第192話 阿蘇高森①

 俺、不知火洋介は朝8時半に陽春先輩の家を訪れていた。インターフォンを押すと、扉が開き、陽春先輩が出てくる。


「おはよう、不知火君。もうちょっと待ってね」


「あ、はい。大丈夫です」


「雫ちゃん、低血圧だから朝弱いのよね。って、知ってるか」


「一応……」


「だから朝は不知火君がしっかりしないとダメだよ」


「はい」


 そこに上野さんが出てきた。


「おはよう……不知火……」


 現れた上野さんは白いワンピースに白い帽子。まさに真夏の美少女という感じだ。

 かなり眠そうだけど。


「おはよう、上野さん」


「陽春先輩、行ってきます……」


「はい、行ってらっしゃい。雫ちゃん、報告はどんどんちょうだいね」


「はい……」


 上野さんは陽春先輩にいろいろ報告するようだ。俺は櫻井師匠に報告するけど。


 熊本駅まで歩く間、上野さんは無言だった。でも、別に機嫌が悪いわけでは無い。上野さんは朝は弱いからこれは普通だということを知っていた。


 でも、せっかく二人きりのデートだし、何か話したい。


「上野さんは朝ご飯食べた?」


「……トーストは食べてきた」


「そうか……でも、熊本駅で何か買う?」


「……うん」


 俺たちはパンを買って、豊肥線の電車に乗り込んだ。まずはJRで肥後大津ひごおおづ駅まで35分ほど。そこで乗り換えて高森まで行く。


 だが、電車に乗って座るとすぐに上野さんは言った。


「不知火、ごめん……」


 そう言って、俺にもたれかかって寝始めた。

 しばらくして俺はスマホを操作する。櫻井先輩に現状報告するためだ。


不知火『電車に乗りました。上野さんは寝てます』


櫻井『もたれかかってきてるか?』


不知火『少し』


櫻井『起こさず現状維持だ』


不知火『了解です』


 先輩の指示通り、そのまま起こさないでおく。何も話せないのは悲しいが仕方ない。そう思っていると上野さんがどんどん俺の方にもたれかかってきた。頭が肩にもたれかかり、ほんとにすぐ近くだ。綺麗な髪がすぐそこに見える。思わず頭をなでたくなるが、どうしよう。そうだ。相談してみよう。


不知火『肩にもたれかかってきてます。頭をなでたいです』


櫻井『我慢しろ』


不知火『了解です』


 やはりその選択肢は無かったか。そう思っていたけど先輩に確認してもらい安心する。


「う、うぅん……」


 20分ほどしたら上野さんが起きた。


「あ、ごめん」


 肩にもたれかかっていたのに気がつき上野さんが謝る。


「別にいいよ」


「何か最近、不知火の肩に慣れちゃってて……」


「確かにそうだね」


「ここどこ?」


「まだ武蔵塚むさしづか


 阿蘇にはほど遠い場所だ。


「そう……あー、眠かった。昨日、陽春先輩と夜中までいろいろ話してて……」


「そうなんだ」


「今日のデートでこうしろああしろってうるさくて……」


 デート。上野さんがそう認識していることが嬉しい。


「いったん乗り換えよね」


「うん、あと15分ほどかな」


「そう……うーん」


 そう言って手を上に伸ばし、胸を張る。そのポーズ自体がすでに目のやり場に困る。


「ん? どうしたの?」


「あ、いや……」


「私と二人なの、まだ緊張するの?」


「す、少し……」


「まあ、気持ちは分かるけど。私、学年のアイドルだし」


 にこりと笑って上野さんが俺を見る。アイドルにふさわしい笑顔だ。


「そ、そうだね…・・」


「いや、そこは突っ込んでよ。『自分で言うのかよ』って」


「冗談だったんだ…・」


「そうよ。そういうのしっかり突っ込めない人とは付き合えないからね」


「わ、わかった」


「いや、今のも『え、俺と付き合う可能性あるの?』とかでしょ」


「そ、そっか……」


「まったく……そういうところよね。感覚が今ひとつ合わないって言うか……」


「ごめん……」


「まあ、いいけど。そういうのも逆に面白いから。不知火って基本、真面目よね」


「そうかな……」


「そうよ。悪く言えば面白みが無いし」


「……」


「結婚するにはいい人なのかも知れないけどね」


「け、け、け、結婚!?」


「アハハ、ニワトリじゃ無いんだから」


「だって……」


「どちらかといえばよ。恋愛するのにいい人、結婚するのにいい人ってあるでしょ。不知火はどっちかっていえば結婚タイプよねって話」


「そうなんだ……」


「うん。だから社会人になったらモテるわよ」


「そうかな……」


 俺にとっては遠い未来だな。今、この瞬間に、上野さんにモテたいんだけど。


「今、不知火の良さに気がつく人は少ないかもね。ま、外見はいい方だと思うけど」


「そ、そう?」


「うん。私の友達も不知火のこと格好いいっていう人居るから」


「え、そうなんだ。誰だろう…・」


「誰だろうって……知ってどうするのよ。今、私とデート中なんだからね!」


「ご、ごめん……」


「もう……知らない!」


 上野さんはそう言ってスマホを取りだして操作しだした。

 仕方ないので俺もスマホを取りだす。先輩に相談するしかない。


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