第215話 理由

 水曜日。今日は部活が無い日だ。


「和人! 帰ろうか」


 陽春が俺の席に来る。既に達樹は笹川さんを送って教室を出ている。俺と陽春はバイトも辞めたし、放課後に何の予定も無かった。


「うーん、何も予定無いと手持ちぶさただな」


「じゃあ。どこか遊びに行く?」


「それもいいけど、毎回行くわけにも行かないし」


「そっか……じゃあ、部室行く?」


「部室? 今日は部活無いだろ」


「うん。でも部長たちは来てると思うよ」


「そうなんだ」


 そういえば前に陽春がそう言っていたような気がする。


「久しぶりに部室で本を読むのもいいな」


「でしょ。じゃあ、行ってみようか」


「そうだな」


 俺たちは部室に向かった。


「今まで部活がない日に部室に行ったことは無かったよな」


「そうだね。出来るだけ行かないようにしてたし」


「そうなんだ。なんで?」


「だって……部長たちが居るでしょ?」


「それで、居たらなんなんだ?」


 どういうことだ?


 そして、いつものように部室の前に来た。陽春がいつもの言葉を言う。


「浜辺陽春、櫻井和人、入りま――」


「陽春ちゃん、ちょっと待って!」


 雪乃先輩の大きな声が聞こえた。今までこういうこと無かったよな。何だろう。

 陽春がニヤリと俺を見た。なんだ?


「……いいわよ」


「入ります」


 ようやく陽春が扉を開ける。いつも通り、三上部長がいて、その横に雪乃先輩が居た。俺たちは席に着く。ん? 良く見ると雪乃先輩の髪が乱れているような……


「め、珍しいわね……部活がない日に陽春ちゃんたちがくるなんて」


「はい。そろそろ来た方がいいかなって思って」


「どういうこと?」


「だって、10月からは部長達はいなくなっちゃいますし、そうなると、私たちが使うことになりそうですし」


 俺たちが使う? どういうことだ?


「陽春、よく分からないな」


「和人、なんで私が部屋に入る前に名前言ってると思う?」


 言われてみると理由は分かっていなかった。


「さ、さあ……気分の切り替え?」


「前ね、3人で部活してたとき――」


 部員が陽春と三上部長、雪乃先輩だけだったときか。


「部活無い放課後に部室に来て勢いよく扉開けたら、すっごい怒られちゃって……」


「陽春ちゃん! そのときのことは言わないって約束でしょ」


「何見たかは言ってませんので」


「そ、そうだけど・・…」


「それ以来、入るときには名前言うようにしてるんだよ」


「な、なるほど……」


 扉を開けて何を見たかは陽春は言わなかったが、だいたい想像は付く。あまり想像してはだめだけど。


「部長達が去ったあとは私たちが部室を使えるかなあって」


「いいけど気を付けてよ」


 雪乃先輩が言った。


「えっと、もしかしてお邪魔でした?」


 俺は聞いてみる。


「いや、大丈夫だぞ。部室は部員のものだからいつ来ても構わない。言っただろ」


 三上部長が言う。


「そうですけど……」


「今日は何か用があったのか?」


「いえ、逆にやること無くて来てしまいました」


「そうか。だったら、文化祭の出し物を考えてくれ」


「出し物?」


 文芸部でも何かやるのか。


「部誌だけではダメなんですか?」


「もちろん。部誌は売るが、それ以外に集客のためのイベントも必要だぞ」


「なるほど……ちなみに去年は何をやったんですか?」


「去年はね、文学クイズ大会!」


 陽春が教えてくれた。


「へー、それはそれで面白そうだな」


「でしょ。でも、集客は全然だったよ」


 まあ文学に興味ある人しか来ないか。


「だから今年は人狼やりませんか!」


 陽春が部長たちに言う。そういえば、文芸部でやれないかって言ってたか。


「うーん、あんまり文芸部と関連が無いな」


 部長は否定的だな。


「そんな……」


「だったら、マーダーミステリーはどう?」


 雪乃先輩が言った。


「まーだーみすてりー?」


 陽春は知らないようだ。まあ、俺も存在は知っているが、やったことは無い。


「ミステリー小説のロールプレイみたいなゲームよ。物語の登場人物になりきって、誰が犯人かを当てるの」


「面白そう! やりたい!」


 すぐに陽春が興味を持った。


「陽春、いつも見ているボードゲーム売り場の横にも売ってあったぞ」


「あー、何かよく分からないアレか」


「あれならミステリーだし、文芸じゃないかな。ね、大地」


 雪乃先輩が部長に聞いた。


「まあ、そうだな。企画案の一つでいいんじゃないか。浜辺と櫻井で企画案を書いてくれ」


「はい!」


 俺もかよ。陽春が嬉しそうだからいいか。

 残りの時間は陽春の企画書作りを手伝った。

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