第227話 いつもの部活
放課後になった。陽春が俺の席に来る。
「ウチの彼氏! 文芸部の時間だよ!」
「そうだな。行くか」
「和人君、私たちも準備できたわ。行きましょう」
いつものように立夏さんと冬美さんも来て4人で進む。
「浜辺陽春、櫻井和人、高井立夏、長崎冬美、入ります!」
陽春が言ってドアを開けた。中には三上部長、雪乃先輩、後藤先輩が居た。
「おー、みんな来たな」
「部長! 今日は何するんですか?」
「何もしないぞ」
「え!?」
「来週には部誌が納品されて、新部長も決まって忙しくなる。だから、今日は最後ののんびりできる部活ってわけだ」
「のんびり……確かにそうですね」
のんびりか。部誌を作る前まではただ本を読んで、感想を言ったりして、帰るだけののんびりした活動だった。そういう風に部長たちとすごせるのは今日が最後ってことか。
陽春もそれに気がついたようだ。
「うぅ……ぐすん……三上部長、雪乃師匠!」
陽春が二人に抱きつく。
「陽春ちゃん、私たち3人しかいないときによく毎週ここに来てくれたわね。私たちはあなたに救われたわ」
「そんなことないです。私も楽しかったです! うぅ……」
「でも、今日でお別れじゃ無いから。もう少しだけどまだ先があるのよ」
「はい……うぅ……」
陽春は2人から離れた。
「……なんか俺が来なくなって悪かったな」
後藤先輩が言う。
「いいのよ。仕方ないじゃない、あれは」
「まあ、そうだけど……浜辺には迷惑掛けた」
「ぐす……いいですよ、もう。おかげで和人を誘うことも出来ましたし、今は幸せですから」
「そうか……」
でも、なかなか陽春が泣き止まないので俺が頭をなでてやる。
すると、一年生が来た。
「上野雫、不知火洋介、入ります」
上野さんは入るなり、陽春を見て言った。
「ど、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「陽春ちゃんは大丈夫よ。最後の通常部活だって分かって、ちょっと涙腺に来てるだけ」
冬美さんが言う。
「そうですか。びっくりしました。てっきり、櫻井先輩と別れることになったのかと」
「別れるわけないでしょ! もう……」
その言葉で陽春の涙も引いていったようだ。
「まったく……今日は通常回だし、本でも読もうっと」
陽春は後ろの本棚に行った。俺も行ってみる。
「和人、何読んだらいいかな」
「そういえば、この間の邪神ちゃんの時に『三体』ネタが出てきただろ」
「そうだったね。じゃあ、『三体』読んであのネタがわかるようになろうかな」
陽春は中国SF『三体』を持って席に帰った。
俺は何にするかな。悩んでしまい、三上部長に相談することにした。
「部長、何読んだらいいでしょうね」
「そうだな。櫻井は古いSFはあまり読んでないんだったな。だったら、アシモフの『夜来たる』だな」
「『夜来たる』ですか。確かに本棚にありますね。なんか古典って感じがします」
「実はアシモフの出世作だぞ。面白いから読んでおけ」
「わかりました!」
早速、俺は『夜来たる』を読み出した。
ふと見ると、三上部長、雪乃先輩、そして立夏さんはキーボードを打っている。部長と雪乃先輩は確か小説をまだ書いていたはずだ。じゃあ、立夏さんは何だろう?
「立夏さん、何か書いてるの?」
「そうよ。私は新しい小説を書いてるの。部誌で初めて小説書いてみたら楽しくなっちゃって。別の小説も書き始めたのよ」
「すごいな」
「すごくないから。自分が好きで書いてるだけ」
立夏さんはこの部に入ってやりたいことを見つけた感じだな。
あとは、不知火は何を読んでるんだろう。聞いてみた。
「あ、これは『十角館の殺人』です。雪乃先輩がこれを読めと」
有名なミステリーだ。
そういえば、不知火にSFを読ませるかミステリーを読ませるか、とか部長たちがもめてたっけ。今はミステリーか。『氷菓』も気に入ってたし、不知火はミステリーの方がいいのかも知れないな。
「ところで上野さんは何読んでるの?」
「……恥ずかしながら、まだ『航路』を読んでます」
「え、そうだったの?」
コニー・ウィリスの『航路』。入部した当初に読まされてた本だ。部長と雪乃先輩が付き合いだしたきっかけとなった本である。
「はい、あれから忙しくて。邪神ちゃんとか漫画も読んじゃって。なので、部室では『航路』を読もうと」
「そうか」
一時間ぐらいたって、コーヒーブレイクになった。
「『航路』はどう? 雫ちゃん」
雪乃先輩が聞いた。
「はい、だいぶ面白くなってきました。下巻に入りましたし」
「よかった。もう少しでもっと面白くなるわよ」
「楽しみです」
「そういえば、陽春は『三体』どうだ?」
「うーん、無理かも。眠くなってきた」
ちょっと難しかったかな。
「私、やっぱりアニメや漫画がいい」
陽春はまあそうだな。
「あ、そういえば、陽春先輩に聞こうと思ってたんです。今季アニメのお勧めって何ですか?」
不知火が聞く。そういえば、不知火は『氷菓』を見るためにアニメのサブスクに入ったって言ってたな。
「うーん、そうだね。やっぱり『負けヒロインが多すぎる』かな」
「負けヒロイン……」
「うん。恋に破れた負けヒロインがたくさん出てくるんだけど、負けヒロインがかわいいのよ。それで、負けヒロインと――」
「陽春ちゃん……」
急に立夏さんが声を出した。
「え、何?」
「あんまり負けヒロイン、負けヒロインって言わないでくれる?」
「え? ああ……ごめん」
「自分が勝ちヒロインだからって……あんまりだわ」
「そういう意味じゃ無かったんだけど……ごめんね。でも、負けヒロインいいアニメだから――」
「聞きたくないから」
立夏さんはかなり不機嫌になってしまった。
コーヒーブレイク後はまた読書に戻る。そして、しばらくしたときだった。
「え!?」
『航路』を読んでいた上野さんが急に声を出した。
「雫ちゃん、どうしたの?」
「いえ……雪乃先輩、下巻の途中なんですけど、なんか大変な展開になって……これって……」
読んでいる『航路』の話のようだ。
「雫ちゃん。そういうことなのよ」
「す、すごいですね。この小説。だって……」
「雫ちゃん、ネタバレはしないようにね」
「は、はい……わかりました……」
ああ、あそこだな。俺には分かった。かなりびっくりするシーンだ。
「えー! 雫ちゃん! 何が起こったの!? あとで教えて」
陽春が言う。
「ダメです。自分で読んでください」
「えー! 気になる!」
たぶん、このあと陽春は読むことになるだろうな。
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