第248話 文化祭前日
木曜日。明日はもう文化祭だ。ということはお昼休みの部室に先輩達が居るのは最後ということか……
俺たちはまたいつもの4人で部室に入った。
「浜辺陽春、櫻井和人、笹川理子、小林達樹、入ります!」
そう陽春が言って扉を開けると、部室にはやはり三上部長と雪乃先輩、後藤先輩が居た。
「部長、もしかして、ウチがこれを言うのもこれが最後って事ですか?」
陽春が聞く。
「まあ、そうだな」
三上部長が答えた。やはりそうか。次からは俺たちが部室を開けないとここは開いていないのだ。
「でも、お昼は俺も雪乃もここにお邪魔したいと思っている。いいか?」
「もちろんです! よかった……」
陽春は言った。考えてみたら、達樹たちも部員じゃ無いのにここに来てるし、部長たちが引退後に来ても問題ないか。結局、昼休みの光景はあまり変わらないようだ。少なくともしばらくは……
弁当を食べ終わったぐらいで不知火がやってきた。
「お、不知火、また上野さんがどうかしたか?」
達樹が聞く。
「いえ、今日は部長と雪乃先輩にちょっと聞きたいことがありまして……」
「ほう、俺たちにか」
「はい。部活も今日が最後ですけど、放課後は文化祭の準備で忙しいと思うので今のうちに……」
「なるほどな。で、なんだ?」
「野球の小説で何か参考になるのはありますか?」
「野球の小説か……」
「はい。この間、野球を観に行ったときに、昔のチームメイトから野球の小説を書いたらどうだと言われて、なるほどなと思ったんです」
「そういうことか……じゃあ、そうだな……野球の小説となると、あさのあつこの『バッテリー』とかかな。雪乃は何かあるか?」
「そうね……東野圭吾の『魔球』とかぐらいかしら」
「それほど多くは思いつかないよな」
「やっぱり、そうですか……」
「だが、文芸は小説に限らないぞ。ノンフィクションもある」
「ノンフィクション?」
三上部長の言葉に不知火は聞き返した。
「そうだ。『江夏の21球』って知ってるか?」
「聞いたことがあるような無いような……」
「山際淳司というスポーツライターが実話を書いた作品だ。これを一度読んでみると良いぞ。スポーツノンフィクションというジャンルを作った作品だからな。Numberという雑誌を知ってるか?」
「本屋では見たことありますね」
「あの雑誌にはそういうスポーツのノンフィクションがたくさん載っているんだ。確かうちの高校の図書室にもあったはずだ。一度読んでみるといい」
「わかりました! ありがとうございます!」
不知火は出て行った。
野球の小説、それにノンフィクションか。俺はよく知らないが、不知火には向いているかも知れないな。
◇◇◇
放課後になり、うちのクラスでは飾り付けが始まった。俺もこれには参加しないといけない。陽春は、文芸部の会場となる空き教室の飾り付けに向かった。
達樹と笹川さん、立夏さん、冬美さんは接客担当で、衣装のフィッティングと当日の確認をしている。ということは、俺は誰も親しい人が居ない中での作業か。
黙々と一人でポスターなどの掲示物を貼り付ける作業をしているところに立夏さんが来た。フィッティングは終わったのか、今は制服だ。
「和人君が陽春ちゃんと別々に行動してるのって珍しいね」
「そうだね。陽春は文芸部の準備だから」
「和人君、手伝おうか」
「いいよ、俺の仕事だし」
「まだ警戒されてる? もう区切り付けたから……純粋に友達として言ったんだけど」
あまり断るのも悪いか。
「……じゃあ、お願いしようかな」
「うん!」
立夏さんはポスター貼りを手伝ってくれた。
そこに冬美さんが来た。
「立夏、何やってるの。まったく……区切り付けたんじゃないの?」
「付けたから純粋に手伝ってるんでしょ」
「誤解を招く行動は慎むこと。陽春ちゃんが泣いちゃうよ」
「う……それは困るか。じゃあ、和人君、またね。楽しかった」
「あ、ありがとう……」
立夏さんが去っても冬美さんは残っていた。
「冬美さん……な、何?」
「あんたも同じだからね。誤解を招く行動は慎まないと」
「そ、そうだね……」
「陽春ちゃんには黙っててあげるから貸し1つね」
「わかった……」
冬美さんは去っていった。
クラスの飾り付けが終わったので、俺は文芸部の会場となっている空き教室に行く。
「あ、和人!」
陽春が笑顔で迎えてくれた。他にいたのは不知火だけだ。
「二人しか居なくて大変だったよ。こんな感じでいいかな?」
会場は、部誌を売る場所とマーダーミステリーの場所で別れていた。昨年までの部誌が並べられた机もある。黒板には陽春が書いたと思われるイラスト。あとは看板が外に付けられた程度だ。
「いいんじゃないかな。でも、不知火と二人だけだったのか?」
「うん! だから、少しは仲良くなったかな。ね、不知火君」
「そ、そうですね……陽春先輩と二人きりというのは初めてだったんで少し緊張しましたけど……」
「え、そうなの? ウチなんだから緊張しなくてもいいのに……」
「いえ、そういうわけにも……」
うーん、不知火とはいえ陽春と二人きりでずっと過ごすなんて、なんか嫌な気持ちだな。
「あ、和人、また嫉妬してる?」
陽春が俺の顔をのぞき込んだ。
「まあ、少し……二人きりはちょっとな」
「ほら、言ったでしょ、不知火君。和人は嫉妬するって」
「俺なんかにしないと思ったんですけどね……じゃあ、賭けは陽春先輩の勝ちです」
「やった! ジュースおごり!」
俺が嫉妬するか、賭けをしてたのかよ……まあ、不知火に嫉妬しても意味ないのは分かってるけどな。
「よし! じゃあ、和人、演劇部に行こう! 不知火君はまた明日ね」
「あ、お疲れ様です!」
不知火と別れ、俺たちは稽古中の演劇部に向かった。稽古場になっている空き教室をそっと開けて入る。上野さんはクライマックスの練習中だ。
「うん、もうちょっと、大きな芝居でいいと思うよ」
「分かりました」
風見部長もちゃんとアドバイスしてるな。
しばらくすると休憩になった。上野さんが俺たちに気がついて近づいてきた。
「陽春先輩に櫻井先輩。今日も来てくれてたんですね」
「うん! 雫ちゃん、すごくいい感じだよ!」
「ありがとうございます」
「みんなと仲良くやれてる?」
「はい、みんな気を使ってくれて……」
そこに別の人物が入ってきた。
「そうだよ! 大丈夫だから」
演劇部の新部長・山川優花だ。
「ほんとだろうね、雫ちゃん大事にしないとウチが怒るからね!」
「分かってるって。みんな仲良くなったから。ね、雫ちゃん!」
「は、はい……大丈夫です」
上野さんは素の姿は出せては居ないようだが、何とか大丈夫のようだな。
「よし! 続きやるぞ!」
「はい!」
上野さんは稽古に戻ろうとして言った。
「たぶん、今日はすごく遅くまでやると思うんで、陽春先輩と櫻井先輩は先に帰っててください」
「え、いいの?」
「はい、この環境にもだいぶ慣れましたし、明日までなんで大丈夫です」
「そっか……わかった。じゃあ、今日は帰るね」
「はい、明日は楽しみにしていてください」
「わかった! じゃあね」
確かに上野さんはもう大丈夫だろう。俺と陽春は帰ることにした。
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