第168話 光の森

 海水浴で疲れた体を土曜日に回復し、今日は日曜日。俺と陽春がやってきたのは、ひかりもり駅。陽春の家の最寄り駅である熊本駅からJRで30分かからず到着した。このすぐ近くに大きなショッピングセンターがある。ここが今日の集合場所だ。


 他のメンバーは三上部長、雪乃先輩、立夏さん、冬美さん。この4人は長崎家の車で送ってもらったらしい。当初はこの4人で遊ぶ予定だったのに俺たちが加わった形だ。まあ、立夏さんが陽春に俺を貸せと言ったのが原因だが……


 待ち合わせ場所の2階のフードコートに入る。このショッピングセンターは休日は特に人が多い。


「うーん、みんな、どこに居るんだろう……」


「マックの前辺りと言ってたぞ……あ、あそこだ」


 俺は部長達4人を見つけた。


「あ、ほんとだ。おーい!」


 陽春が大声を出したことでみんな気がついた。俺たちは急いで4人の元に向かった。


「陽春ちゃん、大声出さない。恥ずかしいでしょ」


「ごめん、つい……」


 いきなり冬美さんに怒られた。それにしてもこの4人の私服姿は初めてだから新鮮だ。三上部長はシャツにスラックス。大人だ。雪乃先輩はデニムのワンピース。清楚だ。立夏さんは白いワンピースで可憐な感じ。そして、冬美さんは何か派手なアイドルっぽい服を来ている。俺は思わず冬美さんの服をじっと見てしまった。


「こら、見とれない」


 陽春が俺を叩く。


「ご、ごめん」


「ん? あー、私の服ね。いいでしょ、地雷系って感じで」


「うん、すっごく可愛い!」


 地雷系というのか。陽春も気に入ったようだ。


「ふふ、和人君と陽春ちゃんの私服姿も新鮮ね」


 立夏さんが言った。

 

「そう? ウチはいつもこんな感じだよ」


 今日の陽春はいつものようにTシャツにショートパンツ。俺は陽春からもらったポロシャツとジーンズだ。

 すると冬美さんが言う。


「陽春ちゃん、デートなのにそんなラフな格好なの?」


「え、ダメかな?」


「ダメじゃないけど、もうちょっとおしゃれした方がいいんじゃない?」


「そ、そうかな……」


「私のようにこういう――」


「無理」


 陽春に地雷系はさすがに無理だろうな。


「冬美の服は陽春ちゃんには合わないわね。立夏ちゃんのような服がいいんじゃない?」


 雪乃先輩が言う。


「立夏ちゃん?」


 陽春がその呼び方に食いついた。いつもの雪乃先輩は『立夏さん』と呼んでいたはずだ。


「あ、今は部活じゃないからね。『部長』じゃなくて『大地』。『立夏さん』じゃなくて『立夏ちゃん』ね。普段はそう呼んでるの」


「えー! じゃあ、私も『立夏ちゃん』って呼びたい!」


「ダメよ。陽春ちゃんは『立夏さん』で」


 立夏さんが言う。


「なんでよ! ウチのこと『陽春ちゃん』って呼んでるのに」


「陽春ちゃんは『陽春ちゃん』って感じだもん。私をちゃん付けで呼んでいいのは年上の人に限るから」


「むぅ……仕方ないなあ」


 陽春は不満があるようだけど、確かに立夏さんは『ちゃん』という感じじゃないしな。


「……じゃあ、行きましょうか」


 雪乃さんが言った。


「え、どこに?」


「そりゃ、文芸部ですもん。本屋よ」


 そう言って雪乃先輩と三上部長が先に立って歩き出した。その横に冬美さんが並ぶ。その後ろに、陽春と俺と、その横に立夏さんが並んだ。


「和人君、ここの紀伊國屋は来たことある?」


 立夏さんが聞く。


「うーん、だいぶ前に来たことがあるような……」


 ここは遠いので親に連れられて来たことぐらいしかない。


「そっか。ここは結構大きいから和人君も楽しめるんじゃないかな」


「そ、そうだね」


 立夏さんと話してると陽春が突然俺の腕をつかんできた。


「陽春ちゃん、なにしてるの?」


 立夏さんが言う。


「ウチガ彼女だから別にいいでしょ」


「じゃあ、わたしも――」


「立夏さんは彼女じゃないでしょ!」


「そうだっけ?」


「なんでとぼけるのよ、まったく……」


「冗談よ。はぁ、今日は見せつけられるのか。わかってたけど……」


 立夏さんが落ち込んだ表情を見せる。すると、陽春は俺の腕を放した。


「ごめん、ごめん。和人が立夏さんと仲良く話してるのみたらいちゃって。今日は控えないとね」


「……ありがと、陽春ちゃん」


 陽春も立夏さんと仲良くはしたいようだ。


 フードコートから紀伊國屋まではしばらく歩く。俺たちの前には三上部長の右に雪乃先輩、左に冬美さん、という状態だ。そして、角を曲がるとき、冬美さんが部長の腕に抱きついた。


(ちょっと、立夏さん、あれいいの?)


 陽春が前を指さして言う。


(いいんじゃない? いつもあんな感じよ)


(雪乃先輩怒らないの?)


(最初は怒ってたけどもう慣れたみたいね)


「……雪乃師匠、さすがだなあ」


 陽春がぽつりと言った。それに気がついた冬美さんがこっちを見る。そして、慌てて腕を放した。


「えっと、これは……その……」


 冬美さんが俺たちに言い訳しようとする。


「冬美さん、ほどほどにね」


 陽春が言う。


「う、うん。今のは見逃してちょうだい」


「貸し一つね」


「わ、わかった。誰にも言わないで」


 冬美さんは陽春に貸しができたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る