第205話 花火大会③

 達樹と笹川さんがようやく帰ってきた。唐揚げにポテトにたこ焼きまで買ってる。


「理子、すごい!」


「たこ焼きが結構すぐ買えたから。後は手分けして買ってきたよ」


「ありがとう!」


 陽春は上機嫌だ。

 食べ物を食べ出してしばらくしたら花火が始まった。


「うわー! すごい!」


 陽春が大声を上げる。


「じゃ、ここからはカップルタイムね」


 そう言って達樹と笹川さんは離れていった。あいつら、またイチャイチャしそうだな。


 笹川さんがカップルタイムと言ったことで俺と陽春、不知火と上野さんというようにはっきりと場所が別れてきた。


 陽春が俺の腕に抱きついてもたれかかってくる。


「雫ちゃんたちには負けてられないからねえ」


「だな」


 俺も陽春の肩を抱きかかえた。


「ふっふっふっ。ここまでは雫ちゃん達も出来ないだろうし」


「なんでまだ付き合ってないカップルに張り合ってるんだよ」


「だって、さっきの雫ちゃんにキュンって来ちゃったから。負けられないよ」


 そう言って上野さんの方を見た。


「うーん、あっちはさっきと同じ体制か」


 確かに。寝ていたときと同じく、不知火に上野さんがもたれかかっている。


「手は握ってるかなあ」


「よく見えないけどたぶん……」


「さっきはいつの間にか握ってたって言ってたけど」


「不知火によると上野さんから握ってきたらしいな」


「マジで!」


 陽春が大声を出す。


「……陽春先輩、何ですか?」


「ごめん、ごめん、雫ちゃんから手を握ったって聞いて」


「え!? 何言いだすんですか!」


「もしかして、今も握ってる?」


「握ってませんから」


「そうなんだ。じゃあ、握ったら?」


「そんなことしませんし……」


「じゃあ、不知火君から!」


「え!?」


「そうだな、不知火。勇気出せ」


 俺も陽春の言葉に乗ってみた。


「は、はい!」


「ちょ、ちょっと! ……まあ、いいけど。今日だけだからね」


 どうやら不知火が勇気を出したようだ。


「ふふ、良かった」


 陽春も嬉しそうだ。だが、表情が変わった。


「でもなあ、うーん……」


「どうした、陽春?」


「雫ちゃんたちが進んでいる分、ウチたちも進みたい!」


「は?」


「絶対に追いつけないところまで進んでおきたいよね」


「何する気だよ」


「そりゃこれでしょ」


 そう言って俺の方に顔を寄せてくる。


「マジ?」


「マジ。大マジ」


「見られるぞ」


「雫ちゃんたちならいいでしょ」


「いいのかよ」


 そう言いながらも俺は陽春に軽く口づけした。


「ふふ、これで絶対に追いつけない!」


 陽春はガッツポーズをした。


「陽春先輩、見てますからね」


「あら? 見てた?」


「あんまり公共の場では――」


「わかってるから。でも、これで雫ちゃん達には絶対負けないし」


「あのー、私たち、そもそも付き合ってないですからね」


「あ、そうだったね。でも、むしろ付き合ってないのにああいうことしてる方がなんか……」


「い、言わないでください!」


「ウフフ」


 陽春は上野さんをいじめて楽しそうだ。


 花火が終わり、笹川さんと達樹が戻ってきた。


「ん? 理子、顔赤いけど大丈夫? 熱中症じゃない?」


「あ、大丈夫、大丈夫。ちょっといろいろ……」


「いろいろ?」


「うん……もう、達樹のせいだからね!」


「ニャハハ、ごめん、ごめん、やりすぎた」


「周りに人居るんだから、もう」


 そう言いながら本気で怒る様子は無さそうだな。何をしていたのかは知らないけど。


 帰り道は行きの何倍も混雑した。人混みに弱い上野さんはかなりきつそうだ。不知火が手を引いてる。これは必要な行動だな。なんとか、バス乗り場に着いたが、そこからもかなり待つことになった。


「陽春先輩、私、来年は来ないかも知れません……」


 人混みの多さに上野さんがギブアップ気味だ。


「えー! でもそっかあ……ちょっときつかったよね。ごめんね。無理に誘って」


「いいですけど。楽しかったですし」


「ふうん、楽しかったんだ。どの辺が?」


「花火綺麗でしたし、たこ焼きも美味しかったですし」


「それだけ? 他にもあったんじゃ無いかなあ?」


「ありましたけど、言いませんから」


「そっかそっか。まあ、来年はわざわざこういうイベントに来なくても2人で楽しめるようになってるだろうしね」


「……きついんですから、あんまりいじめないでください」


「ごめんごめん! うぅ……雫ちゃん、かわいい!」


 陽春は上野さんを抱きしめた。


「あ、暑いですから……」


 その後は陽春が上野さんを独占して帰りのバスも横に座り、俺は不知火と横に座った。


「陽春がごめんな」


「あ、いえ……でも今日は陽春先輩のおかげで花火の時も手を握れましたし」


「そうだったな。かなりいい感じだったよな。何話したんだ?」


「あんまり話はしてないですけど。花火が綺麗って話ばかりで」


「そうか」


「でも、体が密着してたので、やばかったです。花火のムードですかね」


「そうかもな。俺と陽春が付き合う前にもあんな事無かったぞ」


「え、そうなんですか?」


「そうだよ。だから、お前達も半分恋人同士みたいなもんだな」


「うーん、でも、本物の恋人になるには壁がありますし……」


 そうだった。不知火は告白しないように言われているんだった。


「ここまで来たら、その壁を乗り越える方法を考えてみてもいいんじゃないか?」


「え? そんなことできるんですかね」


「それは自分で考えてみるんだな」


「そうですね。今まであきらめてましたけど、ここまで来ましたし……考えてみます!」


 きっと何か方法があるはずだ。

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