第105話 上野さんとの帰り道

 俺、不知火洋介は笹川先輩のバイト先のファミレスでみんなで食事した後、上野雫と2人で歩いている。俺たちは自転車通学なので、近くの駐輪場に自転車を止めていたのだ。なので、先輩達と別れ、2人でそこに向かっていた。


「ねえ、不知火」


「え?」


 珍しく、上野さんが話しかけてきた。


「先輩達にも言ったけど、私にとって文芸部は大事な場所なんだからね」


「う、うん……」


 確かにそう言っていた。普段、学校で自分が出せない上野さんが唯一自分を出せる場所。それが文芸部だ。


「だから、文芸部がいつもと違う感じになるのは嫌なんだよ」


「そ、そうだね」


 話がよく分からずそのまま聞いている。


「不知火が居なくて私、嫌だったから」


「あ……」


 俺が達樹先輩に言われて「押してだめなら引いてみな」作戦を行っていた話か。


「ご、ごめん」


「もういいけど。でも、不知火が教室でも話しかけてこなくなって、私、結構ショックだったからね」


「ほんと、ごめん!」


「先輩達にも『私、嫌われちゃいました。どうしましょう』って相談してたんだよ」


「そ、そうだったんだ……」


 俺のことをそんなに言ってくれていたなんて……。上野さんには申し訳ないけど、達樹先輩に思わず感謝してしまった。


「だから、これからも話しかけてきてよね」


「う、うん!」


 思わぬ上野さんに言葉に俺はとても嬉しくなった。


「まあ、話しかけても塩対応するとは思うけど」


「そ、そっか」


 やっぱりそれは変わらないんだ。


「だって、学年のアイドルの私が不知火1人に優しくするわけにはいかないでしょ」


「そうだよね……って、え!? ほんとは優しくしたいとか?」


「ち、違うから。もし優しくしたら、って話」


「そ、そうか……」


 やっぱり、上野さん、ツンデレなのでは……


「とにかく! めげずに話しかけてくれると嬉しいから……」


「わ、わかった」


「あと……私には告白しないで」


「え!?」


「不知火が私のこと好きなのは分かってるけど、告白はしないで」


「それって……」


「だって、告白すると断るしかないから。そうなったら、不知火も居づらいでしょ」


「そうだけど……でも、それじゃあ、絶対上野さんと……」


 付き合うことは出来ないってことになるのでは。俺は暗い気持ちになった。


「そうじゃないから。言ったでしょ。高校生の間は誰とも付き合うつもりはないって。だから、告白されたら断るしかない。でも、卒業したら分かんないから」


「そ、そっか…・・」


 俺にも望みはあるって事だ。だいぶ先だけど。


「でも、その前に櫻井先輩みたいないい人が現れたら、その人と付き合っちゃうかもしれないけど」


 上野さんはそう言って、ニタっと笑った。


「そ、そっか……そうだよね」


 上野さんは冗談で言ったのかもしれないけど、俺にはちょっときつかった。


「でも、そうじゃないなら、私のそばにずっと居てくれると嬉しいな」


「うん、わかった。もちろん」


 って、いいのか、ずっとそばに居て。それってほとんど恋人じゃないか。


「今日だけしか言わないからね、こんなこと。明日から元通りだから」


「わ、わかった」


 やっぱり、上野さん、ツンデレじゃないだろうか。


 いつの間にか、俺たちは駐輪場に着いていた。


「じゃあね!」


 夢のような、上野さんとの二人だけの時間はこうして終わった。


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