第106話 森さん再び
日曜日。俺は陽春と待ち合わせていた。陽春の友人の
俺はあまり乗り気では無かったので、陽春に条件を出した。それは、この前買ったかわいい服を陽春が着てくれるなら、という条件だ。陽春がそれでいいと言ったので俺は今バスセンターの前で陽春を待っている。
「お待たせ!」
陽春がやってきた。もう6月も中旬。今日は雨は降っていないがじめじめした天気で蒸し暑い。陽春は上はTシャツにいつものキャップだが、下は駅ビルで買ったスカートを履いていた。私服で会うときにスカートで来たのはこれが初めてだ。
「ど、どうかな……」
「うん、かわいいよ」
「そ、そう。何か恥ずかしくて……」
「大丈夫。似合ってる」
「そっか。良かった」
陽春は照れながらも嬉しそうだ。
そこに森さんがやってきた。
「陽春、彼氏君、久しぶり!」
「うん! おはよう、菜月!」
「お、おはよう、森さん」
俺はあまり親しくない女子である森さんに少し緊張しながら挨拶した。
森さんは陽春をじろじろ見ている。
「珍しいね、スカートとか。趣味変わった?」
「違うの。和人がね、買ってくれたんだ」
「へぇー」
「で、今日履いてこいって言うから」
「そうなんだ。彼氏君の趣味か」
「いや、いつもの陽春の格好も好きだけど、たまには可愛い服もいいかなと」
「ほほう、さすが、彼氏君。陽春の良さを分かってるね」
「そうかな」
「うん。中学の時からああいうボーイッシュな格好ばっかりで少年っぽかったからね」
「そうなんだ」
「だから、先輩から『少年!』って呼ばれてたし」
少年? もしかして、陽春が時々俺を「青年!」と呼ぶルーツなのかもしれないな。
「もう、やめてよ」
「だから私はもっと可愛い格好すればいいのにって思ってたんだ」
「だよな。俺もそう思ったんだよ。制服ではスカートだから似合うことは分かってたし」
「もう服のことはいいから! ランチ行こう!」
陽春は俺の腕を取ってサクラマチ・バスセンターの中に入っていく。森さんも付いてきた。
「うわあ、自然に腕組んでるね」
「うん。いつものことだから」
陽春が自慢げに森さんに言う。
「うん。カップルっぽくていい!」
「ぽいんじゃなくて、カップルだからね」
「分かってるって」
なんか森さんに観察されてるみたいで落ち着かないな。
俺たちは地下のマックに向かった。
「うわ、人多い」
「全然テーブル空いてないね」
「仕方ない。テイクアウトして屋上かテラスに行くか」
俺たちはモバイルオーダーで注文し、できあがるまで近くで待った。
「それにしてもリア充多いな、ここ」
森さんが言う。
「確かにね」
「去年までは一緒にリア充呪う立場だったのに、陽春の裏切り者」
「し、仕方ないでしょ。和人に告白されたんだし」
「冗談よ。さすがにちょっとうらやましくなっただけ」
まだ、腕にしがみついている陽春を見て言う。
注文をようやく受け取った俺たちは上の階に上がる。2階も3階もテラスは人が多く、俺たちは4階の奥にあるテラスまで来ていた。ここは映画館の奥にあり、なぜかテーブルも多い穴場的な場所だ。俺たちはここに座った。
「いっただきまーす!」
陽春が大声で言って食べ出す。
「……陽春、テンション高い」
森さんが言った。
「そう? いつもとおんなじだよ」
「いいや、いつもより声大きいし」
そうだっけ。俺はいつもの陽春だなと思っていたが……。
「もしかして、彼氏君と居るときはいつもこんな感じ?」
「あー、そうかも。和人と居ると自然とテンション上がっちゃって」
そうだったのか。
その後、俺たちはハンバーガーをそこで食べた。
「和人、ポテトあげる」
陽春が俺の口にポテトを入れようとする。俺は黙ってそれをくわえた。
「はい、どうぞ」
どんどん陽春が入れてくる。俺はそれを無言で食べ続けた。
「あー、バカップル始まった」
森さんが言う。
「だって、青春成分補充したいって言うから」
「そう言ったけどさ」
森さんは少し不満げに言った。
「あんた達見てると、私も彼氏作りたくなるじゃん。でも、私、女子校だし」
「そうなんだ」
「うん。だから彼氏君、誰か紹介してよ」
「うーん、俺が接点ある男子でフリーなのは一年生ぐらいだな」
「え、年下? いいじゃん。どういう子?」
「一人は学年のアイドルを追い回してる。もう一人は陽春のこと好きなやつ」
「……どっちも遠慮しとく」
「だよな」
やっぱりぼっちの俺には紹介できる男子は居なかった。
その後は森さんのクレーンゲームの腕前を見せてもらった。陽春は大きなぬいぐるみを二つ抱えて帰ることになった。
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