第230話 好きな理由

 その後はすぐ横にある本屋に移動する。森さんと林田はコミックのコーナーでお互いが好きな漫画を紹介し合っていた。


 それを見ていた上野さんが陽春に言う。


「やっぱりいいですね。趣味が合うって」


「そうだね」


「私と不知火なんて共通の趣味なんか無いから、もし付き合っても何もやること無さそうです」


「そんなことないよ。ウチと和人だってあんまり無いから」


 確かにそうだ。


「二人で一緒に夢中になれるものをこれから探していけばいいんじゃない?」


「うーん、そういう考えもありますけど。森先輩を見てると考えちゃいますね。そもそも同じ趣味も無いのになんで不知火は私を好きになったんだろうって……」


「確かにそうだね。聞いてみるか。おーい、不知火君!」


 陽春が不知火を呼んだ。


「え! 陽春先輩! 聞かなくていいですから」


 上野さんが焦っている。


「いいじゃない。せっかくの機会に聞いてみようよ。ねえ、不知火君。なんで雫ちゃんを好きになったの?」


「え? 急ですね」


「いや、なんでかなあって雫ちゃんが言ったから」


「陽春先輩、もういいですから」


「ううん、聞いておこうよ。やっぱり、外見? 可愛いから?」


「それもありますけど、上野さんは俺を救ってくれたんです」


「え、救った?」


 上野さんが驚いて言う。


「うん、そうだよ。陽春先輩、俺は野球を辞めて気力を全て無くしてたんです。だから高校入学しても抜け殻みたいだったんですけど、そんな俺に優しくしてくれて、俺にはその時、上野さんが女神に見えたんです」


「女神……」


「うん、そこから気力が湧いてきて、普通に生活できるようになったんです。だから、上野さんは俺を救ってくれたんですよ。あ、ちょうどいいや。おーい、林田!」


 不知火は林田を呼んだ。


「ん? 何?」


「いや、盛り上がってるところ悪い。俺さあ、高校入学前とかめちゃくちゃ暗かったよな」


「そうだな。あのときはお前が野球できなくなってお前もショックだったし俺たちもショックだったよ。死にそうな顔してたもんな。高校行けるんだろうかって心配してたよ」


「そんなに!?」


 陽春が驚く。


「はい。あのときの不知火はやばかったですね。でも入学してしばらくしたら元気になってたから、俺たちも明るくなって、今は気兼ねなく野球をやれてます」


 林田は不知火に言った。


「お前が暗いままだったら俺たちも野球を全力でやれなかったと思うぞ。明るくなってくれてほんとに良かったよ」


「そうだったのか……」


 不知火も今の言葉に驚いていたようだ。


「しかもこんな可愛い彼女まで作りやがって、このー!」


「……いや、実は彼女じゃ無いんだ」


「え、そうなのか?」


「うん。仲良くさせてもらってるだけ」


「そ、そうか……」


「うん。でも、上野さんのおかげなんだよ。俺が明るくなれたのは……」


「え、そうなんだ。じゃあ、俺たちを救ってくれたのも上野さんってことか。不知火のチームメイトはみんな上野さんに感謝すると思うよ。上野さん、不知火を救ってくれてありがとう!」


 林田が頭を下げた。


「わ、私は何もしてないから……」


「でも、結果的に不知火が明るくなったから。ほんとにお礼を言うよ。おまけに、森さんを紹介してくれて、お前はなんていいやつなんだ」


 そう言って林田が不知火の肩に手を置いたとき、森さんが後ろに来ていた。


「私、おまけなんだ……」


「あ、違う違う、そういう意味じゃ」


「おまけかあ……私」


「違うって、森さんは俺の女神だから!」


「女神って……今日会ったばっかりだよ」


「でも、もう俺には女神にしか見えない」


「うわ、もう口説いてるし……」


「普通に感想言っただけだから」


「普通の感想で口説けるなんて林田君って女ったらし?」


「違うから。もう……」


 なんかめっちゃ仲良くなってないか。俺と陽春は顔を見合わせた。


「これ心配いらないね」


「そうだな」


 結局、森さんと林田は連絡先を交換し、この日は解散となった。

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