第185話 合宿の朝

 和人は慣れない布団で暗い中で目が覚めてしまった。時計を確認すると5時だ。さすがに早いな。だが、トイレに行きたくなった俺は静かに部屋を出た。


 トイレに行き、部屋に戻ろうとするとなにか音がする。誰か起きているのかと思い、音がした学習室の方に向かうと扉の前に冬美さんが居た。俺に気がついた冬美さんは「シーッ」と人差し指を口の前に立てた。


(どうしたの?)


 冬美さんは黙って学習室の扉の方を指で指す。その窓から覗くと、中には後藤先輩と立夏さんが居た。


 何してるんだろう。小説の相談かな。気がつかれないようにこっそり覗いてみる。学習室は防音だから何を話しているかは聞こえてこない。二人は置かれたタブレットを見ることも無く、ずっと向かい合って話していた。そして……二人は抱き合った。


(やるわね、立夏)


(マジか……)


(バレるとまずいからそろそろ行くわよ)


 そう言って冬美さんは学習室を離れ、食堂の方に向かった。俺も付いていく。冬美さんは飲み物を2人分用意した。何か話したそうだな。俺も椅子に座り冬美さんに言った。


「あの二人、付き合いだしたのか?」


「バカね、そういうことじゃないわよ。まあ、傷の舐め合いってところね」


「そうなのか……」


「でも、そこから恋に発展するかもしれないわよ」


「まあ、そういうこともあるけどな……」


「何? 不満そうね。まさか立夏が取られたようで悔しいの?」


「そんなわけないだろ。ただ……立夏さんには幸せにはなってもらいたいから。ああいうのは好きな人とじゃないと……」


「そうだけど、でも、どうしようもないことだってあるのよ……」


 冬美さんは遠くを見つめるような感じで言った。


 そこに、陽春が起きてきた。


「あれ、二人早いね……」


「あ、俺はちょっと目が覚めただけだから」


「ふうん、あ、学習室の電気付いてる。誰か居るのかな」


 陽春が学習室の方に行こうとする。


「あ、陽春、飲み物飲むか?」


 俺は慌てて陽春を引き留めた。


「え、飲むけど……」


 そんなことをしていると学習室の方から後藤先輩と立夏さんが来た。


「お前ら、朝早いな」


「今起きたところです。先輩も早いですね」


 冬美さんが何事も無かったかのように言った。


「私が起きたら後藤先輩が居たから小説また見てもらってたところ」


 立夏さんが何かいいわけのように説明をした。良く見ると少しTシャツが乱れているような……生々しいな。


「そうなんだ……はああ、眠い……」


 陽春はまだ寝ぼけている感じだな。


「えっと……何か見たとか無いよね?」


 立夏さんが俺たちに聞く。


「え、何が?」


 陽春が寝ぼけ眼で答えた。


(陽春ちゃんのこの感じだと大丈夫そうね。嘘付けない子だし……)


 小声で立夏さんが言った。


「何の話よ」


 冬美さんがしれっと言う。


「あ、なんでもない。か、和人君も朝早いね」


「俺はちょっとトイレに来ただけだし。そしたら冬美さんにつかまって」


「そうなんだ。何話してたの?」


「たわいもない話よ。さ、もうちょっと寝ようっと」


 そう言って冬美さんは部屋に帰っていく。陽春と立夏さんもついていった。


 俺と後藤先輩も部屋に戻る。その途中に後藤先輩が話しかけてきた。


「お前、見てただろ」


「……すみません」


「やっぱりか。誤解するなよ、泣いてたから慰めていただけだ。俺が好きなのは一人だけだから」


「……はい」


「ほんとに何も無いからな。だから黙っててくれ」


「わかりました」


 それから布団に戻ったが、なかなか眠ることができないまま朝を迎えた。


◇◇◇


「さ、早く行くわよ」


「はーい!」


 冬美さんの言葉に陽春が大きな声で返事をする。合宿の朝食は俺たちが近所のパン屋に買い出しに行くことになっていた。冬美さん、陽春、俺、不知火だ。


「それにしてもこの2年生3人は来年の幹部メンバーね」


 パン屋への道を歩きながら冬美さんが言う。


「え、冬美さんは副部長に決まってるけど、私と和人は分かんないよ」


「でも、どっちかが部長でしょ。となると、残りは部長の恋人だし、やっぱり部長を支える立場だから」


「そっかあ」


「ま、新体制でもよろしくね、お二人さん」


「うん!」


「そうだな、よろしく」


「あ、そうだ。不知火君にも言いたいことあったんだった」


 突然冬美さんが不知火の方を見た。


「え、なんですか?」


「あんた、もうちょっと積極的に行きなさいよ」


「あ……ありがとうございます」


 あれ、冬美さんは報われない不知火に否定的だったような気がしたが……


「昨日、雫ちゃんと話した感じだと、私には脈有りだと思ったわね」


「ま、マジですか!」


「うん。でも不知火君次第かな。積極的に行かないとこのままで終わっちゃうよ」


「そうですね……ありがとうございます! 実は男子の先輩達からも昨日言われて……」


「そうだったの」


「はい、それで相談してデートコースも決まりましたし、今日にも誘う予定です」


「うん、いいわね。1年生のあんた達に文芸部の未来はかかってるからね。しっかり捕まえときなさいよ」


「はい!」


 冬美さん、すっかり不知火の応援にまわったか。これも副部長に決まった効果かな。


 買ってきたパンはどれも美味しくて好評だった。

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