第247話 稽古
翌日の昼休み。俺と陽春と達樹と笹川さんはいつものように文芸部の部室に来ていた。
部室には三上部長、雪乃先輩、後藤先輩が居る。でもこの光景も今週いっぱいで終わりだ。今週の金曜日から文化祭が始まる。
「陽春ちゃん、昨日の雫ちゃんは大丈夫だったの?」
雪乃先輩が陽春に聞く。
「はい。早速台本を渡されて、立ち稽古をやったそうです」
「さすがね」
「でも、なかなか勘が戻らないって言ってました」
「そう。でも、風見部長は『さすが上野さんだ』って褒めてたわよ」
「そうですか。じゃあ、よかった……」
そんな話をしていると、不知火が部室に入ってきた。
「よう、不知火。上野さんはどうだ?」
達樹が聞く。
「今日はずっと台本を読んでますね。それよりも周りがすごくて……」
「周り?」
「はい。上野さんがジュリエットをやるって話がすぐに広まっちゃったみたいで……みんなの期待がすごいです」
「なんでそんなにすぐ広まってるんだ?」
「演劇部の連中が話してるみたいですね。上野さんは有名人ですし、劇に出ると聞いたら見に来る人が増えるからでしょう」
「まったく……客寄せパンダじゃ無いんだぞ」
なぜか達樹が怒っていた。
「はぁ……でも、なんか上野さんが遠くに行っちゃったように感じます」
不知火がためいきをついて言う。
「まあ、そりゃそうだな。劇の主役だし、また人気出るだろうなあ」
「ですよね。上野さんが劇に出るのはいいんですけど、せっかく、少しは距離が縮まったって思ったのにまた――」
「そんなことないよ。雫ちゃんは不知火君のこと、大事に思ってるから」
陽春が言う。
「そうですかね……」
「そうだよ。自信持って!」
「はい……でも、このままじゃダメだと思ってて……なんとか関係を変えたいんですけど」
「お! ついに告白か?」
達樹が茶化す。
「告白は……できないですし。しないように言われてますからね。この間も念を押されましたし」
「あー、そういやそうだったな」
達樹が言った。
「でも、俺、正直もう告白したいんです。たとえ断られたとしても俺の気持ちを上野さんに伝えておきたいんです」
「だったら、してみれば?」
陽春が言った。
「え?」
「してみればいいじゃん。失敗したら文芸部に居づらくなるからって雫ちゃん言ってたんでしょ。そこさえ不知火君が気にしなければ問題ないし。私たちも気にしないから」
「そ、そうですね……うん、してみようかな」
不知火もその気になってきているようだ。しかし、心配だな。俺は陽春に聞いてみた。
「陽春、いいのか? そんなこと言って……」
「大丈夫だって。もちろん、ウチと和人も秘かに見守ってあげるから」
俺も告白を見守るのかよ。
「はい! お願いします! ……でも、いつしたらいいでしょう」
「うーん、雫ちゃんは演劇があるからねえ。その前にして動揺させるのは良くないね。演劇のあとがいいかな」
「あとですか。確か、ロミオとジュリエットは文化祭の一日目、金曜日でしたよね」
「そうだね。金曜日の放課後、屋上がいいんじゃない?」
「わ、分かりました! 俺、告白しようと思います! 失礼します!」
不知火は部室を出て行った。
しかし、ついに告白か、大丈夫なんだろうか。心配だ。
◇◇◇
放課後になり、俺と陽春は演劇部の稽古場に向かう。今は空き教室でやっているらしい。
「失礼します!」
陽春が大声で言い、扉を開けた。
「あ、陽春先輩。来ましたね」
上野さんがすぐに駆け寄ってきた。
「うん! ウチが居れば安心だからね」
「はい、ありがとうございます」
「あ、陽春ちゃん来たの?」
そこに近寄ってきたのは見知らぬ女子だ。
「あ、
「そうだよ。あ、彼氏さん?」
「初めまして、文芸部の櫻井和人です」
陽春の友達みたいだし、ちゃんと挨拶をしておくか。
「あ、どうも、演劇部の新部長、
「優花ちゃん、雫ちゃんを大事にしなかったらウチが怒るからね!」
「大丈夫よ、私も守るし。雫ちゃんは演劇部で大事に預からせてもらうから」
「でも、ウチが暇なときは見学に来るから」
「うん、是非来て。感想聞かせてね」
そのとき、風見部長が手を叩いて、稽古が始まった。演劇部は2つの演目をやるらしく、2グループに分かれ、それぞれ稽古を始めた。俺たちはロミオとジュリエットの方に行き、上野さんを見守る。
上野さんが舞台に立つと文芸部の時とは全く違う人物に見える。ほんとにすごいな。ロミオ役は風見部長で、自分で演技指導もしている。他の部員はそれに従うだけという感じだ。時間が無いので切羽詰まっている感じがした。
「佐々木、だからそこは違うって! ここからこう移動して……」
風見部長の容赦ない檄が部員に飛ぶ。だが、上野さんには褒めてばかりだ。
「うん、さすがだね。上野さん。いいよ、今の感じだよ!」
「はい……」
それを見て陽春が小さい声で言う。
「これはこれでやりにくそうだね」
「だな。前も上野さんへのえこひいきが嫉妬に繋がったんじゃ無かったっけ」
「そうだね。原因は部長さんにもありそう。よし!」
陽春が突然立ち上がって風見部長に近づいていく。
「部長! もっとうちの雫にも厳しい指導をお願いします!」
「え? でも……」
陽春の言葉に風見部長が驚いている。
「いえ、私は大丈夫ですから、陽春先輩の言うように厳しく何でも言ってください」
上野さんも言った。
「そ、そうか……じゃあ、気がついたところは言うからね」
「はい!」
それからは上野さんにも細かい部分で指導が入るようになった、うん、これならいいだろう。
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