第166話 海水浴③

 俺、不知火洋介は今、海の家に居る。お昼になり、小林先輩の兄の幸樹さんと櫻井先輩、それに上野さんの4人で買い出しに来たのだ。


「たくさん頼んでいいんですか?」


 上野さんが聞く。


「おう、頼め頼め」


 幸樹さんの言葉で俺と上野さんは遠慮無く焼きそばやポテトやたこ焼きを注文した。


「お前たちは半分持って達樹たちのところに持って行ってくれ」


「はい」


 俺と上野さんが小林先輩、笹川先輩のビーチパラソルのところに食べ物を持って行くことになった。そこで一緒に食べるためにさらにビーチパラソルももう一本借りていく。


「お、来たな。パラソルはそこに立てようぜ」


 俺と小林先輩ですぐ横にビーチパラソルを立て、その下に上野さんと俺で座った。


「ツンデレカップル2組だな」


 小林先輩が言う。


「私はツンデレじゃないから。雫ちゃんだけでしょ」


 笹川先輩が言う。


「私も違いますし。そもそもカップルでもないですから」


 上野さんが言う。確かにそうだよな…… 先輩達はカップルだけど俺たちはただのクラスメイトだ。それも俺が一方的に好きなだけか。


 少し落ち込みながら焼きそばを食べていると櫻井先輩と陽春先輩がやってきた。


「あれ? 和人たちもこっちに来たのか」


 小林先輩が言う。


「まあな、陽春が気を利かせて」


「なるほど」


 ビーチハウスの方は幸樹さんと亜紀さんの2人になっていた。


 6人で一緒に食べ出したが、買った量が多く、とても食べきれない。


「もう、お腹いっぱい!」


 陽春先輩が言った。


「ちょっと寝る!」


 そう言って陽春先輩は上野さんの横に寝た。


「そこ、日陰じゃないですよ」


 上野さんが言う。パラソルの下には俺と上野さんが居るので入る隙間がない。


「じゃあ、雫ちゃんにくっつく!」


 陽春先輩は上野さんにべったりくっついてきた。


「暑いですって……仕方ないですね。ちょっと私たちは海に行ってます。不知火、行こう」


「え、あ、うん……」


 上野さんがそう言うので俺は一緒について行く。上野さんはさっきと同じように浮き輪を持って海に入った。


「押して」


「わ、わかった」


 俺は浮き輪をゆっくり押しながら沖に泳いでいく。


「あんまり沖に行っちゃだめだよ」


「そ、そうだね」


 しばらく進むと海で俺と上野さんは2人きりとも言える状態になった。遠くに先輩達が見える。これは二人で話すチャンスだな。


「あの、上野さん……」


「何?」


「えっと……」


 あれ? 何を話せばいいんだ? 俺たちは付き合っていないし、それどころか告白もしないでくれと言われている。だからそういうことは言えない。けれど、俺は上野さんと距離を縮めたい。どうすれば……


「どうしたの?」


 上野さんが俺を不思議そうに見ている。やっぱり、かわいい……


「あ、まだ私の水着姿に照れてるんだ」


「そ、そういうわけじゃ……」


「だよね……ごめんね、ビキニじゃなくて」


「いや、別にビキニじゃなくても上野さんは……何というか……すごく……」


「すごく?」


「すごく、素敵だと思う」


「そ、そっか……まあ、私だし」


「うん、か、可愛いよ」


「そう……ありがと」


 上野さんはそう言うと、目をそらして岸の方を見だした。俺は心を決めて言ってみる。


「あ、あのさ……」


「何?」


「今度、2人で会えないかな……」


「2人で?」


「う、うん……櫻井先輩たちと映画を見に行ったとき、その前に二人で食事したよね」


「そうだけど」


「だから、また行けないかなって……ダメかな」


「でも、今度はずっと二人っきりってこと?」


「う、うん……」


 今まで一度も無かった、二人だけでのお出かけだ。デート、と言えるかもしれない。


「どこに行くかによるかな。見られたら言い訳できないし、同級生が居なさそうなところなら……いいけど」


「そ、そっか! わかった。考えるよ」


「うん……あ、人の多いところは嫌だからね」


「そ、そうだね……」


 よし! 俺は心の中でガッツポーズする。これで今日は大成功だ。


「あ、陽春先輩が起きた」


 ビーチの方を見ていた上野さんが言った。遠くで小さくしか見えないが、確かに寝ていた陽春先輩が起きている。櫻井先輩は居るが、笹川先輩と小林先輩は居ないようだ。


 そして、陽春先輩がなぜか周りを見回した。その後、櫻井先輩も辺りを見回していた。そして……


「あ、キスした!」


 上野さんが言った。


「ね、キスしたよね?」


「う、うん……そう見えたね」


「陽春先輩、こんな場所でしなくても……」


 知っている人のキスする姿というのは見たことがなかったが、何か変な感じだ。上野さんも同じなのだろうか。思わず上野さんを見てしまう。俺も上野さんと……なんて考えるが、道のりは遠い。


「何?」


 じっと見ている俺に上野さんが気がついた。


「あ、いや……」


「……変なこと考えてないでしょうね」


「べ、別に変なことなんて……」


 考えてたけど。


「ま、いいけど……戻ろうか」


「そ、そうだね」


 俺たちはビーチに戻った。

 パラソルのところに行くとすぐに上野さんが陽春先輩に言った。


「陽春先輩、大胆すぎます」


「え?」


「海からは見えてますからね」


「あら、見ちゃった?」


「はい、おかげで不知火と気まずい感じになったじゃないですか」


「アシストになった?」


「なんのアシストですか、まったく……」


 上野さんは陽春の横に座る。いつの間にか居なくなっていた小林先輩たちのパラソルの下に櫻井先輩が移動し、俺もその近くに座った。


「雫ちゃんもそのうち海でキスする日が来るから」


「私と不知火は海でしたりしませんから」


 そ、そうだよな……そんな日が来るとは今は思えない。


「不知火君と、とは言ってなかったけどね」


「……陽春先輩、意地悪ですね……」


「えへへ」


 上野さん、俺のことを考えてくれたんだ。少し嬉しくなった。


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