来ないな」
そんな同じく天職を持った者同士の違いを話しているうちに、今晩の宿、というかハインルリッツ家や都市を任されている役人が使っている屋敷へと到着する。
多分事前に連絡が言っているので、普通に泊まることが出来るはずだ。
そう考えて呼び鈴を鳴らしたのだが。
「大変申し訳ありません、只今屋敷の改修を行っておりまして。ご使用出来る部屋が一部屋しかございません」
「まじか」
「真に申し訳ありません」
どうも変な時期に来てしまったらしい。
仕方ないので街の方で宿を取るか、と言おうとしたところで、レシーナに手を引かれる。
「わ、私は、別に同じ部屋でも良いけど?」
「は……お前何言ってるかわかってるのか?」
「マリウスなら大丈夫だよ、昔から一緒に寝たこと何回もあるし。それにどうせ体力無いから、襲われても返り討ちに出来るし」
言ってくれるじゃないか。
そこまで言うなら、俺から別の部屋を探そうというのもやめておこう。
多分探せば宿ぐらいすぐに見つかるが。
「その部屋で良いので、ベッドを2つ用意して貰えますか?」
「はい」
レシーナの言葉に答えながら、この屋敷の管理をしている執事がこちらに視線を向けてくるので、俺はそれに頷いておく。
レシーナのしたいようにさせてやってくれ。
「かしこまりました。ではそのようにいたしますので、しばし応接室の方でお待ちください。カール様も後ほどご挨拶をしたいとおっしゃっていましたので」
「わかった。応接室の方で待たせてもらうとしよう」
カールとは、この屋敷を主に使っている、この地方の管理をハインルリッツ家から任されている部下の名前だ。
一応貴族の部下となる貴族として男爵位を持っている人物だったりする。
この辺りの貴族に関する制度は本当に覚えるのがめんどくさかった。
その後レシーナと同じ部屋で、いつまでもつきない思い出話に花を咲かせていると、部屋の扉がノックされて小太りの男性が入ってきた。
「お出迎えが出来ず申し訳有りませんでした、マリウス様」
「気にするな。今はとくにこの領地が忙しい時期だろう。お前は役割を果たしてくれればそれで良い」
この男性が、ここの周辺地域の管理を任されているカール・フィッシャー男爵だ。
「それより、ドラゴンに関して情報を聞かせて欲しい。ああそれと、こちらはレシーナ・ウルフェンベルク嬢だ。ウルフェンベルク家の方だが、今回は王立魔法学院の生徒としてこちらに来られているので、大仰な歓迎は必要ない」
「はい。承知しました。では地図を」
カールが応接机の上に地図を広げる。
その地図は大まかだがこの地域一帯の地図を示しており、その中にあちこちに存在している村の情報などが載っている。
そしてその村のうちいくつかに、大きくバツ印がつけられている。
「流石にドラゴンか、入り込むのが早いな。これじゃあ居場所の特定が難しいぞ」
「今、部下を各地に走らせております」
「死なせるなよ」
「そこは抜かりなく」
その後、改めてカールがドラゴンの侵攻経路などを分かる範囲で示してくれる。
最初に焼かれたのはおそらく最北の村で、この村の段階では伝令を出す余裕もなく全滅してしまった。
そして2つ目の村が壊滅する際に伝令を出すことに成功し、なんとか隣の村へ。
そしてそこの村長は果断な判断で村を捨て、持てる限りのものを持ってチャドまで村民と一緒に逃げてきたと。
だがそんな決断が出来る村長ばかりではなく、情報を受け取りながらも村を放棄できなかった者達はことごとく村ごとドラゴンに焼かれている。
そしてそのドラゴンの侵攻は、もうこのチャドの喉元まで迫りつつあった。
「急いだ方が良いな」
そう口にした直後、室外から騒がしい声と廊下を走る音が聞こえてくる。
それは俺達のいる部屋の前を一度通り過ぎるとどこかへ去っていき、そして戻ってきた。
勢いよくドアがノックされる。
「入ってくれ」
「カール様、ドラゴンの居場所がわかりました!」
カールの言葉と同時にドアをバンと勢いよく開いた青年が、叫ぶように報告をする。
内容が内容だけに余程焦っているのか、俺達の姿には反応を示さない。
「落ち着け、リーベック。何処で、何があった?」
「マルサム村の跡地にて、休息を取っているドラゴンを発見しました!」
その言葉に、俺達は視線を地図に戻す。
マルサム村。
それはこのチャドという都市から見て、今前線となっている村から1つ奥の位置にある村。
既にドラゴンの襲撃を受けて壊滅した村だ。
そこにドラゴンがいる。
「俺達が出るぞ」
「は、移動手段は」
「それは私が」
レシーナの言葉に、カールとリーベックの視線がレシーナに集まる。
「私これでも魔法学院高等科の首席ですから、大丈夫です。行こう、マリウス」
「そういうことらしい。では俺達はマルサム村に向かう。兵はここに集めておけ。最悪俺達がドラゴンとすれ違った場合、ここが直接狙われる可能性もある」
「はい、承知しました」
後の事一切はカールにまかせて俺とレシーナは屋敷の正面に立つ。
ここからはレシーナにお任せだ。
「『
レシーナの魔法によって、俺とレシーナの身体が地面から浮き上がる。
そしてそのまま街の空を、城壁の外目掛けて移動を始めた。
移動系統の魔法を使うことにおいては、俺の普段使っている魔法陣というのはそこまで向いていない。
というより、俺自身が魔法陣を使って移動するのに向いていない。
魔法陣を使って移動する際、移動するたびに魔法陣の書き直し、あるいは更新が必要になる。
だが俺自身は発動している魔法や魔力を感知することが出来ないので、連続して移動する際に感覚で魔法陣に式を入力することが難しく、結果演算が遅れて魔法陣を構成する前に墜落してしまう、というわけだ。
連続して変数を入力するような魔法陣の場合、俺は予め決まっていない変数を体感しながら細かく決めるということが出来ないのである。
それに対して、想像力と意思の力を元に魔力を編み上げたレシーナの魔法は、簡単に空を飛ぶことを可能にする。
そのため、俺はレシーナに高速移動の際の魔法の扱いを任せることにしたのだ。
「どう、凄いでしょ」
「ああ、快適だな」
飛びながら尋ねてくるレシーナにそう返す。
確かにこんな魔法を自由に操れるならば、相当に快適だろう。
俺には出来ないことだからこそ、少しばかり羨ましくある。
だが、逆に俺にしか出来ないことも存在している。
そう考えれば、少しだけだが羨ましさも薄れる。
そうして、俺とレシーナはドラゴンの待ち受ける村へと向かった。
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