第245話 野球観戦②

 俺、不知火洋介は肘を故障して以来、野球を避けてきた。にもかかわらず、今はスタジアムに居て、野球を見ている。何か不思議な感覚だった。もう野球をやっていた自分は過去の自分になったのだろうか……


 試合が始まった。林田のチームは初回の攻撃で先頭打者が塁に出て2番の林田に打順が回ってきた。


「林田君、がんばってー」


 森先輩の声援が飛ぶ。林田は手を挙げて答えていた。


「私、初めてこういう応援するよ。林田君、ホームラン打てるかな」


 森先輩が言う。


「いえ、この場面は……」


 俺が解説しようとする前にピッチャーがボールを投げ、林田はバントした。


「あ!」


 森先輩が声を出す。バントは成功。ランナーは2塁に進む。林田はもちろんアウトだ。


「あー! 残念!」


「森先輩、これは成功ですから」


「え、そうなの?」


「はい。バントと言って、自分を犠牲にしてランナーを進めるんです」


「自分を犠牲に……林田君、偉いねえ」


「偉いというかそういう指示が……」


「まあまあ、不知火君。偉いということにしておこうよ」


 陽春先輩が言った。陽春先輩は元体育会系ということもあって野球も分かるようだ。


「そ、そうですね。林田、偉いです」


 俺も話をあわせた。


 その後、ヒットが出て林田のチームは先制点を挙げた。


 その裏、守備ではセカンドの林田にいきなりボールが飛んでくる。正面の打球なので綺麗に捕ってファーストに送り、アウトにした。


「おー! 林田君、すごーい!」


 ごく普通の守備だったが、森先輩は歓声を上げていた。


 二回表。林田のチームはヒットと四球で満塁にし、林田に打順が回ってきた。


「チャンスですね」


「林田君、今度こそホームラン!」


 森先輩が言う。でも、林田はホームランを打つタイプじゃ無いし、ここは確実にヒットを狙うべきだろう。


 そして、林田は二球目を流し打ちし、打球はライトとセンターの間に転がった。


「キャー!」


 森先輩が大騒ぎする。ランナーは全員帰ってきて3打点。林田は3塁まで進んだ。


「三塁打です! さすが、林田。足が速いですね」


「すごい? すごいの?」


 森先輩が聞いてくる。


「はい、ホームランの次にすごいです」


「やったあ!」


「……菜月がこんなに騒いでるのは初めて見た」


 陽春先輩が言った。


「そうなのか?」


 櫻井師匠が聞く。


「うん、恋ってすごいね……」


 確かに森先輩、もう林田に恋してるっぽいな。


 試合はその後も林田のチームが猛攻で10点差が付き、5回コールドで終わった。


「すごーい、圧勝だね!」


「まあ、まだ県大会の序盤なんで相手も弱いところが多いですね」


「そうなんだ」


 俺は今日は解説者という感じで、森さんと上野さんにいろいろ教えていた。だから、久々の球場を味わう余裕もなく、それが良かったのか、何も悪いイメージは湧かなかった。


 俺たちは球場を出てその周辺で林田たちのチームが出てくるのを待った。すると、しばらくすると、選手達が出てきた。


「林田君!」


 森先輩が林田に声を掛けた。


「あ、森さん。今日はありがとうございます!」


「勝利おめでとう。かっこよかったよ」


「あ、ありがとうございます……また、今度会ってください。連絡します!」


「うん!」


 あ、森先輩、乙女の顔だ。


 そして、俺の周りにも顔見知りの選手が何人か来ていた。


「不知火! 元気だったか?」


「おう、元気だよ」


「何かスポーツはやってるのか?」


「いや、俺はスポーツはもういいよ。文芸部だ」


「えー! おまえが文芸部かよ」


 かつてのチームメイトたちは笑った。だが、悪い気はしない。


「じゃあ、野球の小説書いてくれよ」


「……野球の小説か。いいかもな」


 確かに。スポーツの小説は面白いかも知れないな。


「ああ。楽しみにしてるぞ。また見に来いよ!」


「おう、またな!」


 かつてのチームメイト達は去って行った。


「……思ったより普通に試合を見れて普通に楽しめて、みんなとも普通に話せました」


 俺は先輩たちに言った。


「そうか、もう大丈夫だな」


「はい! ありがとうございました!」


 俺は先輩たちに礼をした。そして、上野さんの方を向く。


「上野さん、今日はいろいろ心配してくれてありがとう。全て上野さんのおかげだよ」


「ううん、よかった。ほんとに……」


 上野さんが珍しく涙目になっている。ほんとに心配してくれていたんだろう


「……和人、お腹空いた!」


 陽春先輩が急に言った。


「わかったわかった。さっき、バスセンターの前で何か催し物やってたな」


「うん! お米フェス!」


「よくわからんけど、それに行くか」


「やった!」


 俺たちはお米フェスで、美味しいものを味わって解散した。


 今日は俺の人生の転機になりそうだ。久々に野球を見ても、俺はそれに悔しさを感じなかった。それは寂しいことであるのかも知れない。だけど、自分は確かに前に進んでいるんだろう。

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