第190話 お盆②

 テーブルの上にはお寿司や刺身、それに熊本のお盆らしく馬刺しや辛子蓮根が並ぶ。陽春のお父さんの君弘さん、それに兄の季彦さんの前にはビールだ。


「じゃあ、始めるか」


「いただきまーす!」


 ひときわ大きな声を俺の横に座る陽春が出した。そして、みんなが食べ始める。


「やっぱり、熊本の馬刺しだよなあ。東京のとはひと味違う」


 季彦さんが言う。


「東京でも馬刺しが食べられるんですか?」


「そういう店も結構あるからね。でも、やっぱり違うよ」


「そうなんですね」


「お兄ちゃん、ビールつごうか」


「おう」


 陽春が季彦さんのところにいってビールをつぐ。いつも嫉妬深いと言われてしまう俺だがその光景には嫉妬を感じなかった。兄だから当たり前なのかもしれないけど。


「和人君は陽春と同じで文芸部なんだってね」


 季彦さんが聞いてくる。


「あ、はい、そうです」


「俺もそうだったからなあ。懐かしいなあ」


「え、そうなんですか。でも、今は理系の仕事ですよね」


「ITは理系も文系も無いと思うよ。俺が今やっているのは言語、つまり言葉についての仕事だからね」


「はぁ……」


「言葉をどうAIに解釈させるか、辞書みたいなものを作ってるんだ」


「なるほど……」


「だから、俺が学んできた言語の知識が役に立つんだよ。すごく文系っぽいだろ?」


「確かに……」


 そんな仕事があるんだな。俺は今まで仕事というものをよく考えてなかったので、すごく意識させられた。就職する頃には陽春とどうなっているんだろ。ずっと一緒に居たいな……


「和人、どうしたの? 私のことじっと見て」


「あ、ごめん、つい……」


「なになに? 和人君、陽春に見とれちゃってたの?」


 亜紀さんが茶々を入れてくる。


「そ、そんなんじゃ……」


「別にいいよ、はい、見て」


 陽春が手を大きく広げる。


「陽春もからかわないで」


「むぅ、からかってないんだけど……」


「うわあ、陽春がまた甘えてる」


「甘えてないし!」


 いつものように陽春と亜紀さんの言い合いが始まった。これを聞くと今では何か居心地が良いな。


 ある程度食べてしまい、陽春や亜紀さんは片付けに入った。お父さんは結構お酒を飲んだのか、ソファーでテレビを付けたまま寝ている。


「さて、じゃあ、和人君。ちょっと遊ぼうか」


「え?」


「俺の部屋に行こう」


 そう言って季彦さんは立ち上がった。俺も後を付いていく。陽春の部屋の隣が季彦さんの部屋だった。そこには据え置き型のパソコンが置かれている。季彦さんはその電源を入れた。


「さっき、準備しておいたからすぐデモは出来るぞ」


 そう言ってなにやらソフトを立ち上げた。


「会話が出来るチャットAIだ。でも、これはネットにつながったサービスじゃ無いぞ。このパソコンで動いている」


「え、そうなんですか」


 普通はこういうサービスはネット上にある大きいコンピュータで動く物だと思ってみた。


「さらに、面白いことをしてみようか。このファイルに君の学校の校則が入っている」


 そう言って開いたファイルには確かに学校の校則が書かれていた。


「これを読み込ませ、AIに質問する。『バイトは可能ですか?』と」


 すると、AIが「バイトは可能です。ただし、成績により制限される可能性があります」とうちの校則に則った答えを返してきた。


「すごいですね……参考資料を基に会話できるんですか」


「そうだ。君もパソコンがあればこれぐらい出来るぞ」


「でも、うちのはノートパソコンだし少し古いですよ」


「多少古いぐらいならなんとかなる。すごく遅いだけだ。やってみるか?」


「やってみたいですね」


「このサイトに資料がある。これ通りにやってみると良いよ。QRでスマホで読んでみて」


 俺は読み込んでみた。これを読めば良いのか。


「夏休みの自由研究にちょうどいい感じだろ」


「ですね、やってみます」


「それにしても暑いな……まあ、これが難点だ。どうしてもローカルでAIを使うとCPUがフル回転で熱を出すんでね」


「確かに暑くなってきましたね……」


 そこに陽春の声が響いた。


「お兄ちゃん、和人、アイス食べる?」


「今行く!」


 季彦さんも大声を出した。俺たちはリビングに戻った。


「季彦さん、連絡先教えてください。分からなくなったら連絡したいです」


「おう、いいぞ」


 俺は連絡先を交換した。そのとき、陽春が聞いてくる。


「和人、お兄ちゃんと何してたの?」


「AIの勉強。すごく面白かったよ」


「そうなんだ、お兄ちゃんと仲良くなった?」


「たぶん……」


「よかった! 二人とも大好きな人だから嬉しい!」


 そう言って陽春が俺に抱きついてくる。


「陽春はほんとに和人君が好きだな」


「うん!」


 陽春が笑顔で季彦さんに言った。


「和人君、陽春を頼むな」


「はい!」


 俺は元気に返事をした。


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