第133話 逃がした魚

 冬美さんが不知火に「報われてない」と言ったことにすぐ達樹が噛みついた。


「うーん、でも不知火のようなやつは最後には報われると思うけど」


「現実はそんなに甘くないのよ」


 冬美さんが言う。


「だって、だんだん仲良くなってるし報われてきてるだろ」


「結局付き合えないならむしろ残酷よ。それだったら仲良くならない方がいいわ」


「いや、そんなことないだろ。だって――」


「あのっ!……」


 そこで不知火が声を出した。


「本人居るんで……ここで言われるとちょっと……」


「あ、そうだな。すまん」

「そうね。不知火君、ごめんなさい」


 達樹と冬美さんが謝った。


「冬美さんは現実の恋愛には冷めてるよね」


 陽春が言う。


「まあそうね。立夏と違って私は現実の恋に希望は持ってないし」


「そうなんですか。何か寂しいですね」


 上野さんが言う。


「雫ちゃんも恋愛してないでしょ」


「いえ、私は櫻井先輩に恋してますから」


「雫ちゃん!」


 陽春が怒った。


「陽春先輩の邪魔はしませんから。立夏先輩と同じく、ただの片思いです」


「和人、モテるなあ」


 達樹が言う。


「違うよ、上野さんはからかってるだけだ


 俺をと言うより陽春をからかってるんだけどな。


「じゃあ、立夏さんは違うってことか?」


「……」


 俺は何も言えず黙った。


「私も陽春ちゃんの邪魔をしないから。正直勝てそうに無いしね」


 立夏さんが言う。


「ですよね。陽春先輩って独特のキャラですから、こんなのにハマっちゃったら他には目移りできないですよ」


「なんか悪口っぽいんだけど……」


 上野さんの言葉に陽春が言った。


「褒めてますよ。私も陽春先輩にハマってますし」


「雫ちゃん!」


 陽春が上野さんを抱きしめる。


「暑いですから……」


「ほんと、陽春は後輩に好かれるよね、昔から」


 笹川さんが言う。


「え、昔からそうなんですか?」


「そうよ。中学生の頃は後輩の女子みんなからよく頭なでられてたし、バレンタインにはいっぱいチョコもらってたよ」


「……なんか好かれ方が違いますね」


「年下の少年っぽい扱いだったからね」


「そうなんですか」


「もう、理子。言わなくていいから」


「陽春は高校生になってやっと女の子っぽくなったからね」


「そうかなあ」


 陽春は褒められたと思って照れている。


「陽春先輩ってお二人から見てモテるんですか?」


 上野さんが立夏さんと冬美さんに聞いた。


「陽春ちゃんはモテるわよ。告白されたって話も何度か聞いたことあるし」


 立夏さんが言った。


「へぇ、そうなんですね」


「立夏さんと冬美さんの方がモテるから!」


 陽春が照れたのか、大声を出した。


「まあそうでしょうね」


「でも、私は好きな人が居るし」


 立夏さんはそう言って俺を見る。俺は目をそらした。


「じゃあ、冬美さんは?」


「うーん、私も居るかな」


「そうなの?」


 立夏さんも驚いている。


「あ、でも、叶わない恋だから。付き合おうとか思ってないわよ」


 慌てたように冬美さんが言う。


「そうなんですか。冬美先輩なら誰が相手でも付き合えそうですけどね」


 上野さんが不思議そうに言う。


「そんなことないわよ。ライバルが強力なら無理でしょ」


「ライバル? え、もしかして……」


 上野さんが俺を見る。


「なんで私まで和人君なのよ。違うわよ」


「そうですか。じゃあ、そんなに強力なライバルって居ますかね」


「居るのよ。もう私のことはいいから。次は笹川さんの話をしましょ」


「私?」


 笹川さんが驚いたように言った。


「実は私、知ってるのよね。だから、なんであの人と別れたのかなあって思って」


 冬美さんがニヤニヤして聞く。


「なんだ、元カレの話か。もう去年の話よ。お互い忙しかったからすれ違っただけよ」


「だけど、ちょっと後悔してるんじゃない? だって、今やあの人――」


「言わなくていいから。達樹には内緒にしてるの」


「そうなんだ」


「……知ってるよ。生徒会長だろ」


 達樹が言った。生徒会長?


「え、達樹知ってたの?」


「まあ滝沢君って聞こえちゃったしな」


 そういえば新しく決まった生徒会長の名前って滝沢だったっけ。興味なさ過ぎて忘れてた。道理で見たことある顔だったのか。


「そっか……でも、過去のことだしあまり気にしないで」


「そうだな」


「でも、笹川さんは『逃がした魚は……』って思ってるんじゃ無い?」


 冬美さんが意地悪そうに言う。


「そんなことないから」


「あ、それ滝沢君も言ってた!」


 陽春が言う。


「え?」


「理子のこと。『逃がした魚は……ってやつだな』って」


「そうなんだ……」


 お互いに思ってるのか。いや、笹川さんは思ってないんだったな。

 滝沢会長は笹川さんにまだ思いがあるのかもしれない。


「で、『逃がした魚』ってどういう意味?」


 陽春が聞く。陽春、意味知らなかったのか……

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