第146話 二番

 土曜日から親の実家に行っていた和人は、陽春に会えない分を取り返そうと、月曜祝日に陽春の家に向かった。


 玄関のドアが空いて入ろうとする。


「お邪魔しま……あれ?」


「櫻井先輩、いらっしゃい」


「上野さん?」


「陽春先輩が部屋で待ってますよ」


「えっと……」


「どうぞどうぞ」


 まるで、上野さんの家のように出迎えられた。

 それにしても、なんで陽春は出迎えてくれないんだろう。

 不思議に思い、部屋に行くと陽春が居た。


「和人、じゃーん!」


 陽春は水着姿だった。


「……」


「何か言ってよ……」


「えっと、直視できない」


 思わず目をそらす。


「なんでよ!」


「か、可愛いからに決まってるだろ。それに目のやり場に困る」


「海、行くんだよ?」


「海ならいいけど部屋で水着は……」


「やっぱり和人には刺激が強かったか……」


 陽春は仕方なく服を着だした。


「陽春先輩、そんなに落ち込まないでください」


 上野さんが言っている。え、落ち込んでるの?


「陽春、俺は嬉しかったからな」


「だったら、そのまま抱きしめて欲しかったのに!」


「いや、それは刺激が強いだろ。それに、上野さんも居るし」


「私が居ないとさすがの櫻井先輩もこの姿を見て何するか分からないと思ったのですが……逆効果だったみたいですね」


 上野さんが陽春に言う。


「二人っきりなら襲ってくれたかなあ」


「櫻井先輩には無理でしょうね」


「だよねえ」


 陽春と上野さん、二人で反省会みたいになっている。


「それにしても、上野さん、朝から来てたの?」


 まだ10時だ。


「いえ、泊まってました」


「また!?」


「はい、ほんとは泊まる気なかったんですけど、昨日『氷菓』見てたら遅くなったんで」


「なるほど……」


「なので着替えもないんで、今は陽春先輩の服を着てます。どうですか?」


 上野さんは服を見せる。Tシャツにショートパンツ姿で確かに陽春が良く着ているような服だ。上野さんのこんな姿は初めて見た。


「似合ってるんじゃないかな」


「ありがとうございます! じゃあ、もらって帰ります」


「なんでよ! ……まあ、でも雫ちゃんが欲しいならいいよ」


「いいんですか? 冗談だったんですけど」


「じゃあ、とりあえず貸しておくから。返すのはいつでもいいよ」


「ありがとうございます。海の時にでも着ていって返しますね」


「海の時はもっと可愛い服着ていった方がいいんじゃない? 不知火君も来るし」 


「不知火、関係あります? まあ、でも確かにそうですね」


 海か。だから水着だったのか。


「えっと……海ってほんとに行くんだっけ?」


 何かメッセージで夏休みに海に行くとか言ってたが、具体的な日程とか無かったし、行きたいなあ、ぐらいの話だと思っていた。


「うん、行くよ。お姉ちゃんの車と小林君のお兄さんの車で」


「そんなところまで決まってるんだ。で、いつ?」


「今月末ぐらいかな。まだ決めてないけど」


「さすがに決めないと……俺もバイトあるし」


「バイト?」


「うん。夏休みはじいちゃんちの出荷作業を手伝うから」


 うちの親の実家、つまりじいちゃんちは農家だ。陽春と付き合いだして何かとお金が必要になった俺は、夏休みにバイトすることにしたのだ。


「そうなんだ。じゃあ、早めに決めないとね」


 それから俺たちはアニメ「氷菓」を見始めた。俺は「氷菓」については本も読んだことがなかったので全く知らない。不知火と陽春の話についていけず何か悔しかったので、陽春の家で見せてもらうことにしたのだ。


 上野さんは昨日見たらしいが、またもう一度見ると言うことで一緒に見た。


 見始めると陽春が俺のそばに来て腕を抱きかかえる。


「……陽春?」


「しばらく会えなかったからいいでしょ」


「上野さん居るんだぞ」


「あ、そっか……」


「別にいいですよ。だって、私も……」


 そう言って俺の隣に来る。


「ちょっと! 何しようというのよ!」


「いや、陽春先輩が左腕なら私は右腕を――」


「だめに決まってるでしょ!」


「そうですか。ケチですね」


「立夏さんみたいなこと言わないの」


「ふふ、確かに最近よく言ってますよね。『陽春ちゃんのケチ』って」


「そうなのよね。ケチとはちょっと違うと思うんだけど……」


「立夏先輩、陽春先輩を彼女と認めた上で櫻井先輩に近づいてますよね。あれって、二番でいいからって事ですかね」


「二番とか無いから」


 陽春が言う。


「じゃあ、私は三番で」


「三番も無い!」


 陽春が大声を出した。


「仕方ないですね。じゃあ、私は陽春先輩の二番になります」


「え?」


 上野さんは陽春の横に行って陽春の腕を抱きしめた。


「ちょ、ちょっと……」


「陽春先輩の一番は櫻井先輩ですからね。二番は私と言うことで」


「う、嬉しいけど……」


 陽春が言う。嬉しいんだ。


「じゃあ、このまま見ましょう」


 結局、陽春の両隣に俺と上野さんが座り、陽春を取り合うような感じになった。


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