第197話 お見送り

 世間的にはお盆休みが終わる日となる日曜日。俺は亜紀さんの車に陽春と季彦さんと共に乗り、熊本空港に来ていた。季彦さんが東京に戻るのを見送りに来たのだ。


 車を降りてから空港に入っていく間、陽春は季彦さんと手をつないで離れなかった。


「陽春、和人君と手をつないでないとダメだろ」


「そうだけど……和人も許してくれるから」


 陽春はお兄さんが大好きで、お兄さんと似た俺を好きになったということもある。それに、当たり前だけど、俺は季彦さんに嫉妬することは無かった。だから、陽春が今日は季彦さんの隣に居たいと言ったとき、もちろんそうしろ、と言ったのだ。


「あーあ、ついに和人君の前で正体見せちゃったね」


 亜紀さんが陽春に言う。


「正体って何よ」


「ブラコン」


「違うから!」


 まあ、確かに陽春はブラコン気味だな。でも、年が離れているせいか、陽春の行動は微笑ましく感じる。


「和人君居ないときは陽春ずっとこんな感じだから」


「そ、そうなんですか……」


「あ、少し引いてる」


「いえ……」


「お姉ちゃん! 和人、違うからね。今日だけ」


「え、昨日、横で寝てなかった?」


「ちょっと昼寝しただけでしょ! 誤解招くようなこと言わない!」


「他にも――」


「あー、幸樹さんの話しようかな」


「う……」


「幸樹さん? ああ、亜紀の彼氏か」


 季彦さんが話に入ってきた。


「彼氏じゃ無いし……その話はいいの!」


 亜紀さんが季彦さんの背中を叩いた。


「イテ! 相変わらず凶暴だな、亜紀は……」


「いいでしょ……まったく、もう」


 この三人はほんと仲がいいな。


 空港の搭乗口に着き、いよいよ別れの時が来た。


「それじゃ……そろそろ行くか」


「うん……ぐす……」


 やっぱり陽春は涙目だ。


「もう、泣かないの。いつもこうなんだから。和人君、陽春って泣き虫なのよ」


「知ってます」


「あ、そうだよね。でも、特にこういうときはやばいのよね」


「でしょうね」


「うぅぅぅ……お兄ちゃん!」


 陽春は季彦さんに抱きついた。


「ハハ、また年末には会えるから。いいだろ」


「うん……早く帰ってきてね」


「ああ。和人君と仲良くしろよ」


「うん……」


「亜紀も……その幸樹さんだっけ、仲良くな」


「私は違うからね」


「わかった、わかった。では、和人君……陽春を頼むぞ」


「はい!」


「よし、いい返事だ。じゃあまた!」


「元気でね」

「お元気で!」

「い、行ってらっしゃい……」


 季彦さんは搭乗口に消えていった。


◇◇◇


「はぁ……和人君は初めてだからいいけど、私はもう何回もこれ見てるのよ」


 これ、というのは陽春が季彦さんとの別れで泣いてしまう、ってやつだろう。


「だから、もううんざり」


「いいでしょ! 悲しいんだから。うぅ…・・」


 車に戻っても陽春は泣いていた。俺は陽春の肩を抱いて、頭をなでて慰めている。


「でも、今回は慰める係を和人君に任せられるから楽ね」


「いつも慰めてないじゃん!」


「慰めてるでしょ。『これを機会にブラコン卒業しな』って」


「ブラコンじゃ無い!」


 陽春、泣きながら怒ってるな。


「陽春、ほんとうに季彦さんが好きなんだな」


「うん……でも、和人への『好き』とは違うからね」


「それは分かってるよ」


「さすが、和人君。大人だなあ」


「いえ、俺も今回会って季彦さんが好きになりましたし……」


「和人、ほんと?」


「ああ、そうだぞ」


「ふふ、嬉しい……」


 陽春が抱きついてきた。


「うわあ、さすが和人君。陽春の扱い、慣れてるね」


「そういうわけでは……」


「すぐ別れると思ったけど、もうちょっと続きそうだなあ」


「もうちょっとって何よ! ずっと続くから!」


 陽春が大声を出した。


「はいはい」


「お姉ちゃんがすぐ別れたからって、私は違うからね」


「う……痛いところ突いてくるわね」


「あ、幸樹さんとより戻すんだっけ?」


「戻さない! まったく……」


 そういえば亜紀さんと幸樹さんはどうなったんだろう。


「あのー、幸樹さんとは阿蘇に行った後は会ったりしてるんですか?」


「え? 会ってないよ」


「あ、そうなんですか」


「うん。誘われてはいるけどね。お盆で家の行事もあったし、断ってる」


 やはり、上手く行ってないか。


「でも、明日、会うんだけどね」


「え!? そうなの?」


 陽春も知らなかったようだ。


「サークルのみんなで飲むだけよ。私と幸樹が仲直りしたって聞いて、企画したみたいで。だから行かないわけには行かないんだよね」


「そうなんだ。じゃあ、チャンスだね」


「何がチャンスよ、まったく……」


 幸樹さん、上手くいけば良いな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る