第216話 噂

 木曜日の昼休み。今日も文芸部のお昼休みに部室に向かった。


「浜辺陽春、櫻井和人、笹川理子、小林達樹、入ります!」


 いつも聞いていた言葉だが、何のために言っていたかを知ってしまうとまたちょっと違うな。

 部室にはやはり三上部長と雪乃先輩が居た。もしかして昼休みに来てるのもお邪魔だっただろうか、と考えてしまった。


「櫻井? 何か変なこと考えてるか?」


「いえ、大丈夫です」


 部長の言葉には何も応えず俺はいつも通り席に座り、いつも通り弁当を食べた。


 すると、扉の前で声がした。


「不知火洋介、入ります」


 不知火が入ってきた。


「どうした?」


 達樹が聞く。


「先輩、上野さんが……」


「何かあったのか?」


「全然話してくれません!」


「あらら」


 またか。だいたい不知火が何かやらかして、上野さんが怒るというパターンだな。


「今度はなにやらかしたんだ?」


「何もやらかしてないですから。なのに、なんだか避けられてるんですよね」


「そう? 部室では普通に話してなかった?」


 陽春が聞く。


「はい、部室では普通でした。でも、教室では全然で……何か怒ってるのかもしれません」


 うーん、でも部室で普通なら怒っているとは考えにくいな。


「陽春、直接聞いてみたら?」


 笹川さんが陽春に言う。


「そうだね」


 陽春はスマホを取り出し、メッセージを送り出した。しばらくすると返信があった。


「別に怒ってないって」


「えっ! そうなんだ……いや、怒っている理由を言いたくないのかも」


 不知火が言うが、陽春がそれに対して言う。


「雫ちゃんはウチに嘘つくようなことは無いと思うよ」


「そ、そうですよね……」


 上野さんは陽春を慕っている。よほどのことが無ければ嘘はつかないだろう。


「なんなんだろうね……」


 結局陽春も分からない状態だ。


 そこに扉をノックする音がした。

 上野さんか?


「生徒会です」


 またか。考えてみたら上野さんがノックするわけが無かった。


「失礼します」


 入ってきたのは川中美咲だった。


「こんにちは、みなさん。和人君も」


「えっと、誰?」


 笹川さんが不審そうに見る。一応、この間は滝沢の横に居たはずなんだけどな。


「あ、生徒会書記をやっています、1年の川中美咲です。和人君とは幼馴染みで――」


「先輩に対して『和人君』はおかしいんじゃない?」


 笹川さんが言う。


「あ、すみません。和人先輩って呼ぶね」


 川中さんが俺を見た。


「俺は川中さんって呼ぶから」


「え!? 美咲でいいよ」


「だめだ。俺には彼女が居るし」


「そっか。わかったよ、和人先輩」


「なんかムカつく……」


 笹川さんが小声で言ったが、川中さんには聞こえているだろうな。


「あ、不知火君も居たんだ。文芸部だもんね」


 川中さんが不知火に気がついて言った。そういえば同じクラスだったな。


「う、うん……」


「でも、上野さんのそばに居なくて良かったの?」


「え、なんで!?」


「だって、噂になってるよ。夏休みに二人が一緒に食事してたって」


「そ、そうなの!?」


 そういえば夏休みの文芸部に来る前に上野さんと不知火は一緒に食事していたって言ってたな。それが見られてたのか。


「あー、それでだ」


 陽春が言った。


「何が?」


「上野さんが不知火君と教室で話さないの。噂を気にしてるんじゃない?」


 そういうことか。上野さんは気を使っていたんだ。でも、部室では気を使う必要が無いから普通に話していたのか。


「上野さん、俺のことを思って……うぅ……でもどうしたらいいんだ」


「川中さん、その噂って付き合ってるとかになってるの?」


 陽春が川中美咲に聞いた。


「うーん、そこまでじゃないと思います。仲いいからちょっと怪しいねって程度です」


「そっか。だったら、不知火君も気にしないで。しばらくしたら噂も収まるだろうし、そうしたらまた話してくれるよ」


「そ、そうですね。分かりました」


 不知火も安心したようだ。


「それで、川中さんは何しに来たの?」


 笹川さんが聞く。


「あ、そうでした。部長、この書類を書いてくれと会長が……」


 川中さんが三上部長に書類を渡す。


「ふうん、その書類で来たんだ。前回は滝沢君自ら来たのに今日は川中さんだけか」


 笹川さんが言う。


「別に会長は笹川先輩を意識してるわけではありませんよ。書類一枚渡すだけですので私一人で十分です」


「……なにその言い方。川中さん、もしかして私のこと知ってるんだ」


「はい、会長とのご関係は存じております」


 笹川さんを正面から見て川中さんが言った。なんか、バチバチ感あるな。そういえば、川中さんって生徒会長と噂になってるんじゃなかっただろうか。そういうことか。


「ふうん……」


「でも、笹川先輩は私のことはご存じなかったみたいで」


「知るわけ無いでしょ。生徒会に興味ないもん」


「そうですか。それは良かったです」


「はあ?」


「いえ、こちらの話です。失礼します」


 川中美咲は去って行った。


「なんかムカつくわね、あの子……」


 笹川さんは言った。


「……あの噂は本当っぽいね、和人」


 陽春が俺に言う。


「そうだな」


「何その噂って?」


「理子にはあとで教えてあげるね」


 まあ、それがよさそうだ。

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