第196話 阿蘇高森⑤
俺・不知火洋介と上野さんは高森観光の最後に高森観光推進機構に行く。ここは駅のそばの小さな建物で、アニメ「邪神ちゃんドロップキック」高森編のグッズが売ってある場所だ。上野さんはここが一番楽しみだったようだ。
「クリアファイル、アクリルスタンド、缶バッジ、アクリルキーホルダー全種類1つずつください」
全部買うんだ……
「あ、トロッコショコラも4つお願いします……不知火も何か買ったら?」
「そ、そうだね。じゃあ、缶バッジ4種類を……」
俺たちはかなりのグッズを買い、駅に向かった。
帰りはトロッコ列車だ。向かい合わせの座席で、両側が見やすく、観光には最適だ。
俺たちは向かい合って座り、雄大な阿蘇の景色を眺めながら帰路についた。
「不知火、これ……」
そう言って上野さんが出してきたのは先ほど買ったトロッコショコラだ。これは要するにチョコケーキだ。
「え、何?」
「今日のお礼」
「そんな! もらうわけには……」
「なんでよ。私からのプレゼントもらえないわけ?」
「い、いや……」
「親から今日のためのお小遣いもらってるから遠慮しないで」
「そ、そうか。じゃあ、いただくよ。ありがとう」
俺はあまりの感激に泣きそうになった。必死にそれをこらえる。
「ぷっ! だからその顔だめだって。笑っちゃうからやめて」
そうだった。上野さんは俺の泣き顔がツボだったんだった。顔を振り何とかいつもの顔に戻す。
「そうそう、その顔でいてね。さ、阿蘇の景色を眺めましょう」
そう言って上野さんは車窓を眺めた。俺も車窓を眺める。
やがて、トロッコ列車は渓谷の上の鉄橋にさしかかった。ここは行きのときも上野さんが怖がった場所だ。
だが、トロッコ列車は観光列車のため、じっくり観光できるようにこの鉄橋ではかなりスピードを落として、ゆっくり走る。周りの観光客はみんな写真を撮ったりしている。
上野さんも外を見たのだがすぐに首を引っ込めた。
「ちょっと恐いかも……」
「確かにね」
渓谷はかなり深い。俺でも少し恐いな。
「うぅ……そっち行っていい?」
「え、いいけど」
上野さんは俺の隣に座った。そして腕に掴まってくる。
「お、落ちたりしないよね」
「大丈夫だよ」
「ごめん、ちょっとつかませて」
「いいよ」
これは役得だな。鉄橋を渡りきるまでの長い時間、上野さんは俺の腕に掴まっていた。
「……」
だが、鉄橋を渡り終えるとちょっと気まずい。上野さんはまだ腕に掴まったままだ。
「えっと……」
「あ、ごめん……」
上野さんは慌てて対面の席に戻った。
「いや、俺はもちろんいつまでも掴まっててもらいたいけど」
「そうだろうけど……ほんとに恐かったから」
「そうなんだ。上野さん、高所恐怖症?」
「そんなつもりなかったんだけど、そうなのかも……」
「観覧車は苦手?」
「好きじゃ無いかな」
「そうなんだ」
将来、観覧車で告白はやめた方が良さそうだな。覚えておこう。
トロッコ列車は立野駅ににつき、俺たちはJRに乗り換え、熊本駅までの帰路についた。さすがに疲れたのか、上野さんが先に寝て、俺も気がついたら寝ていた。
◇◇◇
俺・櫻井和人のスマホに不知火からメッセージが来た。
不知火『今、帰宅しました。たぶん、すごく距離が縮まったと思います。最高でした』
櫻井『良かったな。このまま進めよ』
不知火『はい!』
不知火は大満足だったようだ。良かった、良かった。
陽春の方にも上野さんからメッセージが来ているな。
「陽春、上野さんはどうだった?」
「うーん、結構落ち込んでる」
「え!? なんで?」
「いろいろやり過ぎたって。彼女でも無いのにって」
「そうか……」
「渓谷見て恐くなって抱きついたりしたって」
「え! そこまでやったのか……それも陽春の作戦か?」
「違うよ、それは雫ちゃんの自然な行動」
「そうなんだ……」
「さすがに不知火君も喜んじゃうよね」
上野さんは付き合う気は無いと明言してるし、それなのに彼女のような行為をして不知火を調子に乗せてしまうとお互い不幸になるかも知れない。
だが、それが分かってるのにやり過ぎたってことは……
「でも、雫ちゃん、すごく楽しかったって」
「そうか。それが一番だな」
二人の関係も変化してくるかも知れないな。
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