第200話 コスプレと演劇

 水曜日のバイトも無事に終わり、今日は部活の木曜日だ。と言っても部誌はほぼ完成状態だから原稿を仕上げた部員は来なくても良い。だが、陽春は表紙を仕上げないといけないし、和人も付き合う予定だ。


「浜辺陽春、櫻井和人、入ります!」


 陽春が扉を開けると、そこに居たのは三上部長、雪乃先輩だ。


「あれ? 後藤先輩は?」


「今日は休むって」


「そっかあ。今日は休む人多いかもしれませんね」


「そうね」


 だが、結局、立夏さんは小説を書くから冬美さんも来るし、不知火もまだ書評ができあがってないので、そうなると上野さんも来る。と言うことで、後藤先輩以外、全員来ていた。


「あら、これ何?」


 冬美さんが、上野さんの持ってきたクリアファイルを見ている。


「これは『邪神ちゃんドロップキック』というアニメのクリアファイルです」


「鞄にも缶バッジつけてるじゃない。好きなの?」


「はい、最近知ったんですけど、すごくハマっちゃって。特にこのキャラが」


「あら、可愛い服着てるわね。ちょっと見せて」


 冬美さんがクリアファイルを取って見だした。それにつられ、立夏さんも見ている。


「これって冬美がよく着る服に似てるわね」


「え、そうなんですか?」


 上野さんは冬美さんの私服は知らないか。


「そうね。似たような服持ってるわよ」


「え、すごいですね。普段着てるんですか?」


「うん。何? 雫ちゃんも興味ある?」


「そう……ですね。『花園ゆりね』っぽい格好はしてみたいな、と」


「コスプレね。いいじゃない」


「え、雫ちゃん、コスプレに興味あったの!?」


 陽春が話に入ってきた。


「ち、違います! 『花園ゆりね』が好きなだけです」


「そうなんだ……確かに普段の冬美さんはこういう服だよね」


「そうなんですか?」


「そうよ。だったら、今度、うちに来る? こういう格好できるよ」


「是非お願いします!」


「うん、わかった。じゃあ明日にでもおいで」


「ウチも行きたい!」


 陽春が手を挙げた。陽春がこういう服に興味あるとは意外だ。


「陽春ちゃんも着たいの?」


「ううん、こういう服を着た雫ちゃんが見たい!」


「見るだけか。まあ、いいわ。女子会しましょ」


「やった!」


「私もこういう服持ってるから着て行くね。和人君が選んでくれたやつだよ」


 立夏さんが話に入ってきた。


「え!? 櫻井先輩が立夏先輩にゴスロリ服を選んだんですか?」


「そうだよ」


「いや、それは誤解を招く言い方かと……」


 俺は慌てて言った。


「どうして? 和人君がこれがいいって言ったよね。ね、陽春ちゃん?」


「う、うん。そうだったね……」


 あれは立夏さんが着替えまくって終わらないから仕方なくだったんだけど……


「櫻井先輩、こういうのが好きだったんですね……」


 上野さんからの信頼度が落ちた気がする……


「部長もこういうのが好きですよね?」


 冬美さんが三上部長を見た。


「あ、ああ、そう……だな」


「え、部長もなんですか……」


 部長の性癖もバラされてしまったか。


「ね、男子はみんな好きなのよ。きっと不知火君も好きなんじゃない?」


「不知火、そうなの?」


 上野さんは振り向いて不知火に聞いた。


「え、あ、そうかも……」


「ほらね」


「そうなんだ……ま、私には関係無いけど」


「そうねえ。関係無いけどねえ。でも、写真送ってあげたら喜ぶと思うよ」


「お、送りませんし……」


「そうなんだ。不知火君、ざーんねん」


「アハハ……」


 不知火のわざとらしい笑いが響いた。


 そのとき、部室の扉が開いた。そこに居たのは見たことが無い女子生徒。背が高く背筋がぴんと張っている。


「ん? どうした風見」


 三上部長がその女子生徒に言った。


「三上、ここに上野さんが……あ、居たね」


「お久しぶりです、風見部長」


 風見部長? どこかの部活の部長か。


「どうしたの、舞」


「雪乃も居たか。いや、今日後藤から聞いたんだよ。すごい演技をする後輩が居ると。で、詳しく聞いたら上野さんだった」


 演技か。確かに不知火の誕生日サプライズの時、上野さんのあの演技は迫真に迫っていた。


「そんな……すごくないですから」


「いや、話を聞いてやっぱり上野さんはすごいと思ったよ。あのとき見た演技は忘れられない。天才だよ。どうだい、また演劇部に――」


「もう退部してますから」


「文化祭で劇をやるんだ。上野さんの役を用意するから――」


「無理です」


「少しでいいから、助っ人として参加してもらえると――」


「もう演劇部には行きたくないので」


「あのときは悪かった。守り切れず。でも、今回は――」


 そのときだった。急に不知火が立ち上がった。


「風見部長、上野さんが嫌がっているのでその辺にしておいてもらえませんか」


「いや、だけど――」


「お願いします!」


 不知火は頭を下げた。


「……仕方ない。今回はあきらめよう。だけど気が変わったらいつでも来てくれ。待ってるから」


 そう言って風見部長は出て行った。


「はぁ……」


 不知火は力が抜けたのか、椅子にどっかりと腰を下ろした。


「不知火、ありがとう」


 上野さんが言う。


「あ、いや……俺も見ていて何か腹が立ったから」


「そうなんだ……」


「うん……いろいろ話は聞いてるからね」


「不知火君! 今の良かったよ!」


 陽春が急に大声を出した。


「そうね、不知火にしてはいい仕事したじゃない」


 冬美さんも言う。


「い、いやあ……」


 不知火は頭をかいた。


「雫ちゃんも惚れ直したかな」


「惚れてませんし……」


 でも、その声は小さかった。


 それにしても、上野さん。以前、演劇部でヒロインに抜擢されたのは自分が可愛いからみたいに話していたが、実は演技が上手かったからなのか。

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