第95話 火曜の部活

「浜辺陽春、櫻井和人、高井立夏、長崎冬美、入ります!」


 火曜日、俺たちはいつものように文芸部に来ていた。果たして今日、不知火が来るのかどうかが俺は気になっていた。しばらくすると、上野さんの声が響いた。


「上野雫、入ります」


 上野さんだけが部室に入ってきた。


「あれ? 不知火は?」


 事情を知らない冬美さんが上野さんに聞く。


「あー、今日部活休むって言ってて」


「そうなの?」


「はい、なんか不知火おかしいんですよね。私に話しかけてこなくなったし」


 不知火、忠実に「押してだめなら引いてみな」作戦を実行してるな。


「喧嘩でもしたの?」


「いえ、むしろ私的には少し仲良くなった気でいたんですけどね。ほら、これ」


 上野さんが自分の鞄に付いたクロミちゃんのぬいぐるみを見せる。


「不知火が取ってくれたんです」


「へぇ、プレゼント?」


「はい、だから鞄に付けたんですけど、何にも言わないし。私、嫌われちゃいましたかね」


 上野さんの言葉に思わず俺は言ってしまう。


「不知火が上野さんを嫌うとは思えないけどな」


「そうですよね、だからちょっとおかしいなあって。まあ、いつもしつこいから別にいいんですけどね」


 上野さんは気にしていないようで気にしているようだ。


「ふっふっふ。雫ちゃん、私の報告を聞くかね?」


 突然、陽春が言った。


「報告、ですか?」


「うむ。報告するって言ったでしょ」


「あー、そういう報告ですか。進展あったんですか?」


「あるから報告するんでしょ」


「あんまり聞きたい気分じゃ無いんで……」


「なんでよ! 不知火君なんてどうでもいいんでしょ」


「べ、別に不知火のこと気にしてるからじゃないですし」


「だったら、報告聞いてよ」


「……いいですけど」


 まずい、陽春のことだ。ここで大声でハグしたとか言い出すんじゃ無いだろうな。


「陽春、えっと……」


「あー、大丈夫だよ。雫ちゃん、ちょっとあっち行こうか」


「あ、はい」


 陽春と上野さんはホワイトボード裏の本棚の方に向かった。そこで他の人に聞かれないようにして報告するようだ。


「実はあの後……」


 陽春の声がうっすら聞こえてきている。


「え、家ですか?」


 上野さんの驚いた声がこっちに聞こえてしまう。


「そう、で、私の部屋で……」


 また、うっすら陽春の声が聞こえた。


「え、櫻井先輩から?」


 また、上野さんの驚いた声がこっちに聞こえてしまう。


「うん、だから私も……」


「うわー、なるほど。で、どうでした?」


「え、感想聞く?」


「だって……」


 小声で話してるけど一部聞こえてきちゃうんだよな。


「ゴホン」


 立夏さんが咳払いをした。


「あ、終わりました」


 上野さんがホワイトボードから出てきた。


「ふっふっふ。どう?」


 陽春がこちらに出てきて上野さんに言う。


「まあ、少しは進んだみたいですね」


「でしょ。見直した?」


「少しだけですけど」


「うむ。よろしい」


 陽春は偉そうに言った。


「なんか、聞いてるこっちが恥ずかしいわね」


 冬美さんが言う。


「え、聞こえてたの?」


 陽春が言った。


「全部じゃ無いけどね。でも、それがかえって、いかがわしいのよ」


「そんな! 頑張って小声で話してたのに……」


「もう、いいから! そんなの聞きたくない。部活始めましょう」


 立夏さんが言った。


「そ、そうだな。みんな、はじめよう」


 三上部長が言って、俺たちは作業に取りかかった。


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