第186話 合宿2日目

 合宿2日目、俺、不知火洋介は朝食を食べた後、気合いを入れて書評の執筆に取りかかった。


 既に完成した部員は雪乃先輩にデータを渡している。雪乃先輩がそれを一つにまとめていた。陽春先輩や上野さんはもう渡している。陽春先輩は冬美先輩の書評を読んだり、雪乃先輩の小説を読んだりしているみたいだ。


 そして上野さんは今、俺の隣に居る。


「そこ、誤字」


「あ、ほんとだ。ありがとう」


「うん」


 ときどき、上野さんは俺の書いた文章を指摘してくる。俺の文章をチェックしながら、『氷菓』の小説をずっと読んでいた。


 俺の前の席は櫻井師匠。櫻井師匠もまだ書き終えていない。いろいろ悩んでいるようだ。


「何悩んでるの?」


 そこに冬美先輩が話しかけてきた。櫻井師匠は小声で話しはじめたが俺はすぐ後ろなので聞こえてくる。


「実は、空きスペースに詩を入れようと思って」


「へぇー」


「テーマは決まってるんだけどね……陽春への感謝を伝えたいんだ」


 最後はすごく小声で言っていた。陽春先輩に聞かれたくなかったのか。


「ふーん、後藤先輩みたいね」


「そうじゃないけど、何か俺も創作したくなったんだ」


「なるほどね。だったら、詩はやめた方がいいわね」


「え!?」


「だって、昨日聞いたでしょ。やっぱり痛いわよ」


「そ、そうか……でも、詩をやめたら何書くんだよ」


「そうね……俳句にでもしたら?」


「俳句か……作ったこと無いな」


「でも、テレビでも俳句作る番組あるし。見たことあるでしょ」


 あー、あれか。俺も見たことがある。


「まあ……一応見たことはあるな」


「あれ見てれば作れそうに思えない?」


「そうかなあ」


「そうだよ、私も書こうかな。あ! 書評組はみんなで最後に俳句書くことにしない?」


 冬美さんは突然振り返って俺に言ってきた。「え、無理ですよ!」とすぐ言うが横に居る上野さんが食いついてくる。


「いいですね! 共通するものがあると、部誌って感じがしますし」


「でも書けるかなあ」


「むしろ、書評の方が文字数足りなくて困ってるんだからいいんじゃない?」


「俳句なんて作ったこと無いけど」


「私がサポートするから。面白そうだし」


 上野さんがすごくノリノリだ。それにサポートしてくれるなら会話の機会も増えるか。


「そ、それならやろうかな」


「うん、決まり!」


 なんか上野さんに乗せられてしまった。そのとき、三上部長が言った。


「じゃあ、そろそろ昼飯買ってきてくれ。今回の買い出しは後藤、立夏さん、雫ちゃん、不知火だな」


 昼はハンバーガー店に買い出しに行くことになっている。俺たちは作業を中断して出て行った。


◇◇◇


 後藤先輩、高井先輩の後ろを不知火と上野さんは横に並んで付いていく。上野さんは何も話さない。俺も黙っているので、前に居る先輩の会話ばかりが聞こえてきた。


「合宿は去年もこんな感じでした?」


「そうだな。でも、二日目は結構きつかったぞ。俺があの歌をやっちゃったからな」


「あー、先輩から聞きました。女子の間で騒ぎになってたみたいですね」


「やっぱり、そうか……去年の俺は痛かったな、ハハ」


「そんなことないですよ。私はあの歌、感動しましたし……」


「そう言ってくれるのは高井だけだよ」


 なんか、高井先輩と後藤先輩、仲良くなってるな。思わず上野さんの方を見ると、上野さんも俺を見てきた。


(この二人、こんな仲良かったっけ?)


 上野さんが小声で聞いてくる。


(いや、俺もびっくりしてる)


(……なんか怪しいわね)


 上野さんもいぶかしんでるようだ。


 そのとき、後藤先輩が突然振り返った。


「そういえば、不知火。お前、上野に話があるんじゃ無かったか?」


「あ! いえ、その……あるといえばありますけど」


「え!? な、何なの?」


 上野さんが少し驚いたように聞く。


「でもここで言うのは……」


「なんでだよ。俺と立夏しか居ないからいいだろ」


「そ、そうですね」


「え、何? ちょっと待って!」


 上野さんはなぜか焦った表情を見せているけど、合宿で2人きりになるのは難しいし、この機会を利用するしかないか。


「う、上野さん!」


「な、なによ……まさか……」


「今度2人で遊ぶに行く件だけど……」


「な、なんだ、それか……で、何?」


「お盆のどこかで阿蘇の高森に行かないかな?」


「阿蘇か、いいね。高森に何があるかは知らないけど」


「いろいろあるよ、湧水トンネルとかトロッコ列車とか。アニメの聖地もあるし」


「聖地?」


「そう、『邪神ちゃんドロップキック』というアニメだけど……」


「……聞いたことはあるけど見たことは無いかな。まあ、いいよ。それは陽春先輩の家で見せてもらうし」


「それで……どうかな?」


「お盆はおじいちゃん家に帰るのよね」


 上野さんがスマホを見ながら言う。


「そ、そうなんだ…」


 やっぱりダメか……


「でも、16日ならいいわよ」


「え! よし! やった!! じゃあ、16日に!!」


 ついに上野さんと二人で遠出デートだ! 思わず声が大きくなってしまう。


「……う、うん」


「おい、不知火、喜びすぎだぞ。上野が引いてるぞ」


「あ、ごめん……」


「別にいいわよ。そんなに嬉しいんだ、って思っただけ」


「そりゃ、嬉しいよ。だって上野さんと二人でだから」


「そうなんだ……」


 上野さんがそう言ったとき、前から「はぁ……」と大きなため息が聞こえた。高井先輩か。


「ん? どうした」


「いいわね、あなた達は。順調で。うらやましいわ」


「立夏先輩がうらやましがるようなものじゃないですから」


 上野さんが言う。


「そういうけどね……お互いまんざらでも無い感じでデートの約束してるし」


「私はそんな――」


「まあまあ、ここは立夏の愚痴を聞いてあげよう」


 何か言いかけた上野さんを後藤先輩が止めた。


「別にいいわよ。私も和人君と二人でデート行きたかったってだけ。陽春ちゃんがそんなの許すわけ無いし……」


「そりゃ、そうだな。無理な相談だ」


「でしょ。はぁ、うらやましいわ、何もかも……」


「まあ、そんなにしょげるな。お前にもいずれいいことがある」


 そう言って後藤先輩は立夏先輩の頭に手をポンと置いた。


「……そうだといいですけど」


「まだまだこれからだよ」


 そう言って後藤先輩は歩き出した。


 俺たちは適当にハンバーガーをいろいろ買って、買い出しメンバーの特権で好きなハンバーガーをそれぞれ選んで帰った。

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