第229話 トリプルデート

 土曜日。今日はトリプルデートの日。すなわち、陽春の友人に森さんに彼氏候補を紹介する日だ。


 今日は熊本駅前に集合。俺と陽春、上野さんと不知火は既に駅前に来ていた。そこに森さんがやってきた。


「お待たせ!」


「菜月にしては遅かったね……って、なんか……すっごく頑張ったね」


 赤いロングスカート。上はフリル付きの白いブラウス。髪には珍しくリボン。と、すごく可愛いらしい格好でまとめている。


「いやだって、人生初デートだし!」


「なるほどね。まあいいんじゃない?」


「そ、そうかな。良かった……」


 そこに男子がやってきた。


「あ、来た。おーい、林田!」


 林田と呼ばれた男子は俺たちのところに走ってきた。背は大きくないが野球部だけあって短髪で、体は鍛えている感じ。だが地味な感じの男子だ。


「は、はじめまして、みなさん。林田隆則はやしだたかのりです」


「おー、君が林田君か。先に私たちを紹介してしまうね。カップル2組です!」


 陽春がそう言って俺と腕を組む。上野さんは何もしないので陽春が「不知火君、手つないで」というと不知火が慌てて上野さんの手をつかんだ。上野さんも拒否しないな。


「ということは……」


 一人残った森さんが挨拶する。


「は、はじめまして。も、森菜月です」


「ど、どうも……」


「こちらこそ。なんかごめんね。わざわざ来てもらって」


「い、いえ。こちらこそ。俺なんかを呼んでもらって……」


「私こそだよ。野球部なんでしょ? モテそうだし……」


「いや、全然。森さんこそ、可愛いし……」


「いやいやいや、そんなことないから」


 あれ、初対面だけど結構二人話せてないか? 森さんはもっとしどろもどろになりそうな感じがしたけど。


「なんかいい感じじゃん! そういうことでまずは駅ビル入ろう!」


「陽春先輩……私、お腹空きました」


「よーし、パンケーキね!」


 陽春は俺の手を取って二階のパンケーキ屋に進んでいく。ふと見ると不知火と上野さんも手をつないだままだな。森さんと林田君は少し距離がある。当たり前か。


「さあ、まず注文しようか」


 店に入り、俺たちは注文を済ませた。男子はハンバーガー、女子はパンケーキだ。


「じゃあ、ちゃんと自己紹介しようか。ウチは浜辺陽春! 森菜月の親友だよ。そして和人の彼女!」


「俺は櫻井和人。陽春の彼氏だ」


「私は上野雫。不知火のか……クラスメイトよ」


 俺たちに釣られて彼女と言おうとしてたような。


「俺たちは同じ文芸部なんだ。ただ、森先輩は別の学校だ」


 不知火が言う。


「そう言ってたよな。女子高って」


「うん、そうだよ。あの……私、二年生って知ってるかな」


「はい、知ってます。森先輩、ですよね」


「うん。でも、一応、彼女候補だし、先輩呼びはちょっと嫌かな」


「分かりました。森さんと呼びますね」


 それでもやっぱり敬語か。


 料理が来ると俺たちは食べながら話し出した。


「菜月はね、アニメが好きなんだよ!」


 陽春が言う。


「そう聞きました。今季は何見てますか?」


「そうだね。だいたい見てるけど好きなのは推しの子とか負けヒロインとか逃げ上手とか」


「そのあたりは俺も見てますよ。あとはロシデレとか義妹とか」


「あ、そういうのも見るよね。男子が好きそうだし」


「あ、すみません! 失敗した……」


 林田君が落ち込んでいる。あまり女子には言わない方がいいアニメだったのだろうか。


「ううん、大丈夫。逆に私も女子が好きそうなのは見てるから! 大丈夫だよ」


「そ、そうですか。でも、別にそういうのを好んでみてるわけじゃ無くて、一番見ているのは異世界系です。今期なら杖と剣とか、ダリヤとか」


「ダリヤ! 私も大好き」


「そうですか!」


「でも、原作勢だからアニメは……」


「ああ、分かります! 俺も少し読んでたんでアニメは少し……」


 二人の話が盛り上がりだした。俺は陽春に小声で言う。


(いい感じだな)


(そうだね)


「やっぱり趣味が合うっていいですよね、森先輩」


 上野さんが言った。


「そうだね。話しやすくて話が弾むよ」


「よかった。俺、何話そうか緊張してたんです」


「そうなんだ。実は私も」


「えー! 見えなかったですよ」


「そうかな。ガッチガチだったよね、陽春」


「うん。菜月は男子と話すといつものことだけどね」


「あはは……」


 俺たちは店を出てゲームセンターに上がった。


「さて、ここに来た意味は分かるよね、菜月」


「何?」


「ズコッ!」


 陽春がわざとらしくこける。


「もしかしてクレーンゲーム?」


「そうだよ。菜月の得意な技を見せてあげなよ」


「えー、私にできるかなあ……」


 森さん、めちゃくちゃ得意なのにそんなこと言うのか。


「うわ……菜月、男子にはそんなぶりっ子するんだ……」


「なんでよ。緊張してるから言っただけなのに……じゃあ、ここで」


 森さんはかなり大きめのぬいぐるみの前で立ち止まった。


「え、これ取るんですか?」


「うん。2回はかかるけどね」


 森さんは100円を入れクレーンを動かす。一見すると少しずれた位置だ。そこでクレーンを下ろした。すると、つり上がったが、落ちてしまう。


「あー、惜しい!」


「大丈夫。狙い通りだから」


 確かにぬいぐるみは少し移動していた。そして、二回目にはまた少しずれた場所をつかみ、そこから釣りあげる。やはり、途中で落ちたが見事にぬいぐるみが出口に入った。


「おー!」


「すごいですね!」


 林田君は大興奮だ。


「でも、本当なら男子が女子にいろいろ取ってあげるってのが普通じゃ無いですかね」


「う……確かに」


 森さんが凹んでいる。


「そんなことないよ。ウチの方が和人より上手いし」


「確かにそうだな」


 陽春の言葉に俺も言った。


「へえ。女子が上手いパターンもアリなんですね」


「今はそういう時代だよ」


 まあ、男女平等だからな。男子が、女子が、という時代では無いか。


「森さん、俺にもやり方教えてよ」


「うん、いいよ!」


 俺も勉強になりそうだし、聞いておくか。そこからしばらく森さんのクレーンゲーム講座が続いた。

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