第204話 花火大会②

 バスが駐車場に到着したが、ここからさらに歩くことになる。

 ようやく会場に到着したときには上野さんはかなり疲れていた。


「雫ちゃん、大丈夫?」


「はい……大丈夫です……」


 そう言っているが、しばらく休ませた方が良いだろう。


「とりあえず、ここに陣取ろうか」


 陽春が決めた場所にレジャーシートを敷く。6人分なのでかなり広めだ。


「じゃあ、カップル毎に座ろう!」


 上野さんが何か言うかと思ったが、何も言わずに不知火の横に座った。というか、かなり距離が近い。


「不知火、ごめん、ちょっと休ませて」


 そう言うと上野さんは不知火の肩にもたれた。


「マジか……」


 達樹がそれを見て驚いている。俺はロアッソの試合に行ったときのバスで見てはいたけど、素直にもたれているのは少し驚きだった。


「雫ちゃん、かわいいね」


 笹川さんが陽春に言う。


「だよね」


「あんなことされたら不知火君、メロメロじゃない?」


「もう十分メロメロだから」


「それもそうか」


「……先輩達……聞こえてますからねえ……」


 上野さんが力無い声で言う。


「ごめん、ごめん。ゆっくり休んでて。さあ、ウチたちは買い出しに行こうか!」


「そうだな」


 今日は出店でみせが大量に出ている。そこでいろいろな物を買って食べる計画だ。


「じゃあ、ウチと和人で焼きそばね。理子たちはどうする?」


「うーん、たこ焼きかな。いろいろ見てみる」


「わかった!」


 俺たちは少し離れた焼きそば店のところまで歩いてみた。


「ん? ここの人、全部並んでるのか?」


「そうみたい……」


 とにかくたくさんの人が店に並んでいる。


「これ、買えるんだろうか……」


「買えるんだろうかじゃない! 買うの!」


 そう言って陽春は最後尾の列に並んだ。仕方ない並ぶか。


 だが、なかなか列は進まない。これはかなり時間がかかりそうだ。


「そういえば、上野さんと不知火を置いてきたけど大丈夫かな」


「何言ってるの。二人きりの時間が長くなるんだからいいでしょ」


「……それもそうか」


 列が進まなくて暇だから花火大会の会場をぼーっと眺める。すると、見覚えのある人物を見つけた。


「陽春、あれ部長たちじゃないか?」


「ほんとだ。おーい!!!」


 陽春が大声で呼ぶ。こういうとき、陽春の大声は便利だ。部長と雪乃先輩が気がついて近づいてきた。雪乃先輩は宣言通り浴衣だ。


「陽春ちゃん、並んでたんだ」


「はい! 雪乃師匠、すっっっごく綺麗です!」


 陽春が褒めるのも分かる。日本美人という感じで紺の浴衣がすごく似合っていた。


「そう? ありがと。大地の反応が薄かったからあんまり似合ってないかと思ったんだけど」


「そんなことないですよ。 部長! なんで褒めてあげてないんですか?」


「いや……雪乃のこういう姿を見るのは初めてなんでちょっと照れてな」


「大地、いまさら私に照れてたの?」


「そりゃそうだろ。あまりに綺麗だから……」


「ふふ、綺麗って言ってもらっちゃった」


 雪乃先輩のいつも凜としている姿からは想像できないほど甘えた表情だった。思わず俺も見とれてしまう。


「イテッ」


 陽春が俺の背中を叩いた。


「和人までデレデレしない!」


「してないから……」


「まあ、しょうが無いけどね。雪乃師匠たちも並ぶんですか? 相当時間かかりますよ」


「いや、俺たちは駅ビルで食べるもの買ってきたから」


「え! そうなんですか、さすがです。和人、来年はそうしようね」


「そうだな」


「でも、暑いからかき氷は食べたいなあって大地に言ってたのよ。でも、大地が嫌だって言うから」


「せっかく食べもの買ってきたのに並ぶのも損だろ」


「かき氷食べたいのに……」


 その表情を見て陽春が言う。


「部長、雪乃師匠を良く見ててください。師匠! かき氷食べたいですよね?」


「かき氷、食べたいなあ……」


 雪乃先輩がすごく甘えた声を出した。


「う……じゃあ、行くか」


「うん! 陽春ちゃん、またね」


「はい!」


 さすがに部長もあれには勝てないか。それを引き出す陽春はやっぱり甘え上手だ。


 1時間近く経ち、ようやく焼きそばを買い、俺たちは席に戻る。達樹たちはまだ戻っていないようだ。

 上野さんは相変わらず不知火にもたれかかったままだった。


「あ、雫ちゃん、寝ちゃったか。不知火君もお疲れ」


「はい、先輩達もお疲れ様です。相当並びましたよね」


「うん。大変だったよ……え!?」


 陽春が大きな声を出した。なんだろう。不知火たちの方を見ている。その視線の先を見ると、上野さんがもたれかかったままで不知火と手をつないでいた。


「ん……あ、陽春先輩。すみません、寝てました」


 上野さんが目を覚ました。


「それはいいんだけど……」


「なんですか……あ?」


 慌てて上野さんは手を離す。


「ち、違うんです。私、いつの間に……寝ぼけてたんでしょうね。陽春先輩、これは見なかったことでお願いします」


「わかったけど……ちょっと向こうで話そうか」


「はい、なんですか?」


 そう言って、陽春と上野さんは少し離れた場所に歩いて行った。

 その隙に不知火に聞く。


「お前から手をつないだのか?」


「まさか。違いますよ。先輩たちが居なくなってしばらくしたら上野さんの方から……」


「マジか。良かったなあ」


「良かったですけど……ちょっと困惑気味です」


 確かに。なんか積極的だな、今日の上野さんは。


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