第202話 立夏の宣言

「それでね……陽春ちゃん。今日は陽春ちゃんに伝えたいことがあります」


「え、何?」


 改まった立夏ちゃんが何を言い出すのか、ちょっと恐い。


「いまさらだけど、私、和人君に告白しようと思うの」


「えっっ!?」


 一瞬、何を言っているか分からなかった。でも、そうか。立夏ちゃんが和人に……


「それで振られて、私の思いはおしまいにします」


 突然の宣言に、みんながしばらく何も言えなかった。


「立夏、ほんとにそれでいいの?」


 最初に口を開いたのは冬美さんだった。


「うん。いい加減、区切り付けないと。陽春ちゃんにも迷惑掛けるし」


「そんな……迷惑なんて……」


「かかってないと言える?」


「言え……ないけど」


「でしょ。わかってるわよ。私の恋が叶わないことは。だからこれで終わりにする」


「そ、そうなんだ……」


「うん。それに……そこまでを私の小説に書きたいから。ちょっとずるいけどね」


 立夏ちゃんは笑った。


「なんか……寂しいですね。私は櫻井先輩が好きな立夏先輩が好きでした。叶わなくても一途で、いつもまぶしかったです」


「ありがとう、雫ちゃん。でもそんな綺麗なものじゃ無いわよ。ドロドロだから」


「それはそうでしょうけど」


「フフ、バレてたか」


「告白応援してます」


「ありがとう」


 立夏ちゃんが雫ちゃんにお礼を言った。


「立夏……友人としては応援するけど、次期副部長としては複雑ね」


「ごめん、冬美にも迷惑掛けて」


「いいわよ。いつものことでしょ」


「そうだけどね」


「でも、文芸部はその後も続けてくれるわよね?」


「もちろんよ。辞めたりしないから」


「そう……ならいいけど」


 立夏ちゃんは改めて私に向き直って言った。


「陽春ちゃん、またちょっと迷惑掛けるけど、これで最後だから」


「う、うん……わかった。立夏ちゃん」


「振られるって分かってるから心配しないで」


「うん……」


 でも、万が一、和人が立夏ちゃんを受け入れる、なんてことがあったらどうしよう。そんなことを考えてしまうってことは、私は和人を信じきれていないってことなんだろうか。恋人失格かも。


「そんな暗い顔しないでよ。大丈夫だから。和人君は陽春ちゃん一筋。それは私が一番良く知ってる」


「うん……そうだよね」


「そうよ。だからちゃんと振られるだけ。振られたら……少し、慰めてくれると嬉しいかな」


「わかった。盛大に慰めるから!」


「盛大ってのもなんか嫌だけどね」


 立夏ちゃんは笑顔で言った。


「うぅ……立夏ちゃんの告白、応援したくなっちゃうけど、応援できないよ……」


 私は涙目になってきた。


「陽春ちゃん、ありがとう」


 立夏ちゃんは私は抱きしめてきた。私も立夏ちゃんを抱きしめ返した。


◇◇◇


 帰り道、私と雫ちゃんは上熊本駅からJRに乗って熊本駅に帰る。今日、雫ちゃんはうちに泊まって、明日の花火大会に一緒に行くのだ。


 電車の席に座ると、雫ちゃんが言った。


「立夏先輩、かなり覚悟を決めてましたね」


「そうだね……」


「陽春先輩、もしかして心配してます?」


「ちょっと……」


「告白が上手くいくって心配はいらないと思いますよ。ただ、櫻井先輩は罪悪感を感じるだろうなってのは思いますけど」


「うん……」


「もしかしたら2番目の彼女ならいいよ、とか言ったりして」


「和人はそんなこと言わないもん!」


「分かってますって。冗談です」


「もう……」


 雫ちゃんがここぞとばかり、私をいじめに来る。


「でも、立夏先輩。ここに来て告白するってことはいろいろ区切りを付けたいんじゃないかな、って思います」


「そうだよね……」


「それって、櫻井先輩のことだけじゃ無いと思うんです」


「え?」


「そろそろ次の恋に進みたいのかなって、気がします」


「次の恋?」


「はい。立夏先輩、いろいろ心が動いてるって思うんです。だから、今しか無いんでしょうね」


「心が動いてるって……」


「陽春先輩も気がついてますよね。立夏先輩に新しい恋が始まろうとしてること」


「雫ちゃんの言いたいことって、まさか……」


「はい、電車の中なんで名前は出しませんけど」


「うーん、そうなのかな……」


「わかりませんけどね。私の推測です」


 そういうことであれば、ほんとに立夏ちゃんは区切りを付けたいってことなんだなってウチの中で納得できた。


 和人には直接言えないけど、ちゃんと立夏ちゃんに区切りを付けさせて欲しいな。和人なら大丈夫だと思う。


「陽春先輩、分かりやすく顔が明るくなってますよ」


「そ、そう?」


「良かったですね。ライバルが居なくなって」


「そんなこと……思ってないし」


「これでライバルは私ぐらいですね」


「なんでよ!」


「ふふ、いつも通りの陽春先輩に戻って良かったです」


 あれ? 確かに心が軽くなっていた。雫ちゃん、ウチのこと心配してくれていろいろ言ってくれたんだろうな。ほんとによくできた後輩だ。


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