第207話 立夏の告白

 月曜のバイトを終え、今日は火曜日。部活の日だ。


 部誌はほぼ完成しているというのに文芸部の部室には全員が揃っていた。陽春は表紙を完成近くまで書き上げている。結局、前の表紙に人物を付け加えることで完成させようとしていた。


「どうかな?」


「なかなかいいんじゃないか?」


「陽春先輩、私も見たいです」


「いいよ」


 上野さんがのぞき込む。


「……いい絵ですけど、これ私ですか?」


「そうだよ」


「本物はもうちょっと可愛い気がしますけど」


「う……少し描き直すね」


 立夏さんは冬美さんと小説をチェックしている。


「立夏、俺が見なくてもいいのか?」


 合宿までは立夏先輩の小説をチェックしていた後藤先輩は心配そうだ。


「はい、完成品を後藤先輩には見ていただきたくて。あれからどう変わったのか、サプライズをしたいので楽しみにしていてください」


「そうか、まあ、それならいいが……」


「後藤君、こっちも手伝ってね」


「あ、ああ」


 雪乃先輩と三上部長、そして後藤先輩は文化祭の準備だ。部誌を何部発注するか、いくらにするか、そして、部員の配置予定などを考えている。


 不知火は上野さんに手伝ってもらって書評が完成したようだ。


「ありがとう、上野さん。手伝ってもらわなかったら完成しなかったよ」


「別に。同じ部員だから当然でしょ」


「そうだけど、お礼したい」


「……勝手にすれば」


 不知火も少し積極的になったかな。


◇◇◇


 あっという間に部活の時間は終わった。帰ろうとするところを呼び止められる。


「和人君……このあと、ちょっと時間いいかな?」


 立夏さんだ。


「え?」


 思わず陽春の顔を見る。


「行ってきて、和人」


「……わかった」


 陽春の顔が何か複雑な顔だった。立夏さんの話に見当が付いているようだ。だったら行っても問題ないのだろう。


 冬美さんと上野さんが立夏さんに話しかけた。


「立夏、しっかりね」

「立夏先輩、頑張ってください」


「うん……ありがとう。じゃあ、和人君。ちょっといいかな」


「わかった」


 立夏さんに連れられ部室を出る。立夏さんが俺を連れてきたのは、俺たちの教室だった。夏休み中なので当然誰も居ない。


「和人君、わざわざごめんね」


「いいよ。で、何の話なんだ?」


「和人君、私……あなたが好きです」


「え?」


「去年傘を借りたときから気になり始めて、秘かに見てたらだんだん好きになって、二年でも同じクラスで……でも、気がついたら陽春ちゃんと仲良くなってて……文芸部に入ってももう遅かったけど……やっぱり好きだから」


「立夏さん……」


「ここで、告白させてください。和人君、好きです。付き合ってください」


 立夏さんは俺を見つめて言った。


 だが、俺の答えは最初から決まっていた。


「……ごめん、俺には陽春がいるから」


「……そうだよね。わかってる。だから迷惑だと思うけど、ここで区切りを付けさせてもらおうと思って……」


「立夏さん……」


「今までありがとう。これまで迷惑掛けたけど、陽春ちゃんと幸せにね」


「今までって……立夏さん、文芸部は続けるんだよね?」


「和人君が迷惑じゃ無ければ続けたい」


「迷惑なわけ無いよ」


「ありがとう。じゃあ、続けるね。私の小説、楽しみにしてて」


「うん、わかった」


「じゃあね、和人君。さようなら」


 立夏さんは小走りに教室を出て行った。


 俺はしばらく呆然としていた。人生で初めて告白された。それも高井立夏というクラスの2トップの一人に。だけど、断るしか無かった。俺には陽春が居るから。


 すごい罪悪感がある。告白を断るって、つらいことなんだな。


 俺はとぼとぼと教室を出て、文芸部の部室に戻ろうとした。すると、そこには俺の荷物を持った陽春と上野さん、不知火が居た。


「陽春……」


「和人……」


 陽春は俺を抱きしめてきた。俺も陽春を抱き返す。


「陽春は知ってたのか? 立夏さんが告白するって」


「うん、事前に聞かされてたから」


「そうか。断ったよ。俺には陽春しか居ないって」


「うん。信じてた」


「……信じてくれてありがとう」


「うん、和人、大好き」


「俺もだ、陽春」


 しばらく俺たちはそのままだった。


「……陽春先輩」


「うわ!」


 陽春が上野さんがいたことを思い出し、慌てて俺から離れた。


「ここは人目に付きますので移動しましょうか」


「そ、そうだね」


 俺たちは校舎を出た。上野さんが言う。


「でも、櫻井先輩に見せたかったですね。陽春先輩の様子」


「え?」


「すごーく心配してましたよ。もし立夏さんと付き合い出すって言われたらどうしょうって」


「……陽春、信じてたんじゃなかったのか?」


「信じてたよ! 信じてたけど……もしもってこともあるでしょ!」


「ふふ、『信じる』とも言ってましたから許してあげてください」


 上野さんがフォローした。


「そうか……」


「立夏ちゃん、大丈夫かな。夜、電話掛けてみようかな」


「陽春先輩が今日かけるのはやめておいたほうがいいでしょうね」


「……そうだよね」


「立夏先輩には冬美先輩も付いてましたし、たぶん大丈夫です。それに他にも慰める役目の人が居ますし」


 上野さんが言った。

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