第228話 馬追

 金曜日の昼休み。いつもの4人で文芸部の部室に向かう。


「浜辺陽春、櫻井和人、笹川理子、小林達樹、入ります!」


 陽春が扉を開けると、いつも通り三上部長、雪乃先輩、後藤先輩が居た。しかし、この光景も今月限りか。


 弁当を食べていると外からラッパの音が聞こえてきた。


「あー、もう今週末か」


 達樹が言う。そうだ。今週末は藤崎宮ふじさきぐう例大祭れいたいさい。熊本市では一番大きなお祭りだ。馬追うまおいと言って飾り馬共に市民が街を練り歩く。そのときにラッパを鳴らしながら「どーかいどーかい」というかけ声をかける。その練習が行われているのだ。


「しまった、そうだった」


 俺はようやく思い出した。


「どうしたの? 和人の家って、馬追のルートのすぐ近くだよね」


「そうなんだよ。だからあの日は家に居られない」


「え? なんで?」


「うるさくて寝てられないし、会話も出来ないし、テレビも何も見られないよ」


「そうなんだ。祭りは観に行かないの?」


「もう十分見てるし。だから、この日はいつもどこかにでかけてるんだ」


 その話を2週間ぐらい前に親としたのを忘れていた。親たちはどこかに出かけるらしいが、俺は陽春と一緒に居たいので、行かないと言ったんだった。ということはどこか逃げ場所を探さないといけない。


「陽春、馬追の日は家に遊びに行っていいか?」


「うん、いいけど、何時頃に来るの?」


「……8時」


「8時って朝? さすがに早いね」


「そのぐらいにはもう家の周りが騒がしくなるし、交通規制が始まるから」


「そっか。だったらもう泊まったら?」


 陽春が言う。泊まりか。今まで上野さんは陽春の家に良く泊まっているが、俺は一度も無かった。


「そう……だな。朝早く行くのも悪いし」


「お、ついにお泊まりか?」


 達樹が茶化して言う。


「そういうのじゃないからな。あくまで祭りからの避難だ」


「でも泊まるんだからいろいろやれるよな」


「いろいろって……」


「櫻井、わかってるよね。節度を持った――」


「分かってるから」


 笹川さんの言葉に言い返す。


「そういうことはしない。陽春、ちゃんと節度を持って泊まらせてもらうから」


「う、うん……わかった。じゃあ、親に連絡しておくね」


 陽春はスマホを操作し始めた。


「ところでお前たちは泊まったりしてるのか?」


 達樹に聞いてみる。


「……泊まりは無いかな」


「うん。無いね」


 達樹たちもまだだったか。


「やった! 一歩リード!」


 陽春が喜んでいる。


「あ、先輩達は当然ありますよね?」


 達樹が三上部長と雪乃先輩に聞く。


「……ノーコメントだな」


 三上部長は言った。雪乃先輩はそっぽを向いている。


「お前なあ、俺の前でそういうこと聞くなよ」


 後藤先輩が達樹に言った。


「あ、すみません! つい……」


「だけど、まだ高校生だしそういう行為はほんとに注意しろよ、櫻井」


「はい、わかってます」


 後藤先輩にも釘を刺されたし、用心しなくては。


 すると、そこに珍しい声が響いた。


「上野雫、入ります」


 上野さんが昼休みに部室に来るのは珍しい。


「雫ちゃん、どうかした?」


「いえ、『航路』を読み終わったので本を返しに来たのと感想を言いに……」


「どうだった?」


 雪乃先輩が聞く。


「すっごく良かったです! 最後は泣きましたよ。久々の号泣でした。確かに傑作ですね。お二人を結びつけるだけはあります」


「そうでしょ。良かった、気に入ってくれて」


「はい、最高でした」


「えー、雫ちゃん! だったら次、私が読む!」


 陽春が言う。


「あ、いいですよ。どうぞ」


 陽春が上野さんから『航路』上下巻を受け取った。


「……結構分厚いね。読めるかな」


「ジャンルは一応SFですけど読みやすいから大丈夫ですよ」


「そっか。チャレンジしてみる。今度の連休で読もうかな。あ、連休、和人来るんだった」


「別に読んでてもいいぞ」


「え、櫻井先輩。陽春先輩のうちに行くんですか。だったら、私、また泊まろうかな」


「だめ。和人が泊まるから」


「え! 櫻井先輩が陽春先輩の家にですか。ついになんですね……」


「そういうことじゃないから」


「でも、準備万端でしたよね。この間も――」


「わー! 言わなくていいから」


 陽春が慌てて上野さんを止めた。


「アハハ……和人、お泊まりは楽しみだね」


「そ、そうだな……」


 あくまで、節度を持って接しなくては……


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