第246話 緊急事態

 連休が開けた火曜日の放課後。もう文化祭は今週金曜日に迫っていた。

 今日は部活の日だが……ホームルームが終わると委員長の山崎奈美と文化祭実行委員の坂口君が前に立った。


「今日は衣装のフィッティングをしますので、接客係は残ってください」


 坂口が言う。まあ、俺と陽春は関係無いな。だが、達樹と笹川さんは残る必要がある。そして……


「和人君たち、先に行っておいて。私たちも終わったら行くから」


 立夏さんが俺の席に来た。冬美さんは衣装の準備に大忙しだ。


「わかった。それじゃあ、行ってるから」


 俺と陽春は久しぶりに二人で部室に向かった。


「浜辺陽春、櫻井和人、入ります!」


 陽春が言って扉を開けた。中にいたのはいつもの三年生。三上部長、雪乃先輩、後藤先輩。それに、上野さんと不知火の一年生コンビも来ていた。


「遅かったな。今日は立夏さん、冬美さんは休みか?」


「クラスの文化祭準備があるので遅れてくると思います」


「そうか。じゃあ、俺たちも準備を始めよう。まずは飾り付けに何をするか……」


 三上部長が中心となり、飾り付けの案を話し合う。そして、それぞれで準備を始めようとしたときに扉が開いた。


 そこに居たのは見たことがある顔……確か、演劇部の風見舞部長だったな。さらに後ろには何人かの男女がぞろぞろと居る。


「ん? どうした風見? それに演劇部の部員か?」


 三上部長が聞く。


「三上、緊急事態だ。少し時間をくれないか」


「それはいいが……なんだ?」


「上野さん……」


 演劇部の面々は上野さんに向き直った。そして、いきなり土下座をした。


「え? なんですか?」


 上野さんは引き気味だ。


「お願いだ! 上野さん、演劇部を救ってくれないか?」


 風見部長は言う。


「ど、どうしたんですか?」


「実は文化祭でジュリエット役の子が足を骨折してしまって……」


「骨折ですか……」


「そうなんだ。それで急遽代役を立てないといけなくなった。しかし、もう時間が無い。とても間に合わないんだ。このままだとクオリティーを相当落とさないといけなくなる。でも……上野さんはあのとき、ジュリエット役を完璧に演じていた。だから、文化祭だけでも出てくれないか? この通りだ!」


 風見部長は土下座のまま、頭を下げた。後ろでは部員達も頭を下げている。


「こ、困ります……とにかく立ってください」


「いや、私たちは上野さんにひどいことをしたうえに、勝手なお願いをしている。だから、みんなでまずは謝らせてくれ」


「上野さん、ごめんなさい!」

「上野さん、私たちが悪かったわ」


 後ろの面々もそれぞれに謝罪を口にした。


「はぁ……」


 上野さんはため息をついた。


「風見、上野さんが困ってるだろ。ここはいったん、退いてくれないか」


 三上部長が言った。


「し、しかし……このままでは……」


「一度、こちらに下駄を預けてくれ。話し合って結果は伝える」


「わ、わかった。三上、すまん……この借りは必ず……」


「返すとしたら後輩たちに返してくれ。さあ、帰った帰った」


「あ、ああ。上野さん、よろしく頼む……」


 そう言って、演劇部の面々は帰っていった。


 部室に静寂が戻る。三上部長が言った。


「まったく、身勝手な奴らだ。自分たちが困ったからと言って、雫ちゃんに押しつけてきて……」


「そうね。まったくだわ。雫ちゃん、嫌なら私たちの方から断っておこうか」


 雪乃先輩も言った。


「いえ……」


 上野さんは何か考えているようだ。


「もしかして、雫ちゃん、やろうとか思ってる?」


 陽春が聞いた。


「うーん、どうしようか、悩んでます。確かに私は演劇部で嫌な思いはしましたが、優しい先輩も居ましたし。先輩達が困っているところを見捨てたくない思いもあります。それに……」


「それに?」


「完璧な演技で見返してやりたいって思いもありますね」


 上野さんはにやりと笑った。


「そうなんだ……」


「はい。それと昨日の不知火にちょっと感化されたかも知れません」


「え? 俺に?」


 不知火が驚いた顔で上野さんを見た。


「トラウマを不知火は乗り越えましたから。私も演劇部は正直トラウマです。だからこそ、乗り越えたいという思いはずっとありましたし」


「そ、そうなんだ……」


「うん。不知火も昨日頑張ってたから。私も負けないように頑張らないと……」


「じゃあ、答えは決まった?」


「はい、やってみようかと思います」


 それを聞いて三上部長は言った。


「……そうか。まあ、本人がやると言うなら私たちは止めない。しばらくは、演劇部に出向だな」


「はい、頑張ってきます」


 上野さんは立ち上がった。


「え、もう行くの?」


「はい、行ってきます。不知火、一人にしちゃうけど、ごめんね」


「い、いいよ。俺は……上野さんのジュリエットも見たかったから」


「うん。最高のジュリエットを見せるから。陽春先輩、あとは頼みます」


「うん! まかせて!」


「はい。じゃあ、行ってきます」


 そう言って上野さんは出て行った。


「……自ら茨の道を選んだか」


 三上部長が言った。


「こうなったら、ウチ、明日は演劇部を見学に行きます! 雫ちゃんがいじめられないか、チェックします!」


 陽春が言う。まあ、確かに明日は部活は無いしな。


「そうだな。文芸部から視察と言っておこう。浜辺、頼むぞ」


「はい! あ、和人も来てね」


「まあ、そうだな。不知火は……噂になるし行けないか」


「そうですね……上野さんをよろしく頼みます」


 不知火は頭を下げた。



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