第199話 不知火の誕生日

 柳井先生が帰った後は各自がそれぞれの作業に取りかかった。三上部長と雪乃先輩は部誌のレイアウトなどについて話している。後藤先輩も時々それに加わっていた。立夏先輩は自分の小説を書くのに集中している。冬美先輩はハーレクインを読んでいるようだ。陽春先輩と櫻井師匠は表紙の案をいろいろ考えている。


 そして、俺、不知火洋介は上野さんとともに書評の修正に取りかかっていた。


「半分ぐらい書き直した方がいいかもね」


「う、うん……」


「ここと、ここと、ここ。削除しましょ」


「わかった」


「でも、何書けばいいか。私が言うのは違うと思うし、それは不知火が考えてよ」


「もちろん」


 俺が考えないと俺の書評にならない。俺は真剣に考え出した。だが、何も案は浮かんでこない。


「うーん……」


「まだ何も浮かばないの?」


「うん……」


「もう! ちゃんと考えて!」


 上野さんは突然、大声を上げて机をバン!と叩いて立ち上がった。


「え? 上野さん?」


「もう……知らない!」


 上野さんは部室を出て行ってしまった。


「え……上野さん!」


 俺が立ち上がり追いかけようとするとそれを陽春先輩が突然立ち上がり、手で制止した。


「待って! ここは私が行くから。不知火君はここに居て!」


「は、はい……」


 陽春先輩の大きな声に気圧され、俺は仕方なく席に座った。はぁ……どうしよう。また、上野さんを怒らせてしまった。

 俺が何もアイデアを思いつかないばっかりに……


 ふと、他の先輩達を見ると、みんな下を向いたり、そっぽを向いたりしている。この雰囲気に耐えられないということだろうか。誰も何も言ってくれなかった。


 すると突然、ガラッっと扉が開いた。上野さんが立っている。明らかに怒っている表情だ。


「う、上野さん、ごめん!」


「不知火!」


「は、はい!」


 俺は立ち上がり直立姿勢になった。そして俺が謝ろうとしたところで突然、上野さんが歌い出した。


「ハッピバースデイ、トゥーユー、ハッピバースデイ、トゥーユー、ハッピバースデイ、ディア不知火……ハッピバースデイ、トゥーユー」


 そう言いながら上野さんが入ってくる。俺が呆然としていると後ろから陽春先輩と小林先輩、笹川先輩が箱を持って入ってきた。


「え……???」


「「「不知火、お誕生日おめでとう!」」」


 上野さんに先輩達、みんなが声をそろえた。全員笑顔だ。上野さんも。


「あ……えっと……」


「ふふ、不知火。私の演技にすっかり騙されてたね」


 上野さんが俺に笑顔で言う。


「演技って……」


「怒ってないわよ。あれは演技。誕生日ドッキリの」


「そ、そうだったんだ……よかった……上野さんが怒って無くて」


「さあ、不知火君、ケーキ食べよう!」


 陽春先輩が言う。

 だが、俺は感情がこみ上げてきた。上野さんが怒っていなくて良かったという安心感。みんなが祝ってくれること。小林先輩、笹川先輩までわざわざ来てくれたこと。全て嬉しい。


「う、うぅ……」


「不知火、泣かないの。騙してごめんね」


「い、いいよ。嬉しかったから」


「陽春先輩、サプライズ大成功ですね!」


「うん! よかったあ。私の演技が一番バレやすいところだったからほんと頑張ったよ」


「陽春、頑張ったな。だけど、俺たちはそれを見て笑いをこらえるのが大変だったぞ」


「ほんとほんと、全員笑いをこらえてたよね」


「大地なんて少し笑ってたから」


「雪乃もだろ。後ろ向いて分からないようにしてたけど」


「だって、陽春ちゃんの真面目な顔がおかしくて……」


 みんな笑い出した。良かった。ほんとに良かった。


「不知火、俺たちも来てやったからな」


「小林先輩、笹川先輩、ありがとうございます!」


「わざわざ洋菓子店スイスに行ってケーキ買ってきたんだからな」


「すみません!」


「アハハ、いいってことよ」


「さてと、じゃあプレゼントね」


 上野さんは鞄の中からプレゼント用の包装紙に包まれた箱を取りだした。


「不知火、誕生日おめでとう」


「あ、ありがとう! 開けていいかな」


「どうぞ」


 俺が箱を開けるとそれはボールペンだった。


「文芸部としてやっていくんでしょ。紙に書くのも大事だからね」


「あ、ありがとう! 一生大事にする」


「そんな大げさな物じゃないから」


「いや、ほんと嬉しいよ。そうか……でも、紙か」


 書評ではすっかりデジタルに頼って、紙に書くと言うことをやっていなかった。アイデアを出すのに紙にいろいろ書いてみるのはいいかもしれない。


 ケーキを食べた後、上野さんと話しながら紙にいろいろ書き出してみて、俺はいくつかアイデアが浮かんだ。よし、これでなんとかなりそうだ。


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